おふざけのような、本気のような
「エノ……ま、誠?いや、でもあの子はもう……!」
「えぇ、死んでるわね。えっと、三年前かしら。屋上の遊具建設用のコンテナに押し潰されて圧死、だったわよね」
「―――――――――――!?なんでそんな事……」
「だってあの時、私は見ていたもの。押し潰された彼も、ショックで気を失ったあなたも」
どういう事だ。まさか、あの野次馬の中に居たというのだろうか。
「これで、思い出せるかしら?」
そう言うと、彼女は今までとはうって変わってにこやかな、控えめな態度になり、
「弟さんの帽子を選ぶ時のお客様、何だかとてもいきいきしていらっしゃいましたから。早く、弟さん見つけてくださいね」
「あ―――――――――」
思い出した。
三年前のあの日。誠が死んだあの日、私は誠の帽子を買うために少しオシャレめな洋服屋に入った。
彼女は。
彼女は、その時帽子を選ぶ手伝いをしてくれた、店員さんだ。
「思い出しましたか?なーんて」
「あ、あの時の店員が……なんでここに……?」
「んー。むしろあの時店員やってたのが既に偽装だったというかー?」
彼女はふざけた態度でおどけてみせる。
何故。
何故、彼女がここに?あの時と今の接点が、まったく見つからない。そもそも、彼女は一体何者なのだろうか。
水瀬江里という女性は、一体どんな人間なのか?
ただの店員?普通に暮らし、普通に生きていける『光』の人間?
それとも、私達のように、殺人だの研究だのといった『闇』の人間?
「まぁ、そんな難しい顔しないで。とりあえず中に入って入って」
彼女は努めて明るい声、明るい表情で私に接するが、それでも危険なのは変わらない。
彼女がどんな人間だろうと、今私の頭に拳銃が突きつけられている事に変わりはないのだから。
まるで恐怖に後押しされるように、私と水瀬は中へと入っていく。
二人共に中に入ると、そのスライド式ドアが勝手に閉まった。ガチャリ、というロック音が聞こえる。もう、逃げられない。
と、その時拳銃が私の頭から離れた。気を抜いたのだろうか、ふぅ、という彼女の吐息が聞こえる。
(チャンス……!?)
私はとっさにそう判断し、一気に身体を彼女の方へと向ける。
右手を彼女の襟首へ、左手を腰へ。
水瀬は驚いたような表情を浮かべた。どうやら、不意を突くことがようだ。
(よし……!!)
格闘戦に持ち込めればこちらのものだ。
彼女はそういうのにあまり向いてなさそうな体つきをしているし、私はそういうのが一番得意だ。
しかも彼女の不意を突いた。あとは柔道の要領で彼女を床に叩きつけ、拘束する。彼女は重要な情報を持っていそうだ。『あいつら』に指示を仰いで、その後好きにすればいい。
勝った。
そう、思った。
「甘いわね」
「っ!?」
その瞬間、水瀬が動いた。
私の右腕を掴み、止めるでも受け流すでもなく、そのまま後ろに引っ張った。
結果的に、私は水瀬の方向へ飛び込んでいくような格好になった。バランスを思い切り崩したままで。
そして、
「私だって、それなりには出来るわよ?」
そんな余裕の囁きと共に、私の腹に衝撃が飛び込んできた。
「ぐ――――――、ぁ!?」
水瀬の右膝は、的確に私のみぞおちを突いた。
私の腹に、言葉に出来ないような痛みが広がる。それはまるで槍のように、鋭く、深く私の腹に衝撃を与えてきた。
一方、水瀬はニヤニヤと笑いながら、私の右腕を離す。
あまりの痛みに立っていられず、私はそのまま崩れ落ちてしまった。
「がっ……あ、ぐ……!?」
すると、彼女は後ろから私の腕を掴んだ。座り込んでしまった私の背中に足を乗せ、それを軸にして私の腕を捻ろうとする。
どうみても、間接とは反対方向に。
「ぐ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
「とりあえず、おとなしく話を聞いてもらうには痛みを分からせるしかないわよねぇ」
「あ、ぁぁぁぁ……ッ!や、やめ……それ以上やったら、本当に……!!」
「え?それが目的なんだけど」
次の瞬間。
ボキリ、という嫌な音と共に、私の右腕に激痛が走った。
「ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!」
私は絶叫した。腕が痺れてくる。
痛い。痛いよ。
「よし、これで大丈夫でしょ。お願いだから私の話を聞いて。いい?」
「あがっ……が、あぁ……ッ」
私はただ呻くしか出来なかった。腕に感覚が無くなっていく。まったく動かない。
水瀬が私の右腕を話すと、私はそのまま前のめりに倒れた。
「大丈夫、すぐ手当てしてあげるから。別にあなたを殺したいわけじゃないし、今のは私のいう事を聞いてもらうための……いわば『見せしめ』みたいな感じかしら?これ以上抵抗するなら次はないぞ?みたいな」
その時、私は気付いた。
(この人は……水瀬江里は『闇』の人間だ)
話を聞かせるための『見せしめ』で、平気で人の腕をへし折る。折った後も、まるで悪びれもなく笑顔で会話を続ける。彼女は、相当『闇』に居座っている人間なのだろう。
しかし。
しかし、彼女の笑み、仕草、その悪戯っぽい喋り方が、何故だか偽りの無いものに思えてくる。
まるで心から楽しんでいるかのように。この『闇』を、玩具のように扱っているような。
無邪気に玩具で遊ぶ、純粋な少女のような、そんな雰囲気なのだ。
(少女というには、いささかサバ読んでるけど……)
彼女は一体何歳なのだろう。見た目は、まるで大学生のようだが……。
「あら、お姉さんの年齢でも知りたいような顔ね」
まるで私の考えを読んでいたかのように、彼女は私に笑いかけてくる。
倒れていた私の肩を支え、そのまま部屋の一つしかない椅子に座らせる。椅子は彼女が持ち込んだのだろうか、妙に新しめだった。
「……別に」
私の腕はまだ激痛を訴えているが、ここで痛がっても仕方ない。とりあえず、私は敵対の態度は崩さず、話だけは聞くことにした。腕が一本イっちゃってるこの状況で変に抵抗しても、私が不利になるだけだ。
「うーん、まだまだお姉さんは若いわよー?既婚だけど」
「きっ既婚!?アンタ所帯持ちでこんなことやってるの!?」
「んなわけないじゃない。旦那はとっくにいないわよ。子供もいないし」
なんか思わぬカミングアウトを聞いてしまった。私の腕を手当てしながら、彼女は頬を赤く染め、
「いや、子供がいないからって別に夜のアレが無かったわけじゃないわよん?」
「ふぇ!?」
「もー夜のあの人は凄かったんだからぁ……まるで人が変わったように襲い掛かってくるし……」
「いや、聞いてないから」
「まるでエベレストのようなアレが……きゃッ♥」
「聞いてないって言ってるじゃないそんな事を見ず知らずのジョシコウセーに暴露してんじゃないわよーッ!!!!」
そんなことを話してるうちに、私の腕の手当ては終了した。ほぼR-18な会話をしながらも彼女の作業は素早く、やはり手馴れていることが伺えた。
「はい、終わり。いや、でもあなたもいつかはするんだから。それにあなた綺麗な顔してるし、きっといい相手とデキるんじゃない?」
「う、うっさい」
「でもね、顔がイケメンだからってアレがでかいわけじゃないからねー注意しなさいよー?」
「アレの大きさなんて求めてないわよッ!!」
私の返答に彼女は曖昧に笑ってみせ、『どうかなー?フフ♪』なんて言いながらパソコンのスイッチをつけた。
「……あれれ?」
「早くしなさいよ。私に話をするんでしょ?」
「いやぁ、ちょっと前にフレンド登録したユーザーが居たんだけど、そのユーザーがフレンド切っちゃっててさーチャットでなんか気に障ること言ったかしら?」
「オンラインゲームしてないで話しなさいよッッ!!」
私は、一つ疑問がある。
彼女はどこまでおふざけで、どこから本気なのだろうか?
水瀬さんもなんか書いてて面白いです。
なんか、すこしR-18方面がオープンな人を書くのが好きデスね、作者は。




