忘れていた関係
「んぁ……く、ぁ……」
ここはどこだろう。なんだか薄暗い。
小さな照明。明らかに部屋とは不釣り合いな、豆電球くらいの小さなライトが、私の目に入った。
そして、私の視界に、いきなり少女が映りこんできた。
「うわぁっ!?」
「……起きたよ、水瀬」
「あら、ありがとうね」
視界の端から女性の声が聞こえた。先程、私と出会った茶髪の女性のものだろう。
私は、上半身だけを起こした。まだ、頭がクラクラする。
横には、いきなり視界に入った少女がいた。
ヘアスタイルはセミロング。サラサラした綺麗な金髪で、私は『外人さんかな?』と思った。
あまり外出しないのか、肌は透き通るように白かった。それと対照的になるように、瞳は真っ赤だった。何かの病気だろうか。ついでに、目つきが恐かった。目の下のクマもさることながら、その眼光は獲物を睨みつける鷹のようだった。
そして、奇抜な格好をしていた。いや、着ているジャージは普通だ。黒地に緑色のラインが入った、ありきたりなジャージ。
奇抜なのはその着方だった。前を大きく開き、中には何も着ていない。Tシャツとか、そういうものを一切身につけていないのだ。
「目覚めはどう?舞ちゃん」
水瀬と呼ばれたその女性は、先程とは違い、研究者などがよく着ているような白い研究服を着ていた。先程はカーディガンとかスカートとか、普通に街に溶け込めそうな格好をしていたのだが。
「あ、あなたは……水瀬……江里、さん?」
あれ、なぜ彼女の名前が浮かんでくるのだろう。
彼女は水瀬江里。ここの研究施設の研究員で、確か私の担当で……。
「え……な、に……これ。いや……なんで、こんな……!?」
「ふふ、記憶が戻ってきてるでしょう。ほら、江里さんなんて堅苦しい呼び名じゃなくて、もっとフレンドリーに呼んでくれてたじゃない」
どんどん思い出していく。知らない記憶で、脳が埋め尽くされていく。
「江里……姉、ちゃん。江里姉ちゃん?」
「なにかな、舞ちゃん?」
その時、私の胸がぽうっと熱くなった。まるで、懐かしいものを思い出したかのように。
「え、ぁ……違う……あなたなんて……知らな――――――――――」
「そんなわけない」
え?
違う。あなたなんか知らない。
なんで、私を抱きしめるの?
知らない……はずなのに。なんで。
(なんで、こんなにも懐かしいの?なんで、こんなにも嬉しいの?)
自然と、涙がこぼれた。意味もなく。知らない人に抱きしめられたのに。
「あんなにも慕ってくれてたのに。あんなに抱きついてきてくれてたのに」
彼女の事なんて、よく知らないはずなのに。
何故だか、彼女の事を一番知っているのは、私だと。
そう、思えてきてしまった。
「本当に、覚えてないの?大好きだった姉ちゃんの事、本当に覚えてないの?」
彼女を、独占したい。まるで、母親を自分だけの母親だと思いたい末っ子のように。
私だけの、お姉ちゃんにしたい。
そうだ。
「……覚えてるよ」
自然と、口から言葉がこぼれた。
「覚えてるに決まってるよ」
この、女性は。私を力一杯抱きしめてくれる、この女の人は。
「一杯励ましてくれた。実験中も、精一杯応援してくれた」
私の一番大切な。少しの間だったけど、本当に優しくしてくれた。
「私の大切な……お姉ちゃんだったから……!」
彼女は、少しだけ驚いた顔を浮かべ、
「思い出したの?私の事」
「うん。私の大切な、大切な江里姉ちゃん」
私は、笑った。懐かしい記憶を思い出して。
彼女も、笑った。私の額に、キスしてくれた。嬉しい。あの頃、私によくやってくれていた。
「おかえり」
彼女は。
江里お姉ちゃんは、そう言った。私を立ち上がらせ、自身も立ち上がってから。
そうだった。
いつだって優しいお姉ちゃんだった。最初は恐かった。こんな施設に連れてこられて、知らない人がいっぱい居て。皆、私を名前で呼んでくれなかった。
『実験体』『蒼い目』『BLUE-eye』なんて、堅苦しい名前でしか呼んでくれなかった。冷たい、何もない部屋に閉じ込められ、人並みにすら扱ってくれなかった。ただの実験動物だとしか、ただのモルモットだとしか、思ってくれなかった。
その中で一人だけ、優しい人が居た。何もない部屋で寄り添ってくれて、遊びに付き合ってくれて。
実験の時も応援してくれて。それでも、毎日謝ってくれた。
『ごめんね。こんな実験に付き合わせて、あなたの身体をいじくり回して。本当にごめんね』って。泣きながら、私の頭を撫でながら。
あんな幼かった私に、実験動物だった私に、対等に接してくれてた。
忘れていて、ごめんなさい。
たとえあなたに記憶を消されていたとしても。それでも、あんなに優しかったあなたを忘れてしまっていて。
本当に、ごめんなさい。
でも、やっと会えたね。
大好きだった、お姉ちゃんに。
だから、言わせて。
こんな私でも、言いたいの。
私は、とびっきりの笑顔を添えて、こう言った。
「ただいま」
もう一度、彼女の胸に飛び込んだ。
江里お姉ちゃんも、笑ってくれていた。
イイハナシダナー。




