遠くなった『弟』
「まぁ、いいわ。とりあえず、これを見て」
そう言って、水瀬は一枚のプリントを取り出して見せた。
そこには、
『榎田誠、及び実験個体「エノ」のスペック情報』
とあった。先ほど、彼女がおもむろに見せてきたものだ。
「なんで誠のことが……それに『エノ』ってなによ!?」
「あなた、この組織に入る時にある条件を飲んだらしいわね。なんだったかしら?」
条件?私が『あいつら』に入るときに掲げられた条件……。
まさか。
「誠を……生き返らせる……!?」
「そう。組織はちゃんと約束は守ろうとしてるらしいわね。彼らは榎田誠の生前の人格をベースにした『人造人間』なるものを作ろうとしている」
まさか、本当に誠に会える?
実は、少し諦めかけていた。結局、私は組織に散々こき使われてゴミクズのように死んでいくんだ、と。
誠にも会えないまま、任務の中で殺されていくんだ、と。そう思っていた。
だけど、だけど本当に。
「誠に……会える……!」
しかし、水瀬は少し俯くと、
「だけど、組織もせっかく作った人造人間を女子高生のオモチャにするためだけに使うなんて、もったいないと思ってるんでしょうね」
「え?」
私は思わず小さく声を出してしまった。
「今読んであげるわ」
彼女は僅かに息を吸うと、流れるように読み始めた。
「『この実験個体「エノ」は、表世界の情報を収集するために通信機器を装着し、表世界へと送った。現在は、正体不明の紅い目を持つ同型真像、立花真咲の所有物として調査させている』……ですってよ」
「待って……誠は、もう生き返ってるの!?今は何をやってるの!?」
少々錯乱したまま、私は彼女に問いかける。
誠が、まさか私と同じような任務をこなしているの?
「だから、今は表世界で偵察……っていうか情報収集みたいなことをやってるのよ。ただ、彼自身にはその自覚がないらしいけど」
「自覚が……ない?」
意味がわからず、私はもう一度問う。
彼女はそれをプリントの情報で返した。
「『ちなみに、「エノ」には進んで的確な情報を得ようとするような思考パターンはプログラムされていない。具体的な思考パターンは榎田誠と変わらない、小学四年生のものである。その代わり、彼の右目にある機器が装備されている』」
水瀬はもう一枚のプリントを取り出した。二枚目に、その『ある装備』の情報が書かれているのだろう。
「『装備名は「Black-eye」。これはエノが入手した情報を定期的にこちらへ送信できるものだ。また、この技術は「界転」の応用技術のため、裏世界と表世界間の情報の送受信が可能である。さらに、この「Black-eye」はエノの脳に直結しているため、命令を逆に送信すれば、こちら側からエノをコントロールすることも可能である』……か。随分と便利な人造人間のようね、あなたの弟さんは」
「……嘘」
そんな。
誠までこの世界に取り込まれているの?この『闇』という、絶対に抜け出せない世界に。
「あと、言いにくいんだけど……」
「?」
その時、予想もしなかった一言が私を襲った。
「あなたの弟さん……生前の榎田誠としての記憶が全て消去されているらしいの。そういう記憶は、任務の邪魔だからって……」
「……は?」
そんなわけがない。『あいつら』は誠を生き返らせてくれるって……。
「……そんなわけないじゃない。『あいつら』は……『あいつらは』……」
「組織の奴らなら『生き返らせるだけ生き返らせた。記憶に関しては知らない』とか言ってもおかしくないからねぇ……」
「……そんな、そんな」
全て忘れてしまったっていうの?
小さな頃からずっと私が可愛がってきたことも。大好きなホットケーキを、お姉ちゃんと一緒に作ったことも。一緒に遊んだことも。サッカーして、バスケして、バドミントンして、キャッチボールして。
あの日、午前中にあの子がうるさくて、私がトイレに閉じこもったことも。
お昼にあの子がいじけて、私が慰めたことも。
一緒にデパートに行ったことも。あの子がはしゃいで、周りから変な目で見られたことも。
私がどこかのパパさんの後頭部をドロップキックしたことも。
私と、あの子が喧嘩したことも。
ううん、それだけじゃない。
あの子は、忘れてしまったの?
お姉ちゃんである、私の事を。
そんなの、誠じゃない。
誠が生き返ったとしても、それは誠じゃない。
私の中の誠は、死んだままだ。
「……嫌よ」
なら、私はこれから何を目標にして生きていけばいいの?誠がいなくなった今、私は何を信じればいいの?
「嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ!!そんなの……そんなの嫌よ!!」
「なら、私と組まない?」
その時、水瀬から声が掛かった。
見れば、私に右手を差し出している。
「……え?」
「復讐するのよ。あなたを騙し、こんな闇の底まで突き落とした彼らに復讐するの」
この右手は、組んだ証という事だろうか。
「私はね、あいつらを追っているの。あの組織を潰すためにね。そのためにこれだけ情報を掻き集めた。だけど、一人じゃ結構厳しいのよ」
「私と組むことによって、なにかあなたにメリットがあるの?」
「あるわよ。まず、二手に分かれるような行動が可能になるし、私一人じゃ気づけないようなこともあなたと二人で考えれば上手くいくかも知れない。一人より二人の方が効率がいいのよ」
「…………」
どうすればいいのだろうか。
確かに、この先『あいつら』のいいなりになったとしても、状況が好転するとは思えない。
しかし、だからと言って彼女と行動を共にして、本当にいいのだろうか。
(…………)
「悩んでるようね。なら、一つ判断材料をあげるわ」
「判断材料?」
「えぇ、それはね」
彼女は、小さく笑いながら。
「彼らは、彼も狙っているわ。あなたの幼なじみ、神代透君もね」
その言葉を聞いたとき、私の心は決まった。
透。
私は、あの時誓ったんだ。
―――――――――――守ってあげるわよ、透。いつまで経っても、私がね。
自身が言ったその言葉を頭の中で反芻しながら。
私は、彼女の手を―――――――――――
……あとがき思いつかないです(二回目)




