不思議な少女
『ったくもう、何で途中でどっか行っちゃうかなー』
機嫌を損ねたような声が、携帯の向こう側から聞こえる。
私は通話なのにペコペコと頭を下げ、
「ごめんね、ちょっと大事な用事思い出しちゃって……」
『カラオケの途中でー?もー、せっかく二人で夜が明けるまで歌い尽くそうと思ってたのに……』
「ホントにゴメン!!今から戻るから!!」
鈴奈は本気で怒ってるみたいだ。先程10件ほどメールが来ていた事に気付き、恐る恐る電話を掛けたらこれでした。
一言目は『ふじゃけるなバカモン』で、二言目は『今どこ?』だった。
そんなワケで、現在カラオケボックスまで帰還中の私、榎田舞なのでした。
(だけど、さ)
私は、溜め息をつく。
命が掛かってたんだから。大切な、友達の『命』が。それならもう助けるしかなかったでしょ。
まぁ、私が一方的に友達とか思ってるだけだと思うけど。
「…………エノ君、か」
立花さんを殺しかけたというあの少年、一体誰なのだろう。不思議な少年だった。
髪の毛は緑色、右目は黒い眼球、瞳は両方とも緑色。
身体には10本程のコードが通っており、四肢に黒い枷のような輪が付けてあった。
何らかの病気、なのだろうか。
(……なんだか、懐かしい感じがした……)
それはあの少年の雰囲気だ。そう、言うなれば……
「幼い頃の弟さんにそっくり、ですよね?」
「ッ!?」
いきなり掛けられた声に、私は思わず首を巡らせる。驚いた事により、疼くような感覚と共に私の瞳が蒼くなる。
それは、中学生くらいの少女だった。
塗り潰したかのような黒髪。まるで少年の様に短いその髪は、月明かりに反射して青白く輝いていた。
瞳は、濃い緑色。黒緑、とでも表現するのだろうか。
身長は私より少し小さいくらい。服装は、短パンにパーカーという至って平凡な格好。しかしパーカーには袖が無く、裾の高さも胸よりちょっと下だ。中に着ているランニングも、それに合わせるように裾が切られている。
ようは、ヘソ丸出しという事だ。
「だ、誰……!?」
「舞さん、ですよね。僕の名前は二十八小夜って言います。小夜、って呼んでもらえると嬉しいです」
目の前の少女は、そう名乗った。
その黒緑の瞳を、ギラギラと輝かせながら。口元に、薄い笑みを浮かべながら。
「……な、何の用?ていうかはじめましてだよね?なんで私の名前を――――――」
「そりゃあ、」
彼女は私の瞳を指差すと、
「あなたが『Blue-eye』と呼ばれているからですよ。既に、下調べはしてあります」
「――――――ッ!?」
一瞬、背筋に寒気が走った。
目の前の少女は、ただの少女ではない。私の秘密を知っている、この事件の当事者だ。
別に、目の前の少女に恐ろしさを感じたワケでもない。殺される、と思ったワケでもない。
ただ、不気味。
瞳が緑色ということは、きっと裏世界の人間だろう。なのに、
彼女は、私の『蒼い目』に反応しない。
それだけじゃない。
その性別がどっちとも取れないような風貌、口調が。
まるで、彼女からは何も感じないような気がして。人間として計りきれない何かを抱えているような、あるいは何もかも失って空っぽになっているような、そんな気がして。
それらを全部ひっくるめた結果。
私は、逃走を選んだ。
踵を返し、私はその場から走り去る。このまま逃げ切れる気はしなかったが、このままでは大変な事になると思ったのだ。
なのに、後ろから、声が聞こえた。
「まったく……逃げないで――――――」
それは、一瞬のノイズを生み出したかと思うと。
まるで飛んだかのように、
目の前から、
「――――――くださいよ」
聞こえてきた。
「う、――――――わッ!?」
まるで瞬間移動のようだった。
目の前に、一瞬カードのようなものが現れたかと思うと、それは一秒も経たずに膨れ上がった。
そして人型になり、最終的には先程の少女に。
そんな超常現象を目の当たりにしてしまった私は、思わず歩を止め、そのまま尻餅をつく。
「話を聞いてくださいよ。酷いじゃないですか、何も言ってないのに逃げるなんて」
「だって……あなた……」
「いいから話を聞いてください。危害なんて加えませんから」
まるで私を諭すかのように、人差し指を上げる。その仕草自体は、可愛らしい少女そのものだ。
「い、今のは……!?」
「ん?あぁ、これは『界転』の時に生じる着地点の誤差を利用したんです。我ながらこの発想は神がかってると思うんですよ」
首を傾げる私に、小夜と名乗る少女は説明してくれた。
『界転』。透が使っていたあの表裏を行き来する能力。
実は、その力には誤差が生じる。例えば、裏世界のA地点から表世界のA地点に行こうとすると、そこより一メートル離れたB地点に降りてしまうとか。
今の瞬間移動は、それを逆手に取ったという。
最初からB地点にズレるのを予測しておき、それに調節したA地点に飛ぶ、ということ。ちょうど、アーチェリーなんかで風で矢の方向がズレるのを見越して、狙いよりずらして放つとか、そんな感じである。
その裏表の行き来を一瞬で行えば、まるで瞬間移動しているように見える。
「まぁ、力を結構使うんで無闇に多用は出来ないですけど」
「……っていうか、あなたも『界転』を使えるの?透と同じように?」
小夜ちゃんは、小さく頷く。
「一度中継地点になりましたからね。本当の能力はそっちじゃありませんが」
何だかよくわからない言葉を呟き、彼女は再び口をつぐむ。
そんな彼女に、私は問い掛ける。
「……ていうか、透の事知ってるの?」
「そりゃあ先輩ですから。……それに色々助けてもらいましたし」
む。と、私は思わず声に出してしまった。
(まーたフラグ立ててる。表世界の透以上に素質がある気が……)
「それより聞きたいこと、あるんじゃないですか?さっきの僕の発言に対して、とか」
微妙に苛ついていた心を振り払い、私は正気に戻る。
「うん。エノ君が誠に似てるっていうのは思った。だけど、なんであなたがそんなこと……」
「そんなの、下調べしたからですよ。あと、言わせてもらうと、」
彼女は、クスリと笑いながら、
「その予想は、間違ってません」
何だかんだで90話ですね。




