縮まらない『距離』
「…………」
今、私は自分の家に居る。水瀬の手を取り、協力を受け付けた後に、だ。
とりあえず、私はまだ『あいつら』に入ったままらしい。いわゆる『内部スパイ』という奴だ。
私は『あいつら』の情報を水瀬に流す。そんな立ち位置だ。
「……協力、ねぇ」
彼女は本当に信用出来るのだろうか。そもそも、私と彼女だけで『あいつら』を潰せるのだろうか。
彼女は『復讐』する、と言ってきた。元々私は『あいつら』に執着はないし、誠に会えないのなら協力する意味もない。
だけど。
「誠が、既に生き返っている……?しかも、『あいつら』の手足としてこきつかわれている?」
もしそうならば、許すことは出来ない。何の関係もない誠を巻き込んでまで『あいつら』は何をしたいんだろうか?
―――――――――世界を救う、か。
あのエージェントみたいな黒服は、そんな事を言っていた。
私は、それを嘲笑った。こんな私を手先に使ってるくせに、世界なんか救えるわけがない、と。
しかし。
『あいつら』は、何を企んでいるのだろうか。それに対して、私はどうすればいいのだろうか。
「復讐……あいつは……何を憎んでるのかしら」
何だかおちゃらけた感じの、どこかのらりくらりとしたような。そんな女性だった。
水瀬江里。
彼女は、『あいつら』の何を恨んでいるのだろうか。正直、何かを恨むようなタイプに見えないのだが。
「それとも、あいつを恨ませるほどの『何か』を……『あいつら』はやった、ってことかしら」
しかし、何だろう。
彼女は、確かにあの時会った店員だ。それは思い出した。
なのに、何か彼女はもっと昔からの知り合いだったような……。
「……まぁ、気のせいよね。それにしても、ホント掴めない奴だったわね」
ヘラヘラとした態度。どこかフレンドリーな表情。
男を釣りそうな美貌。っていうか、なんか一種の魅力があったと思う。
あの茶髪。まるで透のような焦げ茶色の髪。サラサラとしたショートヘアーで、ホント綺麗だと思う。
こんな『闇』の世界に似合わない、その気さくな態度。まるで、どこかの大学生のような、そんな感じだ。
(……人の腕を笑顔で折る大学生、ね)
腕はまだ少し痛む。
今はギプスのようなもので吊っていて、結構不便だ。しかも利き腕をやられた。
まぁ、どうせ任務以外じゃ外になんか出ないけど。
その時、唐突に携帯が鳴り出した。
「……『あいつら』かな?」
私は利き腕じゃないほうの腕でそれを取り、そして耳に当てた。
いつもの聞き慣れた、あの黒服の男の声。
ではなく。
『おう、舞か?俺、透だけど』
「え?」
思わず声が出た。
『あれ、番号間違ったか?もしもし、舞なのか?』
「舞なのか?じゃないわよ!なんでアンタが私の番号知ってるのよ!」
『あ、えーと……覚えてねえのか?お前が俺のウチに来たとき、番号交換しただろ』
「あ……」
そういえば、そんな事したような気がする。あの時は放心状態で、そんな事全然覚えてなかった。
「……で、何よ?」
『いや……ちょっとお前の話が聞きたくてさ……。お前がなんで同型真像を狙ったのかも、まだ理由がわかんねえから』
「……今はちょっと疲れてるのよ。後じゃダメ?」
『だから、今度会わねぇか?場所はどこでもいいけど。そうだ、大通り行こうぜ』
なんだろう。
なんでこんな私に、コイツはこんなにも楽しげに話してくれるんだろう。
まだ、私を幼なじみだと思ってくれてるんだろうか。さんざん『闇』にまみれた、この私を。
まだ、友達だと思ってくれてるのだろうか。
「……まぁ、いいけど。なんなら明日にする?」
『おう。じゃあ明日の……昼からでいいか。12時くらいに、大通りの広場で』
「えぇ、わかったわ。それじゃあね」
『はいよ。……あ、ちょっと待て』
「何?」
通話を切ろうと画面に手を掛けたとき、透は私を引き留めた。
『……変に抱え込むなよ。俺はお前が実はスゴい優しい奴だって知ってる。だから、こんな訳わかんねぇ事態で自分を見失うなよ』
そう、言った。本当に、優しい声で。
(……カッコいいじゃない。本当に私を心配してくれてるなんて)
アイツは、私の知らない間にスゴい強くなってる。あの頃の、本ばっか読み漁ってたアイツとは、違う。
本にだけ居場所を求めて、他人とは繋がらないで。関わりを全て遮断して、自分の趣味にのめり込んでいたあの頃とは。
決定的に、違う。
私には、既に手の届かない場所まで。
それなのに、私は。
こんな『闇』で、こんな泥沼でもがいている。
「……なんで、こんなになっちゃったのかな」
小さな、か細い声で呟いた。
『ん?何か言ったか?』
「何でもないわよ。ありがとね。私、頑張ってみるから」
『……あぁ。じゃあな』
「えぇ。楽しみにしてるわ」
今度こそ、通話を切った。
携帯を横に置き、ベッドに横たわる。
「……私は、クズだ」
いつまでも泥沼の中で出口を探してる。光を手に入れようと、必死でもがいてる。
それでも出来ないと諦めて、誠が私を引き上げてくれると信じて、潜り続けている。
それなのに。
アイツは、進んでる。最初は暗闇で引きこもっていたのに、いつの間にかたっぶりと光を浴びている。
他人を救おうと、努力している。
私なんか、自分自身の制御で頭が一杯だというのに。
こうしている間にも、私は気が狂いそうだ。誠が『エノ』として、立花とかいう訳のわからない同型真像の所有物になっている。
誠は私の弟。所有物どうこうではなく、私の家族だ。
アイツなら、透なら、誠も救えるのだろうか。
何故だろうか。
持ってる能力は変わらないのに。どちらも能力は『界転』で、同じ高校一年生で。
なのに。
なのに、何故こうも差が付いてしまった?
「……追い付けるのかな」
どこまでも進んでいくアイツと。
いつまでもトラップに掛かり続けている私。
この決定的な距離は、何をすれば埋まるのだろうか?
そんな事を思い浮かべながら。
私は、瞳を閉じた。
今まで下だと思ってた奴に抜かれたら、結構悔しいですよね。




