告白
「う、ぁ……ぁ……ッ!」
俺はしばらく、その場から動けなかった。足が震え、何も出来ない。
しかし、彼女の虚ろな目が合った瞬間、俺は事の重大さに気付いた。立花を抱き抱え、そのまま奥に入る。
「おい、大丈夫か立花!!おい!!」
「…………ぁ…………」
微かに声が聞こえた。
まだ息はある。今から救急車を呼べば、助かるかもしれない。
俺は携帯を開き、救急車を呼ぶ。慌てていて、内容もぐちゃぐちゃだったかもしれない。
それからまた、俺は立花に向き合う。
その胸の傷痕の一つには、包丁が刺さっていた。
(クソ……!!なんで……!!)
慌てて引き抜く。もしかしたら下手に抜いてはいけなかったのかもしれないが、そんな事を考える余裕すら、俺にはなかった。
「っ…………ぁ!」
彼女の小さな呻き声が聞こえる。その虚ろな目が、僅かに苦痛を訴えていた。
『組織』がやったのだろうか。まだ、刺されてそう時間は経っていないようだ。
しかし、時間はあまり無さそうだった。胸には一ヶ所だけではなく、複数の傷痕がある。その傷痕全てから、溢れるように血が流れ出していた。
「ど、どうしたらいいんだ!?とりあえず血を止めたほうが……ッ!?」
俺が包帯か何か止血に使える物を探そうとその場に立ち上がった瞬間。
俺は足に弱々しい、しかし暖かいような感触を感じ取った。
それは、立花が震える手で掴んだもの。その暖かさの正体は、彼女自身から流れ出た血だった。
彼女は震える小さな唇で、何かを呟く。
「…………は、…………な、れ…………ない、で………………よ」
「分かってる!!とりあえず止血に使える物を探すだけだ!!」
しかし、彼女は手を離さない。むしろ少しずつ、握る強さが増している。
こうしている間にも、血は流れ出している。傷痕の数だけ、出血量が増しているのだろう。
この状態は危険過ぎる。いずれ出血多量で、死んでしまうだろう。
「手を離せよ!!お前……このままじゃ死んじまうぞ!!」
「い…………や…………ち、かくに…………いて…………」
そもそも弱い力なので振り払えばいいのだろうが、怪我人の腕を振り払うことは何だか気が引けて出来なかった。
しかし。
「…………もう、…………死ん、じゃう、と…………お、もう。じ、かん……も、…………経っ……て、るし」
「バカかお前は!!そんな簡単に―――――――」
「…………ね、ぇ…………私、が……死ん、で…………か、な……しい…………?」
立花は自分の立場が理解出来てないのか、この期に及んでそんな事を言う。
(いや、違う……コイツは……)
自分の立場が理解出来ているからこそ、こんな事を言うんだ。
自分が死ぬと、分かっているから。
コイツはもう、助かろうとは思ってないのだろう。
だから、言った。
「悲しいわけ、ないだろ……!」
出来る限りの、ゲス顔で。
コイツに心を許す前の俺で、コイツに助けてもらう前の俺で。
コイツを……巻き込……む……前の……。
「悲し……い、わけ…………悲しい、わ……け……ね、ぇ……だろ……!!」
くそ、なんでだよ。
なんで。
コイツを、助ける為なのに。悲しくないって言って、コイツを諦めさせて。
止血をして、救急車が来るまで持ちこたえさせなきゃいけないのに。
なんで、
なんで、
なんで涙が、止まんねぇんだよ。
止まれよ。留まれよ。停まれよ。泊まれよ。富まれよ。
止まらねぇと、コイツは……!
「か…………な、しい……んだ。うれ…………し、い…………ね…………えへ、へ」
立花は虚ろな瞳のまま、口元に僅かな笑みを浮かべる。
その唇の端から、一滴の血を流しながら。
と。
「がッ!ゴボッ!!ガハッ!!」
血が絡まってむせたのか、彼女は有り得ないほどの吐血をする。口から飛び出したどす黒い血が、彼女の可愛らしいTシャツを汚していった。
しかし、立花はそんな事もお構い無しに、呟き続ける。
「……やっぱ、り……さ。トオ、ル……く……ん、も…………私、の事…………」
もう、喋らせたくない。
これ以上喋らせると、コイツの命に関わる。
分かってる。
さっき、気付いたんだ。
まだ、お前が傷付いてなんて思いもしなかった時。
だから、この気持ちは偽物なんかじゃない。お前を助けるために、でっち上げた嘘なんかじゃない。
俺は。
「……あぁ、嫌いじゃねぇよ……」
何言ってるんだよ、俺。
こんな時まで誤魔化してるんじゃねぇ。
恥ずかしがるなよ。
さっきから、気付いたんじゃなかったのかよ。
言ってみろよ。
言えよ。
言わねぇと、伝わんねぇだろ!!
「……違う。好きだよ。嫌いじゃねぇ、なんて言葉で誤魔化しきれねぇよ」
俺は、初めて自分の気持ちを声に出した。
「大好きだよ……!!こんな俺に構ってくれてよ、あんなウジウジした俺を……こんなにしてくれてよ……!」
「…………!!」
瞬間、光を失った立花の目が、こちらを向いた。ゆっくりと、しかし確実に。
「好きだ!!大好きだ!!お前が居ねぇと……俺……どうしたらいいのか……!!」
「ト……オ……ル、君……」
今まで溜め込んでた気持ちが、吐き出される。どうしても言えなかった、今だから言えた事。
コイツには迷惑ばかり掛けて。
俺のせいでこんなことになって。
本当なら。
例えば、俺と別のクラスだったりとか。
一学年違ったりとか。
そんな、ほんの少しのズレさえあれば。
コイツは、まったく違う人生を送っていたハズなんだ。
恐らく、平均より少し上の成績で。仲のいい友達だってたくさん居て。俺じゃない好きな人に、たくさんアピールして。
そんな楽しい人生を、送っていたハズなんだ。
その影で、俺は。
コイツとは関係ない形で『界転』を手に入れて。
コイツとは関係なく、勝手に戦っていたハズなんだ。
だけど。
「……大丈、夫。トオ、ル君……なら……、大……丈、夫だ、よ」
「そんな……お前……!」
「私……が、居な…………くて、も…………、ト……オ、ル…………君……は、つ……よい……から」
もう顔も青ざめ、身体全体が震えている。
限界が近付いているのは、分かっていた。
「私も…………だ、い好き…………だよ。だか、ら…………」
分かっていた。それは彼女自身もだと思う。
しかし、彼女は軋んだ身体を無理に動かし、俺の頬に両手を当てる。上半身を、少しだけ浮かす。
べっとりと血が付くが、そんな事は気にしない。
彼女は続ける。
「今、度は…………トオ、ル……く、ん…………から……し、て」
「…………あぁ」
俺は、言われるがままに、顔を近付けた――――――――
この小説書き終わったら、今度はこういう展開がないやつを書きたいです。恥ずかしい。




