もう一人の、秘密
「その、蒼い瞳」
妖しい笑みを浮かべながら、彼女は私の瞳を指差す。
裏世界のものなら、全てを見透せる瞳。
それでいて、その裏世界の反応がなければ、ただ気味悪いだけの瞳を。
「それは、舞さんにヒントを伝えていたハズですよ」
「ヒン……ト?」
私が答えると、小夜ちゃんは一層笑みを浮かべて、
「人造人間エノ。彼が、裏世界の産物だっていうことを」
言う。
衝撃の事実を。
さらっ、と。何の突っかかりも感じないような声で。
「じ、人造人間……!?何言ってるの!?そんなの、マンガの世界じゃあるまいし実在するわけが……」
「何を言ってるんですか」
ハァ、と彼女は吐息を吐く。
まるで、失望したかのように。
楽しみにしていたクリスマスプレゼントが、予想通りではなかったことにガッカリする少年のように。
「人造人間って言ったって、所詮クローンみたいなモンですよ?元の人間と同じ、もしくはそれの劣化版を造るだけなんですから」
一歩、彼女は近付く。
「牛肉とかって、なんで全部味が同じなのか知ってますか?」
それは、まるで一歩一歩が地面を踏みしめるかのような。
一歩だけで、まるで地球が揺れているかのような。
「それこそ、クローンなんですよ。同じ個体を沢山造り出せば、味なんか変わるわけがないんですから」
そんな重圧を、私に与える。
「クローンの技術なんて、既に完成済みなんです。ただ、人間にやるには道徳的に困るというだけ」
ククク、という声が聞こえる。
女の子らしい、可愛らしい声。
それが、逆に不気味さを与えてくる。
「だけど、そんな道徳なんてのは所詮思想に過ぎません。個々の思惑で、いくらでもねじ曲がるんです」
「……っ!!」
たまらず、私は尻餅をついたまま後ずさる。
しかし、彼女はそんな抵抗すら許さない。
同じ速度で、私に歩み寄る。
「そして、人造人間を造って表世界に送り込むような人間が、そんな道徳を気にするわけがない。その結果が、あの緑色の少年なんです」
ドッ、という重い音が聞こえる。
いつの間にか、そこらの民家の塀に、背を当ててしまったようだ。
もう、逃げられない。
「彼は、可哀想な少年なんです。知らぬ間に人造人間にされ、記憶も蘇らないまま、いわば『諜報員』として送り込まれた」
それでも、と。
彼女は、呟く。
「それでも、誰かに会いたいという気持ちは残った。名前も声も、外見すら分からない誰かに」
「会いたい……?誰に?」
私は、思わず聞いた。
「……最愛の姉ですよ。あなたと同じ顔をした、しかし異なる世界に立つあなたです」
その一言で、私はピン、と来た。
「それって……同型虚影の私……!?ってことは……!?」
あの、緑色の少年。
どこか人懐っこい雰囲気を醸し出して。
まるで誰かさんにそっくりで。
そんな、そんな人造人間は、
「同型虚影……の、……誠……!?」
「そうですよ」
彼女は、頷く。
「だけど、彼は既にこの世には居ません。彼が小学三年か四年の頃……同型虚影の舞さんが中学一年の時ですかね」
おもむろに、しかし僅かに苦い表情をしながら、
「屋上から落ちてきた輸送用コンテナに、ペチャンコにされてしまったんです。そしてその日を境に、舞さんの同型虚影は病んでいってしまった……」
「…………」
私は、かつて私を襲った時の彼女を思い出す。
確かに、常軌を逸していた、とは思う。明らかに人を殺すことに慣れていたし、何より母さんを殺したあの瞬間、彼女は。
確かに、確かに笑っていた。
異常な笑み。口が裂けんばかりの、死神のような笑みを。
(あの娘にも……そんな過去が……)
最初から、あんな異常者じみた娘ではなかったんだ。
きっと。
私と同じように笑って、私と同じように泣いて。
そんな、ただの、一人の少女だったんだ。
「裏世界の私は……そんなに、誠のことが……」
「えぇ。元々、裏世界の舞さんの家庭は母子家庭だったらしいんです。つまり母親、舞さん、誠くんの三人だった」
小夜ちゃんは私の手を取り、そのまま引っ張り上げる。私は少しバランスを崩し、よろけてしまった。
「だけど小さいうちに母親が死んでしまったんです。それからは、どこにいるのかもわからない父親からのお金を頼りに、二人で暮らしていたそうです」
「……だったら、やっぱり……誠が、好きだったんだよ。たった一人の……家族だもの」
その気持ちは、嫌というほど分かった。
今、私は同じ状況だからだ。金銭的な問題は離婚した父親になんとかしてもらっている。
(……ん?)
その時、私は気づいた。
彼女は、私を自分自身と同じ境遇にしたかったのではないだろうか? 母さんを殺して、私を二人ぼっちの状態にしたかったのではなかったのだろうか?
しかし。
「それは違いますよ」
「え?」
小夜ちゃんが、思考の隙間に入り込む。
「忘れたんですか? あの夜、裏世界の舞さんの目的は……あなたを殺すこと。あなたのお母さんは、ただの途中経過なんです」
「じゃ、じゃあなんで母さんは……ッ!?」
「特に意味はありませんよ。そもそもの彼女の目的はあなたの殺害、あわよくば榎田家全員の抹殺だったんですから」
「何のために!?なんで、裏世界の私は私なんかを……!?」
一瞬の、間。
そして。
「単純な私怨ですよ。一応、『組織』もあなたの殺害を望んでいましたが」
不明瞭な単語が、私の脳に刻み込まれる。
思わず、呟く。
「そ、『組織』……!?」
小夜ちゃんて何者?




