二人
ピンポーン、と。
ありきたりなインターホンを鳴らし、私は返答を待つ。
「…………」
が、何も帰ってはこない。せっかく食材まで調達してきたというのに。
「……うぅ。どうしようかな……?」
閉じ籠っているのだろうか。やっぱり余計な事はせず、時間が経つのを待った方がいいのだろうか。
いや、やはりここは大きく攻めるべきだ。こんなに引きこもるなんて、トオル君らしくない。
第一、トオル君に元気になってもらわねば、私がしおれてしまう。
「もー、どうすれば……ってあれ?」
私が思考回路をフル回転させながら、何の気なしにドアノブをひねったとき。
そのドアは、意外にもあっさり開いた。
「不用心な……まぁ入れたからよしとしますか」
左手にスーパーの買い物袋をぶら下げながら、私はゆっくりと中に入っていく。
「Oh……陰鬱な空気が家中を支配している……」
もう、なんだかここに居るだけで鬱になりそうな、そんな気分にさせる感じだった。カーテンは締め切られ、電気も付いていない。そのせいか中は薄暗く、奥もよく見えないような程だった。
とりあえず明かりを付けようと、私は玄関の電気スイッチに手を掛ける……が。
「……あれ?付かないや。まさかブレーカーまで落としてるのかな?」
私も一人暮らししてるだけあって、なんで電気が付かないとかそういうのに敏感だったりする。電気が付かないときは、大抵ブレーカーが落ちている時なのだ。……まぁ、多分一般常識だろうが。
私はブレーカーを探しあて、そのままスイッチを確認する。やはり、ほとんどのレバーが下に向いていた。
パチン、という小気味いい音と共に、全てのブレーカーを上げる。
瞬間、あれだけ暗かった部屋が、全て明るくなった。恐らくブレーカーだけ落として、スイッチ自体は切っていなかったのだろう。
居間に入る。
トオル君は居ない。しかし、部屋が荒れているという訳ではなく、むしろ綺麗に整頓されてあった。恐らく、あまりこの部屋を使用していなかったのだろう。あまりに小綺麗すぎて、逆に気持ち悪くなってくるくらいだ。
「二階、かな?」
その場に中身一杯のレジ袋を置き、私は二階へと上がる。
階段に足を乗せる音が、私の鼓膜を優しく震わせる。それは私の心臓に早鐘を打たせ、おのずと緊張状態にさせる。
(きっと……二階にトオル君は居る)
その事実が、呼吸を荒くさせる。会ってどうしよう。私が何か言えるのだろうか。あの時もトオル君に守ってもらった私が、何か言えるのだろうか。
小夜ちゃんみたいに能力を持っている訳でもなく、同型真像の私のように銃の扱いが上手いわけでも、特殊な『紅い目』があるわけでもない。完璧に足手まといの立場なのだから。
それでも。
私は行かなくてはならない。彼を、勇気付けてあげたい。
トオル君の部屋は分かっている。前に一度来たことがある。
短い廊下を渡り、彼の部屋の前に立つ。そのドアを開ければ、向こう側には……。
「……トオル君」
ドアをゆっくりと開いてから、その名を呟いた。私が一番大好きな人の名前を。
部屋の中は暗く、スイッチすら入っていない。居間と同じようにカーテンは締め切られ、視界が冴えない。
でも、私には分かった。
部屋の奥。私に向き合うように、彼は壁に寄りかかっていた。首はだらりと垂れ下がり、その表情には生気がない。
まるで見る影もないようなその人は、私が待ち望んでいた彼だった。
神代透。
私の大好きな人。
「……なんだ、お前か……。何しに来た……?」
その声は、まるで普段より何オクターブも低いかのような、力無い低い声だった。
「……トオル君。なんで……?どうして、そんな風になっちゃったの?」
私は、質問する。
しかし、
「お前には……関係ねぇ。何しに来たか知らねぇけど、早く帰れ……」
「そういうワケにはいかないよ」
そう優しく、しかし強めな声で言った。
確かに、一歩ずつ歩み寄る。
「私に理由を教えて。私に現状を教えて。私に全てをさらけ出してよ!」
「……何言ってんだ」
「じゃないと私、どうも出来ない!君を助けてあげられない!」
彼の前に立ち、私は叫ぶ。
「私を頼ってよ!私に話してよ!私が原因なら何でもするし、そうじゃなくても力になりたいの!どうすれば、君は元に戻るの!?」
そうだ。このままでは埒があかない。どうすればいいのか、彼自身に聞かなければ何も出来ないのだ。
「そんなのトオル君じゃない!私の大好きな、クールでシャイな、でも照れ隠しするような、そんなトオル君じゃないよ!」
必死になって声を上げる。
彼は、何の反応もない。
「このまま足手まといは嫌だよ!教えてよ!何で君は――――――――」
「――――――馬鹿な事言ってんじゃねぇ!!!」
不意に、彼は大声を出した。
「ッ!?」
「足手まといがどうとか、訳わかんねぇ事言ってんじゃねぇよ!!この事件はなぁ、お前が関わっちゃいけねェんだ!!」
いきなり立ち上がり、私に顔を近付ける。
「……ァ、ぅ……ッ!」
「お前は黙ってればいい!!この事件に関わるな!!」
「……そんなこと無い!トオル君は何で私を遠ざけるの!?私に協力させてくれないの!?」
そうだ。私も力になりたい。どんなことでもしたい。
しかし。
「……お前は俺が人殺しでもそんな事が言えんのか!?幼なじみの人格を狂わした男の力になりたいなんて……そんなイカれた事が言えんのか!?」
「……ひっ、人殺し!?人格……ッ!?」
突然の言葉に、私は一歩退いてしまった。しかし下がる場所はなく、私はドアの横の壁に背を付けてしまった。
彼は私の顔の横に腕を勢いよく突き立て、私が動けないような体勢を取った。いわゆる『壁ドン』というやつだ。こんな形でなっても、私は全然嬉しくなかった。
「俺は人を殺した。俺を襲って来たとしても、正当防衛だったとしても、許されねぇ行為だったんだよ!!」
「そん……な……」
「しかも、俺は舞の頭をイカれさせちまった。俺のせいで、アイツはオカシクなっちまったんだ!!俺さえいなけりゃ、こんな事にならなかった!!」
舞、というのは幼なじみの名前だろうか。
この勢いからするに、相当思い詰めていたのだろう。若干、彼には迷いが感じられた。
「俺は疫病神だ。俺の周りに居るやつはみんな不幸になっちまう!!それはお前かもしれねぇんだ!!俺はお前を巻き込みたくねぇんだ……!!」
彼の言葉が震えると、彼はそのまま首を傾けた。
「お願いだから……もう、やめてくれ……!!俺なんかに……構うなよ……!!」
「……嫌だよ」
「え……?」
私は震えながらも、ハッキリと言う。
「嫌だよ!!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!私はトオル君から離れたくない!!」
そうだ。迷うわけがない。
私がどうなろうと、たとえ死んでしまうことになったとしても。
「君が人殺しでも構わない!!君に人格を壊されても構わない!!私は君と一緒に居たいの!!」
「ふざけんな!!お前は何も分かっちゃいねぇ!!俺は――――――」
パン!!と、渇いた音が部屋中に響き渡った。
それは、私が彼に平手打ちをした音だ。
「――――――ッ!?」
「馬鹿!!トオル君の馬鹿!!」
彼は分からない、という顔でこちらを見る。
「なんで私の事ばっか心配するの!?私だって何も出来ないわけじゃない!!そこらの幼児みたいに誰かに面倒見てもらわないと何も出来ないような人間じゃないんだよ!?」
暗い部屋の中で、私の怒号が響き渡る。
「確かにトオル君、君みたいな能力は無いかもしれない。小夜ちゃんみたいに特別な存在ってワケでもない。ましてや同型真像の私みたいに拳銃が扱えるワケでもない。でも……!!」
叫ぶ。
私の存在意義を、彼の耳に叩き付ける。
「君の心の支えになれる!!その気になれば、きっと銃だって使える!!いや、使いこなしてみせる!!助けて、なんて一切言わない!!死ぬときは君に迷惑掛けないで死ぬ!!どんな事があっても、君の力になる!!」
ハァ、ハァ、と肩を上下させる。
息が荒くなっている。もう、半分泣きじゃくっていたが、それでも途中で言葉を切らなかった。
だって、これが私の全てだもの。
「……お前……なんでそこまで……」
トオル君は、目を見開いて言う。
私は、勢いよく壁から離れる。
進行方向は、決まっている。
(なんで、って?)
そうだ。
(決まってるよ。そんなの)
私は今まで、なんで動いていたの?
銃で撃たれても、何をされても。
それでも、私がここまで彼に尽くす理由。
私の、行動理念。
それは。
「君が、大好きだからだよ」
驚く彼に、私は勢いよくキスした。
彼を思い切り抱き締めながら、彼の事を一番に思いながら。
ずっとずっと、こうしたかった。
君に出会った時から。君が死にかけた時も、君が命を掛けている時も。
心の底では、恐かった。さっきの君は、まるで今までの君とは違ったからね。
でも、もう大丈夫。
君は、きっと元に戻った。いつも通り私を小馬鹿にして、でも優しくて、とても嬉しくて。
大好きな君は、きっととても震えていたんだと思う。他人を巻き込みたくなくて、自分のせいで他人が傷付くのが恐くて。
でもね、もう大丈夫だよ。
だって今君は、特に何かするわけでもなく、受け入れてくれてる。
認めてくれたんだよね。あぁ、嬉しい。
だから、大丈夫。
君の側には、私が居るから。
……くわー、書いた後こっ恥ずかしくなってきました。
立花が正ヒロインとなるのか!?舞はどうなるのか!?
……考え中です。Now Loadingです。
基本的にこの小説は考えながら書いてますからねー。ラストしか考えてません。そこまでどう繋げるか、って感じで書いてますから。




