表と裏の俺
…………今、この俺、神代透は社会的に死にかけている。
「お、俺が図書館だって?んなわけねぇだろ、俺は普通にゲーセン行ったりしてんぜ?」
いや、今まで俺は普通に友達と遊ぶような普通の高校生だった。
しかし。
「違うよ。見たもん、私。神代君が図書館で真剣に本読んでるところ」
金髪ショートヘアーの少女が、高校の昼休みにそう言って俺に詰め寄ってきた。
そいつの名前は立花真咲。なんというか、そいつからはいかにもな危ない空気が漂ってきていた。
だって、目の下のクマが半端じゃない。墨でも塗ったくったかのように黒い目の下は、まるでゴーストのようだった。
「神代君、毎週木曜日の学校終わりに図書館行ってるでしょ。しかも誰にも気付かれないように、こそこそと」
うぐ。
やばい、猛烈にやばい。ていうか何でこの『ヒッキーです』といわんばかりの危なげ女子のこいつが知っているんだ。
と、彼女は俺の考えを読んだかのように言った。
「だって私はいつでも神代君を見てるもん。どんなときでも……むふ」
違う、ヒッキーじゃなかった。すいません間違えました、ストーカーでした。
しかし、不気味なのには変わりがない。その口元を歪めて笑う姿は、化け物の笑い方に他ならない。めっちゃ怖い。
「…………あぁ、そうだよ。行ってるよ。で?それでどうしようってんだ?」
「それを、クラスみんなにばらすから」
「だっ!?やめろ、色んな意味でやめろ!!」
……俺は、どうやらクラスでは『勉強はからっきしだが運動は出来るスポーツマン』と思われているようだ。もちろん間違ってはいないし、俺もそう思って生きてきた。
しかし、俺はある趣味がある。
それが読書だ。本を読むのが好きなのだ。
「い、いいじゃねぇか。本読むのが好きな男子が居たってよ」
「ふ、ふふ。でも、それが神代君の友達に知れたら、バカにされるよ。『そんだけ本を読んでいるのに、なんで勉強できないの』って」
「ぐ……!!」
俺の友達は、当然俺と同じような『勉強できないスポーツマン』が集まる。同類だし。つまり、その『勉強できない』というところで友好関係が築かれていると思っていい。
それが、実は本を読み漁っているガリ勉みたいな奴だと思われたら。
……あぁ、考えたくもない。そうなれば俺のエンジョイ高校生活は壮絶な『死』を遂げる。仲間外れにされ、そのまま孤独になる。
「……うあぁ……終わった……」
そう呟いて、俺は膝を折った。さらば、楽しい高校生活。初めまして、ボッチ達よ。いままで散々バカにして悪かったな。俺も今からそっちへ行くぞ。
「……でも」
なに?
『でも』だと?まさか交換条件か?
「私のお願いを聞いてくれたら、みんなには言わない。どう……する?」
聞きます。なんでも聞きますとも。こうなったらヤケクソですよ。俺の社会的地位が大幅な下落傾向を辿らないのならば、もう何でもやってやるとも。
さぁなんでもこい。パシリか?バンジージャンプか?それともアッチ方面のアレか?ちょっとエッチなお仕事か?
「……わかった。で?何をすりゃいいんだ?言っとくけど勉強面は期待すんなよ、俺頭悪いし」
「えと……じゃあ……その」
と、急にもじもじし始めた。ヤバい、何か一瞬可愛いとか思ってしまった。
いや、でもね、ちょっと聞いてください。これはね、俺だけじゃないと思うんだよ。
立花真咲は、素は可愛い。もうちょっと健康感溢れる顔付きにすれば、間違いなくみんなの目を引くだろう。いや、今のままでも別の意味で目を引いてるけどな。
それと、そのコミュ障っぷり。実際、さっきの『私のお願いを聞いてくれたら……』っていうのも、実際は『わたしゅの……おねぇがいをきいちぇくれちゃら……』に聞こえている。それもそうだろう。
何故だか、彼女は俺にしか話し掛けない。別に幼なじみだったとか、小学生の頃に特別仲がよかったとかいうわけでもない。
色々と損してるな。コイツ。
「じゃ、じゃあ……耳、貸して……」
「お、おう」
俺は言われるがままに、立花に耳を貸した。彼女の方が少し小さいため、かがむような姿勢になる。
「わ、私と――――――――――」
「……ぅう。ぁ……?」
あれ。ここはどこだ?ていうか俺生きてんのか?
目を微かに開く。見れば、先程立花と走っていた裏路地だった。先程と変わらず、薄暗かった。
「……俺……なんで……」
何故だろう。本来ならばこの身体は潰れ、存在しないはずなのだ。
何故なら、無数の木柱が俺の頭上に現れたからだ。しかし、別に急にテレポートしてきたとかそういうわけではない。ちゃんと理由がある。
俺があの赤信号に立ち、その時見たもの。それは、どうみても積みきれない量の木材を積み、申し訳程度のボロいロープでそれを縛っていたトラックだった。
最初は『危ねぇなあのトラックちゃんと見合った量乗せろよっていうかやべえこのままでは立花の餌食に』とか思っていたのだが、だんだんその危険に俺は気付いた。
その無茶ぶりトラックは、見れば俺のいるところを曲がろうとしているようだった。
上から見た十字路を想像してみてほしい。俺はその四つの端の歩道のうち、右下のところにいた。そこで、そのヤバいトラックが右から出てきて、下へ行こうとしているのだ。
当然、あの量を抱えて曲がれば、積み荷が崩れ落ちるのは間違いない。だから俺はとりあえずその場から離れようとした。
が。
まさかそのタイミングで、立花が抱き着いてくるとは思わなかった。来るな、と言ったが、アイツはなにがなんだかわからないようだった。バカか、アイツは。
で、立花を無理やり引き剥がしたと思ったら、木の柱がズドン。俺は潰された。どうみてもアイツのせいじゃん。
「…………のはずなんだけどな」
しかし、俺は今生きている。幽霊……ではない。だって足あるし。
「何だったんだ……まさか夢……?ならなんで俺はここに……?」
それとも俺が赤信号に出る前に立花に捕まって、あんなことやこんなことをされた後なのか?事後!?と身震いしたが、俺の衣服が乱れている様子もない。いや、アイツが綺麗に整えた可能性もゼロではないが、ゼロではないが……いや、信じたくない。
「まぁ、ここでどうこう言ってても意味ねぇか。よいしょ……っと」
俺は多少の気だるさを感じながらも、立ち上がった。
とりあえず家に帰ろう。ここは危ないし。ていうか立花はどこへいった。アイツ……今度あったら怒鳴り付けてやる。
……ややこしいですね。まぁ、その内分かりますんで。『意味わかんねーよ読んでられるかこのバカ野郎』と右上の赤いあのボタンをクリックしないで、読んでいたたければ幸いです。