諦め
カラン、と。
渇いた小気味いい音が、辺りに響き渡る。
エノ君は、傷ついていない。私も、傷つけていない。
結局。
私は、彼を、傷つけられない。
それを示すかのように、包丁は暗がりのアスファルトに転がった。
「……く、ぁ」
それでも、私はエノ君を押さえつける。なぜなら、彼が起き上がろうと抵抗しているからだ。少しでも力を緩めれば、私はエノ君に殺される。体勢を逆にされ、絞殺されるか、包丁で刺殺されるか。
「……なん、で……なに、何なの……?なんで、こんなことに……!?」
彼の上にのしかかる。両手首を押さえつけ、足は自らの体重でなんとか止めていられている。
どうして、彼はこうなってしまったのだろう。
少なくとも正気ではない。まるで誰かに操られているような無表情、そして普段の非力な彼からは考えられない身体能力。
そして、彼から発生した同型虚影の反応。
(裏世界から、誰かが操っている……!?いや、でもそんな……!!)
しかし、先程の機械的な口調は、確実にその考えを裏付けるものだ。
しかも。
(あの時……)
彼と出会ったばかりの、あの夜。
仕方なく彼と添い寝していた私は、見てしまっていた。
機械的に身体を起こす彼を。
悪魔のように私を見つめる、漆黒の目を。
そして、彼はそれを覚えていなかった。思い出すことも、無かった。
つまりエノ君は、操られていた。裏世界の誰かに。恐らく、あの『黒い目』で。『Black-eye』で。
最初、彼と出会った時に疑うべきだったのかもしれない。彼が何故、いきなり私の部屋に現れたのか。玄関も経由せず、唐突に。
答えは簡単だ。あの偽者と同じく、『界転』でやってきたのだ。だって彼も、エノ君も、同型虚影なのだから。
もちろん、全ての同型虚影が『界転』を使えるわけではないだろう。現に、偽者の私はそんな素振りは見せなかった。
しかし、榎田サンは言っていた。裏世界の榎田サンは、『界転』を使えた、と。
……だけど。
私は、信じたくない。
目の前の少年の自由を奪いながら、私は思う。
(エノ君は……私の、支えだったのに……!)
神代君が居なくなった隙間を、彼は塞いでくれていた。
優しい笑顔で、助けてくれていた。
時折ウジウジしてて、だけど次の瞬間には笑ってくれていて。
私は。
エノ君が、大好きだった。
純粋な気持ちで。恋心とは違う、まるで家族愛のような。
だけど。
目の前の少年は、無表情だ。悲しいほどに、無表情。私の声など、届くはずがない。
あまりにも、力不足だ。
結局、私は彼に何をしてやれた?一緒に過ごして、彼に助けてもらっていただけではないか。
そして、現時点だって。
彼を、力ずくで押さえ付けているだけじゃないか。
「…………っ!!」
自然と、涙がこぼれる。ポタポタと、エノ君の頬へと落ちる。
それを目の辺りにしてなお、エノ君の表情は変わらない。悲しさも、愛しさも、悔しさも、一切浮かべない。
そんなんなら、いっそ死んでしまえばいいんじゃないか。
こんな、何も出来ない私なんて。
助けてもらってばかりで、自分では何も出来なくて。
そのくせ目の前の少年を、救うことすら出来ない。
殺せ、じゃない。
死ね。
私が。
死ね。
死んでしまえ。
私が、死んでしまえば。
そんな悲観的な意見に従って、
私はゆっくりと、エノ君を掴む手を離した。
後は、私の考えていた通り。
エノ君は、即座に体勢を変えてきた。私を押し倒し、私の上にのしかかる。
包丁には、目もくれなかった。その手で、その幼げな両手で、私の首を掴む。
どんどん、力が強くなる。
私の吐息が洩れて、空気へと溶ける。
意識が薄れる。
それで、おしまい。
私は――――――死んだ。
文章力が低いなぁ……やばい、どうしましょうか(汗)




