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双子の王子と運命の神姫  作者: タチバナ ナツメ
第一章 魔の暗雲は忍び寄る
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第三話 旅立ちの夜

「大丈夫ですか、リュシエンヌ様。お疲れなのではありませんか」

 長らくぼんやりと遠くを見つめていた私は、コトコトと響く馬蹄の音の中に、芯のあるはっきりした声が混じりこんできたことに気付く。

「あ……だ、大丈夫です。少し考え事をしていて」

 規則正しいリズムに揺られながら、馬上で毛布にくるまった私を後ろから覗き込んでいるのは、双子の王子の近衛を務める騎士ファーディアだった。手綱を握る、白銀の手甲に覆われた両腕に守られながら、私は今、生まれ育った幽玄の谷を出て、夜の山道を移動している。

 時は満ちた。たった今より王城へ向かえば、運命の神託はたちまち下り、伝説が動き出すだろう――

 唐突に師匠から予言の言葉を突き付けられた私は、その真偽を確かめるべく、とうとうマグ・メルの城へ向かうことを決意していた。

 それは、長年拒み続けてきた二人の王子の要求をはからずも受け入れてしまったようで、腑に落ちないところではあるけれど――

 先見の明に長け、同時に凄まじく鋭い勘のはたらく師匠の予言は、これまでただの一度も外れたことがない。並大抵の努力では到底得がたいであろう膨大な知識量と、大魔女としての限りない素質。普段こそ、美青年を愛でること以外にやる気を示すことなどないものの、揺るぎない英知に裏打ちされた“幽谷の貴婦人”の予言は、恐ろしいほどに当たるのだ。

 運命の神託が下る――それは言い換えればすなわち、マグ・メルという王国が存亡の危機に瀕しているということでもある。

 たとえ王国のお偉方がどれだけ変人で、とても素直に協力する気になどなれない器をしているとしても、平和に暮らす国民全員を巻き込むような悲劇の始まりを分かっていて見過ごせるほど、私は非情な人間ではない。

 つねづね谷に引きこもってばかりの私にだって、祖国の豊かな大地を愛する気持ちはあるし、素朴で自由な、マグメル国民の気質だって嫌いじゃない。いくら僻地住みだって、それなりの地元愛くらいは持ち合わせているのだ。

 だからこそ師匠は――どんなに役立たずだって、才能がなくたって、この十七年間、私を一度も放り出したりしなかった師匠は――初めて私に、この生まれ故郷を出ろと命じたのだ。

「師匠――」

 故郷の谷を去る間際、師匠がお守り代わりにと渡してくれたルビーの護符(アミュレット)を見つめ、私は小さく呟く。

 ルビーは大魔女メーヴの守護宝石。これがあればきっと私は、谷を離れた後も、彼女の守護を受け続けることができる。

『どうしても乗り越えられない困難に突き当たったら、その護符に祈りなさい。そして、何かあればいつでも私を頼りなさい。あんたのことを生まれたばかりの頃からずっと見てきたのは私だけよ。娘の困りごとなら、母親の私はいつだって喜んで力になるわ』

 別れ際に彼女が零した言葉を繰り返し思い出しながら、私はただじっと、手の中の真紅の輝きを見つめ続けていた。

 何だかんだで師匠が私をずっと気に掛けてくれていたこと、どうして谷を去る間際までちゃんと気付けなかったのだろう――本当に悔しい。

 でも、今は過ぎたことを悔やんでる場合じゃない。

 四の五の言うより先に、今は私にしか出来ないことを、全力でやらなくちゃ。

 

 そんな風に決意を固めていた矢先、レオの焼け焦げた赤いマントが私の側を()ぎってくれたおかげで、余分な記憶までが頭の中に蘇ってきた。相変わらず、なんて間の悪い――

『そういやメーヴって、俺たちがまだガキの頃からずっと見た目変わんねえよな。魔道を究めた魔法使いってのは歳を取らねえって話は聞いたことがあるけど、あんた一体いくつなんだ? もしかして、とんでもねえババアなんじゃねえの』

 ホント、最低だ。空気を読めないにもほどがある。

 女性に向かって年齢の話をすること自体、失礼甚だしい行為だと思うけれど、よりにもよってあの師匠に軽々しく話すなんて、愚かしいどころの騒ぎじゃない。素っ裸で食屍鬼(グール)の群れの中に両手を拡げてダイブするくらい、分かり易い自殺行為なのである。

『さっさと出て行け、このロクデナシどもがああああっ!』

 怒り狂った大魔女の降らせた隕石の雨を必死に避けながら、私たちは命からがら谷を後にした――というか、追い出された。

 私まで巻き添えを喰って“ロクデナシ”の一員にされちゃうなんて、本気で冗談じゃない。これではきっと、ほとぼりが冷めるまで谷には戻れないだろう。その間に何かあったらどうしてくれるのよ、もう。

 当分の間、谷に残った兄弟弟子たちには、決死のご機嫌取りに挑まねばならない日が続くことだろう。それを思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。

 ――ホント、どこまでも最低だ。


「ちっ――ルルはなんで俺じゃなくて、ファーディアの馬に乗ってるんだ。この状況なら、どう考えても俺だろ」

 私の思いなど知る由もない様子で、王子二人は――主に駄目な方の意味合いで――いつもの調子を取り戻している。

 切り通しの道を並走しながら、真っ黒な馬――その名をセングレンと言うらしい――に跨ったレオがぶつぶつと毒づいている。

 何が“どう考えても俺”なのかは全然分からなかったが、あのレオとこんなに密着した状態で長時間移動するなんて、恐ろしすぎて想像さえしたくない。それは、私たちを挟んで反対側を並走しているエイルに関しても、全く同じことが言えるのだが。

「それは、先ほども申し上げたと思いますが。リュシエンヌ様が馬を駆ったことがないと仰っておられましたので。不慣れな方が、お一人で騎乗なさるのは危険です」

 苛立ちを募らせる主に告げられた、ファーディアの至極冷静な一言。一番重大な理由を敢えて伏せているあたりは、従者としてのささやかな気遣いなのだろうか。もっとはっきり言ってやった方が、本人のためだとは思いますけどね!

「ちょっと近すぎるんじゃないかな、ファーディア。せめてもう少し離れて乗ったらどうなんだい」

 一方、白銀の毛並みを持った馬――こちらはマハという名らしい――に跨ったエイルは、分かり易くやきもきする兄とは対称的に、穏やかな笑みを浮かべたままで、諭すように語り掛けてくる。

 顔つきだけなら兄とは正反対のように見えるが、背に負った威圧感はエイルの方がずっと冷たく大きく感じられる。その勢いと言ったら、今にも彼の背後から“ゴゴゴ”と凄まじい強風が吹きすさんで来そうなほどである。

「不可能です。これ以上離れれば、私が落馬してしまいます」

「そんなことないんじゃないのかな。君の馬術の腕前は、王国随一と言っても過言ではないほどだ。逆立ちしたって落馬しないくらいなんだから、いっそのことほんとに逆立ちして乗ってみたらどうだろう」

「不可能です」

 隙あらば茶々を入れてくる双子を、別段言葉を荒げるでもなく冷静に()なし続け、ファーディアは再び“大丈夫ですか”と私を気遣うように見下ろしていた。

 この人、きっと毎日こんな感じなんだろうな……そうだよね、いちいち相手にしてたらキリがないんだし。

 用は慣れなのだろうが、一刻も早く私も彼のような、二人のめちゃくちゃな言動に動じることのない“鉄の精神”を養わなくてはならないと思った。

 呆けた顔をぴしゃりと叩いて気合いを入れる。きりりと頬を引き締めた私は、まっすぐ前を向いて口元を堅く結び、周囲をうろつく二人の不審者を、心の中から完全に排除してしまおうとした。

「なあルル、俺の愛馬(セングレン)は風より速いぜ。黙ってじっとしてるよか、楽しい方がいいだろ? 今すぐこっちへ来いよ」

「嫌です」

「早っ――お前今、考えるより先に喋ったろ」

「嫌です」

「だから、俺の話を」

「嫌です」

 何を言われてもまっすぐ前を向いたまま、レオの方は一切見ないままで、私は頑なに彼を突き放し続けた。

 さしものレオも、これには言葉を詰まらせたようである。すると、ぐうの音も出なくなった兄を尻目に、今度は反対の脇から、すかさずエイルが声を掛けてきた。

「ルル。ファーディアの隣じゃ、硬い鎧が背中に当たって痛いんじゃないのかな? 私の(マハ)の方がきっと、乗り心地がいいと思うよ。何なら君は、お城に着くまで眠ってたっていいんだ」

「嫌です」

 あんたの側で眠るくらいなら、野犬の群れのど真ん中で野宿した方がマシだっての。

 言い返したくなる気持ちをどうにか押さえつけて、私は平静を装い続ける。

「あんまり強がっていると、背中とお尻がすりむけて大変なことになってしまうよ。椅子に座れなくなってしまったら、満足に食事も出来なくなってしまうし」

「嫌です」

「ねえ、ルル。城に着いたら――今夜君は一人で寝るつもりなんだろう?」

「――当たり前です」

「何だ、ちゃんと聞いてるんじゃないか。“嫌だ”と答えると思ったのに」

「当たり前です!」

 思ったことしか口にしないレオと違って、エイルの方が何倍もずる賢いのは重々承知の上だ。長年二人の執拗な――というか変態的な――アプローチに晒され続けている私が、それを学習していないはずなどない。

 思わずムキになって噛み付いてやったのに、こちらの剣幕など少しも気にした様子はなく、エイルはただ幸せそうににっこりと微笑んでいた。

 何が楽しいのよ、全く。ほんとにこの男ときたら、めげるってことを知らないんだから。

 またも易々と逆撫でされてしまった私に、後方から小さく“あまりまともに話を聞かないように”と冷静なツッコミを入れてきたファーディアの心は、やはりどこまでも強靭だった。


 頭上の騎士を改めて見つめてみる。

 そういえば、こんなに間近で彼のことを見たのは初めてかもしれない。

 何度か王子の谷通いに同行している姿を見かけたことはあるが、彼はいつも部屋の隅で黙って突っ立っているだけで、会話らしい会話なんてほとんどしたことがなかったから。

 燃えるような紅い髪に、きりりと引き締まった精悍な眼差し。整った鼻梁。顔つきはどちらかと言えば綺麗めなのに、とてもがっちりとしていて、いかにも武人らしい骨太な体つき。何よりも性格がまとも。どこをとっても正常なのだ。ああ、“普通”ってなんて素晴らしいのだろう。

「どうかなさいましたか?」

「え、あ、いや……この国の王子が、あんな変態じゃなくてファーディアさんのような真面目な人だったら良かったのになって思って」

「そういうことは、あまりここでは仰らない方が――」

 心なしか、ファーディアの頬がひくひくと引きつっているように見える。

 一国の王子様に向ける言葉として、無礼が過ぎるってこと?

 いや――きっとそういうことではないだろう。それならもうとっくに、私は何度極刑に処されたっておかしくないくらいの言動を繰り返してきている。

 私としては、彼の真面目なお仕え振りを軽く褒めたくらいのつもりだったのだが、外野二人はそんな風にまっすぐ捉えはしなかったようである。

 二匹の馬の腹をまるで八つ当たりのように荒っぽく蹴り付けた二人が、猛然とこちらへ詰め寄ってくるのが見えた。とても嫌な予感がする。

「ルル! 君は私よりもファーディアの方がいいって言うのかい? 私は大真面目に、これまでの人生の大半を君のことだけ考えて過ごしてきているというのに!」

「この野郎っ! ファーディアの奴、俺が長年掛けて積み上げてきたものを、一瞬でぶち壊しにしやがって! 今から俺と勝負しろ!」

 人として最低限のことには目を向けるべきだし、そもそも何も積み上がってません。

 もはやいちいち反論する気にもなれず、私はただただ深く息をついて、喚き散らす二人を無視していた。

「――ほら、だから言ったでしょう。迂闊な言動はお控えください」

 いかにも“これ以上煩わしくなるのは御免だ”とでも言いたげに、ファーディアが険しく眉をひそめる。

「そんなこと言ったって……」

 別に私だって、そこまで深い意味があって言ったわけじゃなかったのに。これじゃあ、気軽に口を開くことさえ出来やしない。

 もういいや……私はお城へ、遊びに行くわけじゃないんだし。

 不貞腐れた私は黙って前を向いたまま、すべての煩雑な音を拒絶して、再び波打つ馬の背に身を任せようとしていた。

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