最後の会話、欠落した思い出
それから月日が流れ、気がつけば一年経っていた。
「さよ……なら、なの?」
唐突な彼女の言葉に、私はそう呟くしかなかった。
「……そう。あなたはもうヒーローになれた。研究も全部終わって……もうあなたとはお別れ」
「……いやだよ」
嫌だ。
「え?」
江里姉ちゃんが聞き返す。僅かに涙目になっており、悲しんでいるのが分かる。
「えりねえちゃんとさよならしたくない!!いつまでもいっしょにいたいよ!!」
別れたくない。ずっと一緒に居たい。こんな優しいお姉ちゃんは、他には誰もいなかったから。
「……お母さんは?弟くんは?守るんでしょう?あなたのその力で、あなたの家族を守ってあげるんでしょう?」
「おねえちゃんだってかぞくだもん!!わたしのたいせつなかぞくだもん!!」
私は泣きじゃくりながら叫んだ。既に広い研究施設の中は何もなく、私の声はどこまでも届いた。共鳴するように施設内で私のそれが木霊し、江里姉ちゃんの耳に飛び込む。
「わたしがまもる。えりねえちゃんも、おかあさんも、まことも!!そのためにこのちからをくれたんでしょ?」
そのときは、まだ私が具体的にどう変化したのかは知らなかった。何も見た目は変わってないし、体調も優れないとかそういうのは一切無かった。
「……それはね、大切な人を守るためにあるのよ。あなたのそれは―――――――――――」
「わたしのいちばんたいせつなひとはえりねえちゃんだもん!!にばんめはまことで、さんばんめはおかあさんで……!!」
それまで家族と疎遠になっていたからか、いつしか江里姉ちゃんは一番大切な人になっていた。母さんも、誠さえも抜かす、本当に大切な人だった。
その彼女は薄く、しかし優しく笑う。
「……嬉しいわ。本当に嬉しい。私が『いちばんたいせつなひと』になっているのは、とてつもなく嬉しい」
そう言って、彼女は腰を落とした。
目線を合わせ、そのまま私の肩を掴んだ。
「でもね、私は最下位でいいの。あなたの『たいせつなひと』の中の、最下位でいい。あなたにはもっと守るべきものがある。しかも、それはあなたの家族だけじゃなくなってくる」
「え……?」
「これを見て」
そう告げると、彼女は何かを手渡してきた。
「とらんぷ……?これ、とらんぷのかーどだよ?」
「そう。これはトランプのカード。絵柄はハートのクイーンだよね?」
「うん」
彼女はその絵柄を指差し、こう言った。
「これは舞ちゃん、あなたよ。とっても美しいお姫様」
「おひめさま……?」
「そう。あなたはカードの表側にいる。だけどね」
江里姉ちゃんは『ちょっと見てみて』と、それを人差し指と親指でつまみ、ひっくり返した。
「裏側だよ……?」
「そう、裏側。世界はこのトランプみたいなものでね、表と裏があるの。私たちは表に住んでる。そしてね、裏には敵が潜んでいるの」
「うらがわに……てき?」
「うん。そのお姫様ってさ、裏は見えないじゃない?」
「それはそうだよ。だってうしろだもん。まえをみながらうしろはみれないよ」
「そうよね。でも、裏の世界の人たちの中には、前を向いたまま後ろも見える人たちがいるの。そしてその人たちは表に入り込んできて、表の人を追い出しちゃうのよ」
「そんなのどうすればいいの?わたしたちはうしろがみえないのに」
私が言うと、彼女は私の頭に手を乗せた。
「でもね、あなたはヒーローだから大丈夫。私があげた力は、前を向いたまま後ろを見ることのできる力。あなたなら、追い出される前に敵をやっつけちゃえるのよ」
今考えれば、それは確かな説明だったかもしれない。
簡単に言えば、この世界をトランプに例える。裏世界、表世界に分かれている。
ある日、予兆もなしにいきなり敵が、『同型虚影』が襲ってくる。同じ自分を殺しに。
普通の人間なら知らないうちに、触れられるだけで追い出される。つまり、殺される。
だけど、私は違う。
彼らが来るのを、この『蒼い目』で知ることができる。殺される前に、対処できる時間を得られる。
やっつけちゃえるっていうのは、逆に殺してしまえるということかもしれないが……いや、違う。私にわかりやすいようにしてくれただけだろう。
当時の私も、その説明はなんとなく理解できた。
「でも……えりねえちゃんはあぶないよ!!おいだされるかも……」
「私はこれだから大丈夫よ」
彼女は、別のカードを見せた。
それは、鎌を持っていた。右半身は白く、左半身は黒い。おどけた顔で笑う、一人の道化師―――――――――――
「じょー……かー……?」
「そう、ジョーカー。強そうな武器を持ってるでしょう?敵が来ても、この武器でイチコロよ☆」
そう言って。彼女は笑った。
優しく、楽しげに、つられるような笑みで、笑った。
「だから、大丈夫よ。あなたに守られなくても、私は大丈夫」
「でも……でも……!」
「大丈夫」
彼女は優しく、私を抱きとめた。その両手を後ろに回し、囁くようにこう言った。
「また、会えるから」
その言葉は、涙ぐんでいたように聞こえた。
しかし、それはとても軽やかで、綺麗で、透き通るような声だった。
そして、それと同時に私は意識を失った。まるで眠るように、安らかに。おそらく、抱きとめた時に麻酔か何かを打ったのだろう。その時は、首に僅かなむずがゆさを感じたのだから。
次に目を覚ました時は、家の前だった。頭が割れるように痛み、視界も歪んでいた。足取りもおぼつかない状態で、私はなんとか家に入り、そのまま倒れた。
病院に搬送され、私は久々に家族の顔を見た。あまりに嬉しくて、誠に抱き着いていたのを覚えている。
だけど、その時には。
既に江里姉ちゃんとの記憶は、消え失せていた。軟禁されていた一年間の記憶が、全て抜け落ちていた。
更新遅れました……新学期で忙しかったんでてへぺろ。本当にすいません。




