暴走
「…………そうね」
「んァ?」
肩から溢れる血を止めようともせず、私は呟く。
「そうよね。人間なら、自分の欲望に忠実なのは当然よ」
猛烈な痛みが走っているというのに、私は驚くほど冷静に話せている。それどころか、荒かった息まで整っている。
「急に何を言い出すんだ、お前」
オレっ娘が訝しげな顔で聞いてくる。
「私だってそうだもの。自分の欲望に従って動いている」
一歩。
一歩だけ、前に踏み出す。
「ッ!?動くな!!殺されてぇのか!!」
「やればいいじゃない。私の欲望はそんなもので消えはしないんだから」
「…………ッ!!」
私が見ると、オレっ娘の指が震えている。ガタガタと、先程まで楽々と引いていた引き金を引くことを、ためらっている。
私って。
私って、そんな威圧感を与えるような事、言ったかしら。
「くっ、来るな!!」
無言で、私はもう一歩進む。もう一歩。さらに一歩。
撃てばいいのに。
なんで撃たないの?
まぁ、別に撃たれる事を望んでるワケじゃないけど、さ。
不自然じゃないの?
「い、嫌だ……来るな……ッ!!」
ガラガラ、と音が聞こえる。鉄パイプを引きずる音。私が立てている音。
私の歩みは止まらない。
にやけが止まらない。どうしても、笑ってしまう。
目の前の少女が、あまりに滑稽過ぎて。
さっきまであんなに自信に満ちていた顔が、今は恐怖に塗り替えられている。そんな事が、私にとっては愉快極まりなかった。
「ば、化け物……!!何だよ、お前の……それ!!」
化け物?
何よ、誰が化け物よ。
さっきから変な感触はするけど、私は何もやってないんだけど。
「お前の……腕……ッ!!」
「は?」
私は思わずおかしな声を上げる。
見ると、確かに私の肩からもう一対の腕が生えている。カードの束を集めたような、いびつな腕。薄く緑色に染まっているそれは、もはや異形のモノだった。
しかし、私は特に何も驚かなかった。
「……そう。暴走、かしら」
「……え?」
私は静かに話し出す。
「恐らく『界転』の力が暴走したんでしょ。まぁ、詳しくはよく分からないし、分かろうとも思わないけど」
私はその異形の腕を動かす。特に特別な事をしなくても私の意思で勝手に動く。その腕で辺りの機械に触れると、触れた部分が何の音もなく消えていた。機械には、私の手形が付いていた。
「……触れた部分だけを表世界に送る能力、かしら。この能力の元々の使い道から考えると、そうなるわよね。しかも、触れた部分だけってことは……」
異形の緑色の腕。その手のひらを握ったり開いたりしながら、私は呟く。
「これを使えば、アンタの身体の好きな部分をもぎ取る事が出来るってわけね」
「ひ、ぃ……ッ!!」
オレっ娘はもはや戦意喪失しているようだった。床に尻餅をつき、呻き声を上げながら後ずさる。
とても滑稽だ。
とても。
とても。
とても。
とても。とても。とても。とても。とても。とても。とても。とても。
「フ、ヒ。ハ、ハハハハハハハハハハ!!!アッハハハハハハハハッハッハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
気付けば、とても楽しくなっていた。目の前の無力な少女をいたぶる事が、とても楽しい。
「まずはここからかなァ!?」
私は緑色の腕でオレっ娘の右足を思い切り握る。しかし、感触は空を切ったかのようにあっけなかった。
一方、彼女の方は、
「ギッ!?ガ、ァ――――――――」
まるで獣の断末魔のような奇怪な声を上げる。その可愛らしい目を思い切りひんむいて。
あぁ、その表情が堪らない。
そして、私の腕がオレっ娘の足をすり抜けると同時に、
「ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!?」
あまりにも綺麗に無くなってしまった彼女の足からは、とんでもない量の血が噴き出した。
なるほど、足の断面ってこんななのかぁ。
「ギ、ア、アアアアアァァァァ……ッ!!」
「痛いィ?痛いわよねぇ、足が一本無くなったんだから。表世界のこの場所からは、アンタの細くて綺麗な足が丸々一本出てくるんだよォ?怖いわねぇ、怖いわねぇ」
「ぐっ……が。くっ……そ、この化け物オオオオオオオオオオオオッッ!!!」
その瞬間には、何が起きたのかが分からなかった。
しかし、私の異形の腕が無意識に前に出た。そしてその腕の向こうで、鉄臭い香りと轟音が反響した。オレっ娘が、機関銃を撃ったのだろう。
しかしそれらは全て表世界に消えた。私の身体には、一発も当たらなかった。
「う……、そ」
「残念でしたァ。まぁ、私の意思じゃないけど」
私はその腕を開き、彼女の姿を見る。
絶望、という言葉が一番似合うであろう表情。私の事をただ意味もなく見つめ、何も考えられない顔だ。彼女の意識は朦朧としているようで、既にその瞳は正気を失っていた。だらしなくヨダレを垂らし、目からは大量の涙が溢れてきている。
私は、彼女のそんな姿に快感を覚えた。
「ハハハハハ……!!まだまだ、こんなのでくたばってもらっちゃ困るわよォ」
異形の腕を両方振る。それは瞬間的に彼女の両腕を表世界に送り、同時に大量の鮮血を噴出させた。
しかし、彼女は悲鳴を上げることはない。いや、上げられない。
「アッ……ギィィッッ!!ガッ……グ、ゴガ、ギ……!!」
代わりに聞こえてくるのは、悲痛な呻き声。既に、彼女の綺麗な顔は壊れていた。身体をビクビクと震わせ、白目を向きながら喘いでいる。
「ありゃー……。オレっ娘ちゃんの可愛いお顔が台無し。汗とヨダレと涙まみれじゃない」
それでも、私は目の前の状況を楽しむことしか出来なかった。
「……でも、ちょっとかわいそうね。もう、楽に終わらせてあげましょうか」
私は彼女に近づき、左足しかない彼女の身体を持ち上げる。そして、ベルトコンベアと思わしき台に彼女を置く。
さっきも確認した通り、この部屋には一応電気が通っている。そして傍らには、赤く不気味なスイッチが。
「それじゃ、さようなら」
スイッチを押し、私は背を向ける。揺れるような音と共に、ベルトコンベアが動く音がした。
行き先は、プレス機。
三肢を切断された彼女は、ただ呻き声を上げるばかりだった。
いつの間にか、私の異形の腕が消えていた。これは、制御できるわけではないだろう。自在に使えれば、誰からも透を守れるのに。
そんなことを考えていたら、後ろから断末魔と共に、嫌な音が聞こえてきた。それは肉が、骨が、身体が潰れる音だった。
―――――――――――――――――――――ぐしゃり、と。
あぁ、舞がどんどん病んでいく……。




