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矛盾の悩み

現在は、小夜の家の中に居る。少し古臭い一戸建てで、何故か男っぽい柄の家具など、全体的に男性の家のような雰囲気を醸し出していた。

「なぁ、すぐに『界転(リバース)』した方が安全なんじゃねぇか?このままじゃアイツ追ってくるかもしんねぇぞ」

俺は緊張感をほぐす事が出来ないまま、小夜に聞いた。

小夜は、立花の横腹に包帯を巻きながら、

「そうかもしれません。でも、このまま『界転(リバース)』したらまた来るときと同じ様に離ればなれになるかもしれません。立花さんが怪我してる以上、そうやすやすと出来る行為じゃないです」

あまりの正論に、俺は黙りこくってしまった。確かにそうだ。怪我をしている立花を、まだ見つけ出すというのも危険だ。そもそも、必ずしも路上や家の中に移動するわけではない。万が一、工事現場などの危険な場所に移動してしまった場合、逃げるための最低限の余裕があった方が良いに決まっている。

「あー、でもヤバイです」

「どうした?立花の傷ってそんなにヤバい傷だったのか!?」

見れば、小夜も顔を真っ赤にし、ハァ、ハァと細かい息遣いになっている。

まさか、彼女も俺の知らない所で傷を負ってしまったのだろうか。だとしては、早く手当てしないと――――――

「あ、いえ。真咲さんの半裸見てたら……ちょっと僕もエロい気分になってしまっただけです……」

「何なんだよ心配しちまったじゃねぇか!!ビビらすなよ!!」

半裸っていうか、包帯を巻くために腹の部分だけはだけてしまっているので、まぁそれなりにアレなのは事実だが。

「あぁ……真咲さんのおへそエロい……スカートめくって下の方も確認し……」

「やめろ!!そんな気分になるんだったら手当てすんなって!!」

立花のスカートに掛かった小夜の手を無理やり外し、そのまま彼女ごと横に押しやると、俺は小夜の代わりに包帯を巻いていく。

……うぐ。いいや、今は手当てしてるだけだ。手当てしてるだけ。だから俺の反応するな、俺のアレ。俺は誤魔化すかのように包帯を急いで巻いていき、そして巻き終えようとしたとき、

「うー、真咲さんの寝顔可愛い……ちょっとくらいならキスしちゃってもいいですよね?いいですよね?」

「ダメに決まってんだろ!ていうか大体お前女だろ!同性の半裸みて興奮してんじゃねぇよ!」

俺は急いで包帯を巻き終えると、立花に顔を寄せる小夜の顔を押さえ付ける。

すると、案外無抵抗に小夜は顔を引いた。

「あれ、聞き分けいいなお前」

「やっぱり……先輩も僕のこと女の子として見るんですか?」

え?と、思わず間の抜けた声を出してしまった。

何言ってんだコイツ。どっからどうみても女の子だろ、お前。

「じゃあ……先輩から見て……僕ってどうですか?」

えらく真剣な顔で、小夜は俺に向かって問い詰める。さっきから何が言いたいのか、さっぱり分からん。

「別に……そ、その、可愛い……んじゃねぇの?」

正直な意見として、俺は小夜にそう言った。やべ、くっそ恥ずかしい。何言ってんだ俺。女の子と付き合った事もねぇくせに。

……でも、可愛いとは思う。そのボーイッシュさとのギャップっていうか、なんていうか。顔立ちも整ってるし、ボクっ娘っていったら完全に二次元の領域だと思ってた。

しかし、小夜は今までに無いような寂しい顔付きで、

「……そうですか……可愛い、なんですか」

「な、なんだよせっかく褒めてやったのに。嬉しくねぇのか?」

俺がそう言うと、小夜は首を小さく横に振った。

「先輩、『性同一性障害』って知ってますか?」

「アレか?あの、男なのに女の精神を持ってるとか、女なのに男の精神持ってるとか――――――って」

その時、俺は悟った。

「お前、まさか……」



「そうなんですよ。僕、女の子なのに男の子みたいな精神になっちゃってて……でも、それでも何とか女の子らしくなろうって頑張って……結果こんな中性的な感じになっちゃったんです。なんかへなへなした男の子みたいな感じでしょう?僕って」



コイツは、性同一性障害なんだ。

だから、さっきから立花の事を見てドギマギしたり、立花の半裸を見て興奮してたんだ。

「僕、どっちでもないんです。女の子でも、男の子でも。ふふ、オカシイですよね。こんな人間なんて」

その濃い緑色の瞳から、一滴の涙がこぼれた。それはだんだん量を増し、床を濡らしていく。

「だけど、僕は真咲さんに一目惚れしちゃったんです。女の子なのに。さっき、真咲さんに抱き着かれたときに、ホントに興奮しちゃいました。恥ずかしすぎて、しばらく茫然としてしまうくらい。でも、オカシイんです。ホントはダメなのに」

小夜は、横で小さな寝息を立てて眠っている立花の顔を見ると、再び顔を真っ赤にした。

足をモジモジさせながら、話を続ける。

「今、先輩に可愛いって言ってもらったんですけど……ハッキリ言って、全然嬉しくなかったです。ダメですよね……女の子なんだから、喜ばなきゃいけないのに。でも、カッコいいって、そう言って欲しい自分が居て……でも、でも……」


「お前、趣味は何だよ」


「え?」

小夜は、ふと不思議そうな顔で俺を見た。

「今……なんて……」

「だから、お前の趣味は何だよ。何か一つくらいあるだろ。言ってみろよ」

俺は、真剣な顔でそう聞いた。聞かなければいけない。これが、先に繋がるから。

「趣味……ですか?」

小夜は軽く自分の涙を拭い、少し考える仕草を見せる。

「……プラモ……が、好きです。カッコいいロボットとか、そういうの……あと、漫画とか……でも、女の子が読むようなんじゃなくて……なんか……エグいのとか……暴力的な意味で、R-18な感じのやつとか……ですけど……」

「いいじゃねぇか」

「え?」

俺が一言そう言い放つ。

「カッコいいじゃねぇか。ロボットなんてロマンだよ。グロいのだって見ててハラハラすんじゃねぇかよ。めっちゃカッコいいよ」

「で、でも……男の子の意味でカッコいい物じゃないですか……女の子らしくない……僕って、やっぱり……」

「関係ねぇよ。別に女の子だってロボット好きな奴いるかもしんねぇだろ。グロいの好きな奴だっているかもしんねぇじゃねぇか」

「でも……でも……僕……」

いつまでたっても引っ込み思案な小夜は、怯えた顔で俺を見つめる。

(ったく……)

ハァ、と小さく溜め息をついた俺は、小夜の小さな肩に手を置き、言う。



「いいか、お前は世間の『男らしい』とか『女らしい』に囚われすぎだ。もっと自分に自信を持てよ。お前はお前だ。さっきお前も言ってたじゃねぇか。『僕は二十八小夜(つづやさよ)です。それ以外の何物でもありません』ってよ」

「それは……自虐的な意味で言ったのであって……そういう意味じゃ……」

「いいんだよ、それでいいんだよ。お前は二十八小夜だ。男女なんて関係ない。二十八小夜って名前の、一人の人間なんだよ。二十八小夜って名前の、カッコいいロボットが好きな、グロい漫画が好きな、ちょっとだけ泣き虫な……」

俺は息を吸い込み、最後の言葉を口にする。



「でも、それでも、最高に、あらゆる意味でカッコいい、一人の人間だろ!!」



その瞬間、小夜は驚いたような表情を浮かべた。

「それは覚えとけ。それでも悩むんだったら、この大先輩に聞けよ。本ばっか読んでるような、ほぼヒッキーのぼっちな大先輩だけどな」

アハハハ、と俺は笑った。

すると、小夜も小さく笑い出した。お互いにドンドン笑ってしまい、最終的には二人とも大声で笑ってしまっていた。

「先輩、いや、大先輩、ありがとうございます。僕、これから頑張れそうです」

「大先輩言うなよ、恥ずかしい」

「先輩が自分で言ったんじゃないですか。よっ、大先輩!」

「やめろって!」

「ハハハハ……!!」

そんな事を言いながら、俺達はお互いに押したり引っ張ったりしていた。

良かった、コイツが元気になって。

と、その瞬間。



ガラスの砕ける音が、部屋中に響き渡った。



「「!?」」

「なぁにイチャイチャしてんのォ?何、偽者の私と付き合ってんじゃないの、偽者くゥん?乗り換えェ?浮気かぁ~こりゃあ偽者の方の私がちょっと可哀想になってきたなぁ」

小夜の居間。そこの大きな掃き出し窓を金槌のようなもので叩き割り、ゆらりとした動きで現れたのは、

同型真像(オリジナル)か……!」

「さっさと『界転(リバース)』しないからこうなるんだよ?私にはこの『紅い目』があるんだしィ、逃げ切れるわけがないよぉ、アッハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

この狭い室内の中で表の立花の奇妙な高笑いが、大きく、狂ったかのように反響していた。

実は立花さんはとんでもないKYでした。……実はじゃないか。すいません。

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