同一人物の衝突
「…………ぐ……」
暗闇の中で、私は思わず呻き声を上げる。
この部屋はどうやら病人が生活していた部屋だったようだ。ベッドなどは特に整理もされないまま、乱雑にそこにあった。
その一つに身体を預ける。
幸い、僅かに道具などは残っていたようで、撃ち抜かれた肩には包帯を巻くことが出来た。弾丸はかすっただけなので大きな怪我ではなかったが、それでも大層な痛みだ。肩に巻いた包帯に、血が滲んでいる。
ちくしょう。
全部、あのオレっ娘のせいだ。
そういえば名前すら確認していなかったが、どうせ『組織』の人間だろう。あいつからは、そんな『闇』の匂いがした。私と、同じ匂いが。
「……追手も来なかったし……とりあえずは安全、か」
肩の痛みを無理やり抑え込みながら、私は安堵の息をつく。すると、だんだん眠気が襲ってきた。その眠気も振り払う。
考えることが多すぎる。今は眠っている場合じゃない。
(……暴、走。力の……暴走?)
先程の、力。
肩から腕が生えた。どこかの漫画の能力者じみた腕が、とても人間のモノとは思えない腕が。
直径20センチくらいだっただろうか。何十枚ものカードが筒状になったような感じ。それを、緑色の液体のようなものが覆っていた。いや、液体というよりは……スライムのような、そんな感じか。
私の意思で発生したとは思えない。傷付いたことが条件だったのだろうか?それとも精神的な条件か?
何はともあれ、その能力はとても強力だった。
『触れたモノを表世界へと送る力』。機械や、人間でさえも表世界に送り込める。
この力は、上手く使えば刃物や重火器などを軽く凌駕する。盾にもなり、刃にもなる。
(思い通りに使えればいいのに……)
軽く舌打ちする。
忌々しい。これがあれば、誰からだって透を守れるのに。
そう、誰からだって――――――
「……久しぶり、だね」
「ッ!?」
突然の声に、私は思わず身構える。立ち上がり、視線を前に向ける。
(追手!?いや――――――)
その時、私は急に肩から力が抜けたような気がした。
だって。
だって目の前にいる人間は、
私に殺されるハズだった、あのか弱い『私』だったんだから。
「ケガ……してるんだね」
「……アンタ……なんでこんなとこに居んのよ……!!ここは裏世界よ。アンタみたいな同型真像がいるべき場所じゃないのよ……!!」
バカらしくなってきた。私は、とうとうおかしくなってしまったのだろうか?
こいつは同型真像だ。ここにいるべき人間ではない。
と、いうよりここにいることすら出来ないハズだ。こいつに世界間を移動する力なんてない。どう足掻いたって、ここに来られるハズはないのに……。
「そんなことはどうでもいいよ。それより……私と一緒に来て」
「は?何でそうなるの?」
「……あなたは、今『組織』に追われている。違う?」
私は躊躇いながらも、小さく頷く。
「それなら、私達と一緒に戦おうよ。先に『組織』を潰してしまえば、あなたが逃げる必要なんかない。あなたは、解放されるの」
「そんな話、私が信じるとでも思ってるの?大体、アンタが私を救う理由なんかない。アンタにとって、私は邪魔な存在なハズでしょ?」
そうだ。
何故なら、私には絶対的な優先権があるからだ。
『法則』という、優先権が。
「触れただけで私はアンタを殺せる。今だってそう。私が少しアンタに触れば、この病院のあらゆる『死』の可能性が、アンタに牙を剥くんだから」
それは、病院だけの話ではない。
この『世界』の、全ての『死』の可能性だ。
この病院の立て付けが悪く、崩れる可能性だってある。病院を出た瞬間、車に牽かれる可能性だってある。
いろんな可能性は、目の前の少女を殺すために作用する。
そんな、残酷な世界なのだから。
しかし。
「そんなの関係ないよ。私はあなたを助けたい。ただ、それだけ」
口から、言葉が洩れた。
『救い』、という類の言葉が。
「ぐ……ッ……アンタに何が分かるのよ!!家族も揃っていて……誠もいる。透にも救われる。これ以上……アンタは何を望むのよ!!」
「あなたが救われる未来だよ」
「ッ!?」
彼女は、近付いてくる。
私の手を、握った。
間違いではない。
それは、自殺に等しい。『法則』が働けば、間違いなく彼女は死ぬ。
「こんな『闇』から抜け出して!!刃物も銃器も捨てて!!純粋にあなたが誰かと笑い合えるような未来!!」
叫ぶように。
その声は私の鼓膜に突き刺さる。
「それが叶うまで……私は死なない。死ぬはずがない。だって、」
言葉を重くするかのように声を潜め、彼女は言う。
「……この世界は、そんな願いすら踏み潰すようには作られていないんだから」
根拠のない、自信。
なのに、彼女はそれに命を投げ出した。
この私に、触れることで。
「なんで?なんで私に触れてまで……死の危険まで侵して……私を?」
だからこそ、質問した。
何故?と。
「なんで……って。私が私を助けて、何かおかしいの?」
分からない、という顔を浮かべる。
本当に分からない、という顔。
「透だって、きっとそれを望んでいる。あなたを救いたいって、絶対にそう思っているハズ」
透。
透?
「私にさえそう思ってくれてるんだから。あなただって……」
「……ふざけないで」
私は同型真像の手を振り払う。
「アンタなんか……赤の他人でしょ!!アンタは……アンタは私じゃない!!私に最も似ていて、だけど違う存在!!透のこと何も知らないクセに……アンタに透の何が分かるのよ!!」
「ぇ……!?」
目の前の少女は、戸惑っている。一歩、後ずさる。
「『榎田舞』を名乗るな……!!透の幼なじみを名乗るな!!アンタの幼なじみはとっくに死んでるのよ!!今さら、私達の間に干渉するな!!」
「わ、私……そんなこと……!!」
「消えろ!!いいや、今から殺してやる!!透には私しかいない……!!他の女は全部消えればいいんだ!!」
そうだ。
透からの思いやりは、私だけが受け止めればいい。他の女に、そんなものを向けてほしくない。
だったら。
だったら他の女を、みんな殺せばいい。
そうすれば、透は私を見てくれるんだから。
「殺してやる……今度こそ……確実に!!」
私は、彼女に向かっていった。
透の為に。
私の為に。
二人だけの、為に。




