終わらない暴力
「……やった……」
私の耳に、そんな言葉が飛び込んでくる。
「やった、やったんだ……!!」
先程までわざとらしい笑みを浮かべていた少女が、
「やりましたよ……真咲さん……!!ア、ハ。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!」
笑っていた。
横断歩道の向こうで、空を見上げながら。
「う、そ。どうして……?なんで、私じゃ……?」
このイカれた状況が頭に入らない。信じられない、そんな気持ちで私はへたりこむ。
(なんで彼女?なんで私じゃないの?)
もう、トラックは居ない。牽いたことに気付いていないのか、それとも事件になるのを恐れて逃げたのか。
他には車通りがまったく無い。まるで、私達を牽き殺すために通ったかのよう。
そう、まるで『牽き殺すため』に。
私も、薄々気付いている。この都合の良さ。間違いなく、『法則』の力だ。
では。
何故私ではなく、彼女なのか。私は同型真像なのに。本来、同型虚影に殺される存在なのに。
入れ替わっている。
全くの『逆』だ。
「ハハハハハハハハハ……!! ……ハァ、ハハ、怪訝そうな顔してますね。そう、何で同型虚影側の人間が何故殺されているのか……でしょう?」
ひとしきり笑い終えて落ち着いた小夜ちゃんは、私に話し掛けてきた。
もはや信号の赤青関係なく、こちら側に迫ってくる。
「この辺はあまり車が通りませんからね。まぁ、今のトラックは別ですが」
「……ッ!! やっぱり……今のは……!!」
「えぇ、『法則』ですよ。そして、舞さんの同型虚影が死ぬのも必然でした」
「なんで!?なんで私は生きているの!? なんでもう一人の私が……ッ!!」
そうだ。
『法則』というのは、同型虚影が同型真像を殺すモノではないのか?
しかし、彼女は笑う。
「そんなこと、誰が決めました? 舞さんは、『法則』について少し誤解をしていますよ」
「誤解……!?」
彼女は、口元を笑うように歪めながら、
「いいですか? 何も、『法則』は同型真像を殺すためだけにあるわけじゃないんです。『法則』は同型虚影も同型真像も殺す可能性があるんですよ」
「どういうこと……!? 同型虚影が同型真像に触れれば同型真像は死ぬ。それが『法則』なんじゃないの!?」
私は、枯れるような声で叫ぶ。先程悲鳴を上げてしまったせいで、ちゃんと声が出ない。
「違うんですよ。『法則』は『同型虚影に触れられた同型真像が死ぬ』というモノではありません」
小夜ちゃんは、両手を横に広げる。その手のひらを、夜空に向けながら。
「『同一人物が同世界で接触したとき、元々の世界の人間が死ぬ』。それが、『法則』です」
その時、私の頭の中で。
ガチャガチャと、まるで歯車のように、今までの断片的な記憶が繋がっていく。
(わ、たし……は、)
思い出す。
(……同型真像。死んだのは、私の同型虚影……)
繋がる。
(ここは……?)
Whereで始まる疑問文。答えは、すぐに『繋がる』。
(ここは、裏世界。同型虚影が住む、裏側の世界……!)
法則を、当てはめる。
(同型真像の私と、同型虚影の私が)
まるで、欠けたパズルのピースを埋め合わせるかのように。
(この裏世界で、接触したとき)
そして、答えは口から洩れる。
「元々の世界……裏世界の私が……死、ぬ……?」
結果。
『法則』によって死ぬのは私ではなく、同型虚影の私。
そして。
殺したのは、目の前のボーイッシュな少女ではなく。
この――――――『私』自身。
「う……ぁぁぁ……!!」
「分かりましたか?理解しましたか?自分が、やってしまった事に」
ポロポロ、と涙がこぼれる。
なんだ。
簡単な事だった。
助けるとか、私は死なないだとか、カッコいい事言っておいて。
最終的に彼女を殺したのは。
この、『私』じゃないか。
彼女と同じ、『榎田舞』じゃないか。
「うあああああああ……ぁぁぁぁぁ!!」
「そんな悲しむ事はないです。コイツだって殺人鬼だったんですから」
そう言って私の横をすり抜けた彼女は、『裏世界の私だったもの』に近付き。
その亡骸を――――――踏み潰した。
「……ぇ。やめ、え?」
「アッハハハハハハ!!コイツが僕の一番大切な人を殺したんですよォ!!許せるわけがない、死んでも許せませんよォ!!アッハハハハハハハハハハハハ!!!」
「や、めて……ぁぁ……ぁぁぁあああ!!」
原型が無くなっていく。
辛うじて人型だったその亡骸は、小夜ちゃんの過剰な踏みつけによって散らばっていく。
胸を踏み潰す。
足を蹴り飛ばす。
そんな暴力が、終わったはずの死体へ飛んでいく。
「やめて!!やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッ!!!!」
「アッハハハハハハ!!!ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!」
ぐちゃり。
ぐちゃり。
そんな気持ちの悪い音が、辺りに響き渡る。
(やめて……!!)
怖い。
目の前の光景が余りにもグロテスク過ぎるから。
それだけではない。
まるで、自分が踏み潰されているかのようだ。腕をもがれ、足を千切られ、内蔵を辺りに撒き散らしている姿は。
先程再確認した、自分の分身のもの。
嫌だ。
怖い。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!ああああああああああああああ!!!あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
そして、私の精神は。
簡単に、崩れ去る。
ボロ切れにでもなったかのような、裏世界の私。
その顔面が、蹴り飛ばされる。
もう見ていられない。
そう考え顔を背けた先に、何かが転がっていた。
丸いもの。
よく見ると、それは飛び出した眼球だった。
白い目玉に、緑色の瞳。
完全に、同型虚影の私のモノだった。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!ああああああああああああああ!!!あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッ!!!!!?」
記憶が失せる。
そこから、私は何も覚えていない。
そう、何も。
ナニモ。




