弱いままの私
「……うぅ」
何だか緊張する。あの時は何の気兼ね無しに言っていたが、いざ会うとなると。
だって……よく考えたらこの前あいつとキスしたばっかじゃない。かー、感情任せにあんなことしなければよかった。
何か変なムードになったりしないかしら。どっちも何も言えない感じの雰囲気とかになったり……
「よう、元気してたか?」
「ふぇぇっ!?」
私が色々心配してるのもお構い無しに、そいつは突然現れた。
「……おい、いきなり俺の顔見てそれはひどくね?」
「いきなり出てくるからよッ!ったく、ビックリしたぁ」
神代透。
私の幼なじみで、お互いが五歳の時に離ればなれになった仲。
昔は本読んでばっかで、なかなか人との関わりを持たないような人間だったのだが……今はなんか立派になってる。
私とは、逆方向に。
「はいはいすいませんね。おし、じゃあどこ行くか。話しやすいとこがいいか。ファーストフード店にすっか?」
「……うん。そうしますか」
「つっても俺あんまり外出ねぇからよくわかんねぇけど。とりあえず歩いてりゃ見つかるだろ」
そう言って透は歩き出した。私も後を付いていく。
待ち合わせをしていたのは大通りの広場だ。公園のような所で、小さな子供なんかが遊んでいたりもする。
人通りも多く、私はあんまり雰囲気に馴染めなかった。昔は人が多いほど楽しかったのに。
……昔のことを思い出すと、つい自虐的になってしまう。
そんな自分も嫌になってくる。
あぁ、なんでこんな――――――――
「お前さ」
「え?」
そこで思考が遮られる。透が、隣から話し掛けてきていた。
「その右腕どうしたんだ?骨折してんのか?」
「……あ、うん。ちょっとね」
私が愛想笑いで誤魔化そうとする。
しかし。
「……『組織』か?」
「え――――――」
「『組織』の仕事か?なんかお前が前に話してた時、結構危なそうな気がしたんだ。ていうかよ、この前の同型真像を襲ったのもその『組織』から請け負った仕事なんじゃねぇのか?」
「……違うわ。あれは自分の意思でやった。アンタが思ってる以上に、今の私は腐ってるのよ」
そう、腐ってる。
人殺しを何とも思わないほど。アンタが人の死を止めようとするのとは、正反対にね。
アンタは『光』に居ながら、『闇』を経験せずに誰かを助けることができる。それって、スゴいことだと思うわよ。
「腐ってるとか、言うなよ」
「いいえ、腐りきってるわよ。人格が破錠しちゃってるのよ。一人の人生を潰すことに、何の躊躇いも抱いていない」
「腐ってねぇよ!!」
「!!」
何?いきなり大声出さないでよ。周りの人、みんな見て――――――
「ちょっと来い」
「え?え、ちょっ、まっ」
透は、私を人通りの少ない裏路地まで引っ張った。
私の手を掴んで。
「なに、何なのよ。どういうこと?」
「……自虐的にならないでくれよ。俺を守ってくれた、あの頃のお前はどこに行ったんだよ!」
本当に真剣な顔をして、彼は言った。
何を言っているんだろう。
今さら、戻れるわけないのに。
「……透。時間は進むのよ。あの頃の私はもういない。アンタを守ってやれる私も、本を読むアンタを馬鹿にする私も、お別れの時に少しだけ泣いちゃった私も――――――」
私も、一心不乱に透の目を見て、言う。
残酷な現実を、突きつける。
「――――――全部、『あの日』に死んだのよ」
「『あの日』……?」
「……そっか。あの時はまだ隠してたっけか」
私は親指で路地の外を指差す。そこには、人通りの多い通路が広がっている。
「とりあえず行きましょ。着いたら話すわ」
「……はぁ」
変わって、ここは有名なファーストフード店。今は私一人がテーブルに座っている。
透はカウンターで商品を待っている。私も一緒に待とうとしたが、アイツに『いいから先座っててくれ。テーブルも取っておいてほしいし』と言われたのだ。
しかし、きっと透はこう言いたいのだと思う。
『言うことを整理しておけ』と。『心の整理をしておけ』と、そういうことを言いたかったのだと思う。
実際、私もどうやって伝えればいいか分からない。『あの時』の事を話せるかどうかもわからない。
『あの時』。大切なものを失った、あの瞬間。
そう、誠が死んだあの瞬間。
どうすればいいのだろう。自分でも制御出来てないのに。
どうすれば、アイツに伝える事ができる?
どうすれば、私を保ちながら話せる?
「……でも、言わなきゃ……」
言わなければ、アイツは引き下がらない。
優しいから。
人の苦しみを取り除こうと努力するような、優しいやつだから。
「おぅい。取ってきたぞー」
「あ……ありがとう」
透は私の前に頼んでおいたポテトを置くと、向かいの席に座った。
「よいしょっと。……ていうかよ、お前ポテトだけで平気なのかよ」
「……いいのよ。これだけで十分だから」
実を言うと、私は『あの日』から食べる量が減っている。気持ちが上向きにならず、食欲もあまり湧かないのだ。
「そっか……じゃ、話してくれるか?お前の言う『あの日』のことを」
「……えぇ」
透はハンバーガーをほおばりながら聞いてきた。私もポテトを一本引き抜き、かじった。
「……私が中一の頃、アンタと別れてから八年後の春くらいのことよ。私はね、誠と一緒にデパートに行ったの」
「デパート?」
「えぇ。ウチの近くにできた新しいデパート。そこに、誠の帽子やら何やらを買いに行ったのよ」
私は被っていたいつもの帽子を、おもむろに脱いだ。透は、その仕草を見て何やら不穏に感じたようだ。
「……誠に何かあったのか?」
そう、訝しげに聞いてきた。
「……全部私のせいなのよ。私がもうちょっとお姉ちゃんらしかったら……ね」
「え?」
透は不思議そうな表情を浮かべている。
「そこでね、私……誠と喧嘩しちゃったのよ。そしたら……あの子はどっか行っちゃって……。私も意地張ってたんでしょうね、そのまま……放置しちゃったのよ……」
どうしよう。やっぱり無理だ。
声が震えてきているのが自分でも分かる。喉の奥が熱い。キリキリ痛んできて、それでもこらえようと我慢している。
「それで……誠の帽子を……勝手に選んで……、やっぱり心配で、探しに行って……それでも……見つからなくて、ぇ……」
帽子を握る手に力を入れる。唯一の形見を、離したくないがために。
そのでも、その手は確実に震えていた。
「舞……」
「それでも……本当に、心配で……探して探して……見つからなくて……そしたら、警備員みたいな人が……場所を教えてくれて……」
きっと、隠しきれていない。
涙は隠しきれていても、この悲痛な声は隠せてないだろう。
「見つけたの……やっと誠を……やっと……なのに」
「なのに?」
「潰されてた……屋上から……落ちてきた……コンテナに……!バラバラになってた……血が……たくさん飛び散って……もう……う……ぁ……!」
結局、泣き出してしまった。
乗り越えてないんだ。あの日の、あの惨状を。
私は、弱いから。
夏休み終わりましたねー。これから忙しいんで更新遅くなるかもしれませんが、よろしくお願いします。




