Drakness Girl
骨が響く音。
激痛。
それらを同時に感じた私は、次の瞬間、床に転がっていた。
「……ッ……!?」
目の前がフラフラと揺らぐ。突然の衝撃が、私の脳を揺さぶったかのように。
次に、重み。
私と同じ顔をした少女は、私に馬乗りになった。
「あいにく殺傷性のあるものは持ち合わせが無いんだけどね……。私にはこの拳がある。殴られて、殴られて殴られて殴られて、殴り殺される苦しみを感じながら死になさい」
もう一発。
また一発。
彼女のポニーテールが揺れる度に、私に拳が振るわれる。
同型虚影の私は、言う。
「アンタは恵まれ過ぎてる!何も無くなった私に反比例しているかのように!」
まともに答えることもできない。
一発、また一発と、私は彼女に傷つけられる。
「それが憎い!アンタが憎い!殺してやりたい!」
口の中に、鉄の味が広がる。唇の端から生暖かい液体がこぼれているのが、自分でも分かる。
このままではダメだ。
どうにか、抜け出さないと。
私は、全ての力を足に込め、それを上に振り上げる。
「がッ……!?」
それは裏世界の私の背に突き刺さる。足、というより膝だ。それが彼女の身体を不自然に反らせる。
その瞬間だ。
彼女の腕を握り締め、思い切り横に引っ張る。
思った通り、怪我をしている彼女の肩にもダメージが通ったようで、
「あ、ぐああああああああッ!!」
彼女の身体が不自然に傾いた。私が引っ張った方向へと。
そのタイミングを逃さない。私は裏世界の彼女を押し倒す。勢いよく立ち上がり、そのまま駆け出す。
(このままじゃ……彼女に殺される!早いところ彼女を連れて、小夜ちゃんと合流しなくちゃ……!!)
小夜ちゃんはこう言っていた。
――――――裏世界の舞さんを、僕のところに連れてきてください。僕は外で待ってますんで。
私は、もちろん反論した。何故、一緒に来ないのか、と。
――――――舞さんはまだ考えられる人間というか……まだ救いの余地があるんです。でも僕は完全に敵対視されています。僕が付いていけば、間違いなく彼女は僕らへ攻撃してくるでしょう。
だから、私。この状態で誘導して、小夜ちゃんのところへ行けば、きっと何とかなるだろう。保証はないが。
私が彼女に触れるのに躊躇いを感じなかった理由は、小夜ちゃんに説明されたから。
――――――僕と舞さんが合流した後、あなたを表世界に送り返します。そうすればあなたは『法則』には縛られない。
要は、こういうこと。
『法則』によって人が死ぬのは、本来は交わるべきではない人間が同世界で交わったから。
しかも、元々の世界の住人を殺し、別の世界の人間と入れ替わるように出来ている。表世界で同型虚影の榎田舞が、同型真像である私に触れただけで殺せるように。
それは、まるで特定の人間を殺して成り代わり、次の日から何事もなく殺した人間として生活する暗殺者のように。
ならば、その不必要な存在を元の世界に返せばいいのだ。そうすれば、何事もなく終わる。
小夜ちゃんがそう言っただけで、確信は無かったが。
私は、交渉のために使われたカードのようなもの。
役目が終われば、すぐに消える。
(これでいいんだ……これで!小夜ちゃんのところまで逃げ切れば……!)
と、
不意に。
後頭部に、衝撃を感じた。何か、硬いものをぶつけられたような。
「ぐッ――――――ぁ!?」
突然の衝撃に耐えきれず、その場でコケてしまう。
床と平行になった私の視界に、薄茶色の輪が転がった。
(……ぐ……ガム、テープ……!?)
「そんな物だってねぇ、辺りどころが悪ければ凶器にもなるのよ」
怒気に満ちた声。
ただ怒っている、というわけではない。殺意と狂気が入り交じった、イカれた雰囲気。
それが、まるで私を飲み込むかのように広がっていく。
(ダメェッ……!!)
私は急いで立ち上がる。慌てて後ろを振り向くと、すぐ目の前に拳があった。
それを即座にかわす。身体を僅かに傾け、スレスレで避けることが出来た。
別に、私は肉弾戦のプロという訳ではない。どこかのアクション映画のスタントマンのように、飛んできた拳を目視してかわすなんて所業は出来ない。
本能。
目の前の物を避けなければならない、という得体の知れない感覚が、私にそうさせた。情報が脳へと届く前に脊髄を経由し、それが筋肉を動かしてかわしたかのような。
「ほー、よくやるね。でも、これはどう!?」
「ガッ――――――ハッ!?」
突如、肺から空気が抜けていった。というより、勢いよく飛んでいった。
彼女の左足が、私の右の脇腹に突き刺さった。骨が軋むような音が、頭のどこかで反響した。
彼女は、見るからに華奢な体つきをしている。私と、そう見た目は変わらないように見える。
なのに……筋力が圧倒的に違う。
私を、簡単に蹴り飛ばす程の力を持っている。実際問題、私は横へと吹き飛ばされた。
「身体のどこをどういう風に突けばダメージを与えられるか。それを熟知していないと、『闇』の中じゃ生きていけないのよ。覚えておきなさい」
これくらいどうといった事ではない、といった口調で彼女は言う。
僅かな溜め息と共に。
「組織を潰す?アンタに出来るハズないじゃない。そんなお嬢様みたいな身体で。戦闘経験一切ナシ、誰も殺したことがありませぇん。……そんな女が簡単に『組織』を潰せるほど、この世界は甘くないのよ」
ジロリ、と。
視線だけで私を溶かすように、その緑色の瞳をこちらへ向ける。
冷たい。
いろんな意味で。感情的な意味以外にも、どんな意味でも。
そんな冷酷さが、彼女の瞳には宿っている。
「……なん、で」
「あ?」
私は、呟く。
「なんで……そんなになっちゃったかな。おんなじ私なの、に。普通の、女子高生な……のに」
壁に背を預けながら、私は身体を起こそうとする。
しかし、
「ハァ!?ふざけてんの、アンタ!?」
「ゴ、フッ……!?」
私は、もう一人の私は、そんな私の腹に蹴りを入れる。耐えきれない。吐き出された赤黒い血が、彼女の胸にへばりつく。
彼女はそれを見ると、まるで汚物を見るような目で、私を睨み付ける。
「チッ……汚いわね。ふざけてんじゃないわよ!!この平和主義者が!!ただ綺麗事ばっか並べて!!実際には何も出来ないようなか弱い女のくせに!!」
今度では拳。岩のように固く握り締められたそれが、私の腹に衝撃を加える。
「ガッ……ハ!!」
「同じ!?私と同じ!?普通に高校通えるお嬢様が!?こんな『殺し』をなんとも思わないような女と!?泥水すすって生きてるような、そんな汚い私と!?」
まるで問い掛けるように、彼女は叫ぶ。
「何なのよ!!自分は楽しい青春を謳歌しておいて、それ以上何を望むのよ!!……別に答えなんか望んでないわよ。その答えは、どうせ実現するわけのない虚言妄想でしょ!?何なの!?本当に何なのよォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」
その叫びに呼応するように、拳が連続して叩き込まれる。
もはや記憶も定かではない。
だけど、
「……なんでそんなに悲観的なの……? ……これから……いくらでも、変えられるかも……しれない、のに。そんな、そんなに……悲しい結末とは……限ら、ないのに……」
「恵まれてるアンタが言うな!!もう戻らないのよ!!誠は死んだ!!私には透しか居ない!!」
狂った笑顔を見せる。
本当に嬉しいのか、それとも悲しいのか。恐らく、感情がごちゃまぜになっているのだろう。
「だったら私は前に進む。這ってでも前に進む!!周りの人間を全員殺してでも!!例え世界が私と透だけになったとしても!!私は!!私は……!!」
「かな、しい……ね……」
呟く。
届いているのか分からない。
だけど、それでも。
「……それだけじゃ、ないかもしれないのに。……わざわざ、這わなくても……進めるかも、……しれない、のに」
「ッ……!!」
おもむろに、『闇』に沈んだ少女は頭を抱える。
私の、目の前で。
意識も、消えかけていく中で。
何かが、聞こえた気がした。




