修正
目を瞑る。
その時の私は力を制御出来ていない。巻き添えで、私まで貫かれる可能性も捨てきれなかった。
しかし。
「…………え?」
ほとんど呟くように、私は声を上げた。
何の音もしない。肉が引きちぎられる音も、聞こえるはずの同型虚影の悲鳴も。
そして、痛みも感じない。
「ほら、ね」
そう、聞こえた。
私は、恐る恐る目を開く。
最初に見えたのは、相変わらず化け物のような目をした私の分身。その黒い眼球、蒼い瞳は、甘ったるい優しさの光を帯びていた。
「――――――ッ!?」
違う。
驚いたのは、その向こう。
まるで私の憎しみをキャンパスに描いたかのような、そんなファンタジック極まりない緑色の腕が。
彼女の背中ギリギリで、止まっている。
「あなたは、救いを求めている。だから、殺せなかった」
あたかもそれを予測していたかのように、少女は笑う。
そんな彼女を、私は茫然と眺める。
それしか出来なかった。
「本当のあなたは、助けてくれる人を探していた。そして、あなたは私に助けを求めてくれた」
「そんなワケない!!そんな……ッ!!」
「あなたが私を認めてくれたから。だから、私は今、生きている」
私をただ一点に見つめて、彼女は言う。
「ふざけないで!!だったら今度こそ殺してやる!!もう一度……ッ!!」
私は、異形の腕に指示を出した。
動け、と。
殺せ、と。
今まで、そんな明確な指示を出した事は無かったのだが。
「無駄だよ」
しかし、腕は動かない。
殺すどころか、貫くどころか。
動きすら、しない。たった、一ミリすら。
そんな役に立たない腕に、私は苛立ちを覚えた。何度も、何度も叫ぶ。
「……殺せよ……!!殺せ!!殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せコロセコロセコロセコロセコロセコロセェェエエエエエエエエエエエエッッ!!」
動かない。
ピクリ、とも。
「……たぶんその腕は、あなたの『本能』に従ってるんだと思う。あなたが今、最も強く思う感情に対して力を行使しているんだよ」
「だったらなんで!!なんで、なんでアンタは死なないのよ!?私が今最も願う事は、アンタを殺すこと!!なのに、なんで……!!」
「違うよ。あなたは今、救いを求めている。助けて、って一番強く願っている」
なんで?
そんなのおかしい。
私は、アンタを殺したい。それが、一番の願い。
なのに、腕は動かない。
まさか。
私が気付かないほど深い意識の中で、私は救いを望んでいるっていうの?目の前のこんなか弱い少女が、本気で助けてくれるなんて、信じているの?
だとすれば、私は相当のバカだ。
助けられるワケがない。例え私が彼女と手を組んだとしても、組織の前に立てるわけがない。相手は『組織』だ。人数的な問題で、まず勝てない。物量差で押し潰されて、殺される。
殺される、じゃ済まないかもしれない。捕まって、身体をバラバラに引き裂かれて、何かの実験台にされるかもしれない。私はともかく、同型真像なんて格好の研究材料なのだから。
とにかく、勝てるワケが――――――
「――――――ない。なんて思ってるでしょ?」
「ッ!?」
まるで、思考を読まれたかのようだ。
その化け物じみた目が、一段と笑みを浮かべる。
「思考を読んでるんだよ。この目で。ちょっと薄気味悪い能力だけど」
そういえば、彼女は言っていた。
分かる、と。
私がどう動くかも、私がどう考えているかも。
「……分か、るの?私が、何を……考えていても……?」
「だから言ってるじゃん。さっきから、あなたは私に助けを求めているって」
少し照れ臭そうに、同型真像は視線を移す。
(……そう、なのかもね)
やけに素直な、自分の思考。
結局、救って欲しかったのかもしれない。
ドン底に落ちた、この私を。
誰でも良かった。
誰でも。
それを、私は悲劇のヒロインぶって悲観していただけなんだ。
救いなんて来ない。
そう思いながら、きっと心の奥底では、こう思っていた。
「……誰かが、助けてくれるって」
スゥ、という間の抜けた音がした。
私の異形の腕が、消えている。憎しみをキャンパスに描いたかのような。そんな化け物のような腕。
先程まで、私は同型真像の目を『化け物じみた』と表現していた。
だが。
身も心も化け物なのは、私じゃないか。
「まるで……白馬の王子様みたいに……声を掛けてくれるって……!!そんな……甘ったれた、妄想を……信じ続けて……」
じんわりと、視界が滲む。
それが涙だと気付くまで、そう時間は掛からなかった。
「私……バカみたい……あ、はは……はははははは……」
笑って、誤魔化していた。
泣いていることを、誤魔化していた。
寂しかったのを、誤魔化していた。
全部全部、誤魔化していた。
「変に誤魔化さなくていいんだよ……?」
同型真像の私は、そう言う。
抱き締める力が、不意に強くなった。
(そうだ)
そういえば。
(……この気持ちも、全部筒抜けなんだった……ははは……)
「笑えたね」
彼女の瞳は、既に元の黒色に戻っていた。瞳の青色は、眼球の黒色は、すっかり抜けていた。
しかし、その優しさだけは抜け落ちてはいなかった。
「心の底から。私が見てても違和感がないほどに」
「うん」
素直に、そう答えた。
これが、本来の私。
誰も死んでいなかった時の、私。
そんな私が、帰ってきた。
これからは、この私で居続けたいな。
「居続けられるよ。絶対に。絶対に」
「……『目』の力は、もう切れているんじゃないの?」
「ふふ、そうだね」
二人とも、笑う。
「でも、分かるよ。だって、もう一人の私だもの」
「そうね。あなたは私。私はあなた。二人で『榎田舞』だものね」
こんなに、心から笑えるだなんて。
私、今までどれだけ損していたんだろう。
もっと早く気付いていれば、どれだけ変わっていただろう。
歪んでいた、この16年の人生は。
それでも。
それを修正してくれた彼女に、言いたい。
「ねぇ」
「ん?」
私の手を引いて歩もうとする彼女は、私を振り向く。
そんな彼女を見て……いや、そんな『私』を見て。
私は、微かに微笑みながら、
「……ありがとう」
「……どういたしまして」
温かい、返事だった。




