新たなパートナー?
そんな榎田舞の苦悩タイムから、また少し経ち。
時刻は七時過ぎ程。
表世界、立花宅。
「うわああああああ!!目に入った!!目に入ったってぇ!!」
「ほらほら焦るでない。今流してあげるから」
その緑色の髪の毛、というより頭全体をシャンプーによって泡だらけにしたエノ君。
彼は苦痛に声を荒げながら、その手をバタバタを振る。
そんなエノ君をなだめ、私は彼の頭にシャワーを浴びせる。泡が、跡形もなく流れていく。ぐっしょりと濡れた髪の先から、水滴がポタポタと垂れていった。
「ふえ~…痛かったぁ……」
「頑張ったね。んじゃ、湯船浸かろっか」
「うん」
つま先から、ゆっくりと湯船に入る。思わず、親父臭い『う"~』という声が出たのは気にしない。というより、エノ君が湯船に飛び込んだ為、跳ねたお湯が顔に掛かった方がキツかった。
「……エノ君。湯船に飛び込まない」
「あ、ごめん……」
「そ、そんなションボリしなくても……」
そんな会話をしていると、目の前に何かが浮かんでくる。
エノ君の身体に取り付けられた、コードの一つだった。きっと足首から腰にかけてのモノだろう。長さで言えばこれが一番長いのだから。
「にしても、水没OKなんだ。このコードとか器具とかって、なんか水に弱そうだけど」
彼自身から聞いたから大丈夫だと思うが、それでもやっぱり不安だ。だからといってコードや器具を外してしまうと、彼が死んでしまうので結局は外せない。風呂入れなくね!?と思ったが、彼によると大丈夫らしい。
「うん。これは防水加工してあるから」
「へぇ~……」
私が感心してそんな声を出すと、彼は小さく溜め息をついた。
「あ~あ、こんな知識ばっかり。結局お姉ちゃんについては何も思い出せないし」
彼は記憶喪失だ。しかし、どうやら自身の身体についてはマニュアルのような感じで覚えているらしい。なんとも都合のいい記憶だと、しかしそんな事を言ってはエノ君がまた肩を落とすので言わない。
「ごめんね、マサキ。僕、いつまでここに居るんだろ。やっぱり迷惑だよね……」
「別にそんな事ないよ。いつまでだってここに居ていいよ」
そう言って私は励ます。元々一人暮らしだし、別に一人増えたところで特に重圧があるわけでもない。それに、この子が落ち込みやすいのは元からだ。少しではあるが時間が経ったため、彼の事も少し分かってきた。
「ホント……?」
「うん。いつまでも居てよ。その方が私も嬉しいし」
なんだかんだ言って、私は彼に助けてもらっている。主に精神的な面で。
神城君が居なくなって抜け落ちた心の穴を、少しずつ埋めていってくれている。本当に少しずつ、少しずつ。
今はまだ、埋めきられてはいない。が、それでも、確実に、僅かに。
「……ありがとう、ね」
だから。
私は、小さく呟いた。心地よく上気した頬から、温かい粒が湯船に滴る。
「そ、そんな。僕なんて何も……!」
「ううん、すごい助かってる。……本当に。本当に。本当に……」
そう、何度も呟く。まるで、今まで助かった数を数えるかのように。
自然と視線が下にいく。何故だろう。感謝しているのに。
いや、これは誰しもそうなのだろうか。他人に依存する形で感謝をしていると、何気なくネガティブな気分になる。
そうだ。私は、この小さな少年に助けてもらっているのだ。仮にも花の女子高生のハズなのに。女子高生、といっても学校にすら行かず、ひたすら神城君ばかり思い浮かべているような人間だが。
……こんな私は、何のために生きているのだろう。私の存在は、誰かに貢献しているのだろうか。
別に、誰かに貢献することだけが『生きている』証明ではないだろうが、それでも。
私は、生きていていいのだろうか?
と、その瞬間。
私の視界が、透明な液体で塗りつぶされた。
「うぶぁッ!?」
「ほら、なに暗い顔してんの?マサキにはそんなの似合わないよ!!」
それは、エノ君が私の顔面にお湯を掛けてきたからだった。不意の攻撃は、鼻や口に侵入する。もちろんむせたし、鼻になんともいえない痛みが広がる。
「う~、このォ、やったなー!」
「ぶわぁッ!!」
私もお湯を掛け返す。予想はしていなかったようで、エノ君ももろに食らっていた。
「ほぅら、人がシリアスなとゥゴッ!?」
「僕だって負けてないよーだ!!」
エノ君は嬉しそうな顔でこちらを除きこむ。
「ふ、ふん。じゃあこっちだって!!」
「うわっぷ!負けないぞー、ほらっ!」
もしも。
もしもこの光景を誰かが見ていたなら、気付いただろう。
私は、知らず知らずのうちに、にやけていた。
……何でだろう。
彼と一緒なら、笑っていられる気がする。
そんなこと言っても、彼は離れていく。『お姉ちゃん』が見付かれば、私を置いてどこかへ行ってしまう。
だけど。
今は、彼との儚い時間を楽しもう。
そう、思った。
決して立花はロリコンではありません。決して。はい。




