あの時
「……ん。く……ぁ……」
ここはどこだ……?俺ら三人は『界転』で表世界に来たはずだけど……?
「……俺はそんな場所が変わってないみたいだな……」
目覚めて最初に見たのは、見慣れた天井。上半身を起き上がらせて、目に入ったのは俺の部屋のドア。
どうやら、俺は自分の部屋の前に来たらしい。もちろん、表世界の俺の家だが。
同型真像の俺が死んだあと、俺の家はどうなっているのだろうか。きっと、親父やお袋が住んだままなのだろう。二人とも出張が多いから、きっと誰も居ないことが多いだろうが。
とりあえず、俺は立ち上がった。間取りや家具の位置などは何も変わっていない。俺の部屋を開けても、まだそのままだ。きっと仕事が忙しくてまだ整理出来てないのだろう。
俺は学生服を脱ぎ、パーカーをクローゼットから取り出した。俺と同型真像は同じ顔をしている。そして、こっちの俺は死んだ事になっている。同じ顔の俺が外に出ていって、顔見知りにあったりしたらパニックになる。
なのでとりあえずの対処として、俺は深くフードを被り、風邪などの時につけるありきたりなマスクを付けた。これならきっと正体はバレないだろう。多分。
そのまま俺は玄関から外に出た。
まったく、あの二人はどこへ行ったのだろう。
「先輩!」
お、声が聞こえた。
俺が振り返ると、そこには小夜の姿があった。
「やっと見付けましたよ~……ってなんでそんな怪しい格好してるんですか?」
「こっちの俺は死んだからな。顔がバレないようにマスクとフードで顔隠してんだよ」
といってもここなら外してもいいだろうが。
探し続けて20分ほど。最終的にこの路地裏に辿り着いた俺は、その入り口付近で小夜と合流した。小夜はもっと別の場所で目覚め、探し続けてここに来たのだという。
路地裏、というだけあって人通りは極端に少なく、ましてや俺の知り合いなんて通るハズがなかった。いや、そもそも知り合いもたくさんいるわけではないのだが。
しかも、この路地裏は俺が事故に遭ったあの路地裏だ。大体のルートは分かる。
「先輩は知ってますか?この力を探している組織の事を」
唐突に、小夜が聞いてきた。
「は?組織?」
「はい。僕達の力を使って、何かしようとしてるんです。それが何なのかは分かりませんが……先輩の幼なじみの舞さんも、入っているって聞きました」
「……それは知ってる。アイツは……それで悩んでたんだ」
同型虚影の舞が同型真像を殺そうとしたあの前日、アイツは俺の家に来た。しかも唐突に。
俺はあまりの見違えように驚いたが、同時に懐かしさも感じた。アイツには、昔と変わらない、俺を守ろうとするような優しさが残っていた。
あの時――――――――――――
『どうしたんだよ、こんな唐突に。随分久し振りじゃねーか!』
『まぁね、ちょっと……』
そう言って、アイツは少し暗い雰囲気のまま中に入った。
アイツの姿はだいぶ変わっていた。昔は下ろしていた長い黒髪も、今はポニーテールにしていた。黒い、地味な飾り気のない帽子を被っていた。あとは……その……だいぶ、身体的にも成長してた。
その日は思い切り雨が降っており、傘も差していなかったのか、アイツはずぶ濡れだった。
『ほれ、タオル。とりあえず身体とか拭けよ。その……シャツ、透けてんぞ』
『……うん、ありがと』
アイツは恥ずかしがる事もなく、ただ坦々と身体を拭いていった。その妙に平坦な声に、俺は僅かな違和感を覚えた。
それから、居間で昔の事を話し合ってた。その間も、彼女のテンションは低いままだった。
『誠はどうした?確か今年で中一とかだった気がするけど……』
『っ!!』
俺がふと気になって聞くと、舞は少し身体を震わせたあと、黙り込んでしまった。
『お、おい……?どうした?』
『……いや、なんでもないわ。誠は元気よ』
それだけ言うと、再び黙り込んだ。
『……それにしても、変わらねぇな、舞。あの時のお姉ちゃんっぷりがそのまま残ってるよ』
『アンタはだいぶ変わったわね……舞ちゃんなんて呼んでたじゃない、私の事』
『まぁな。まぁ、高校生になってまであのままじゃいけねぇし。でも、今でも本は読み漁ってるけどな』
すると、舞は顔を上げて、
『……あのね、私も変わったのよ』
『え?』
『私、組織っていうか……グループみたいなのに入ったのよ』
『組織……?バイトみたいなモンか?』
『……うん。変な研究みたいな事してるらしくてね』
マジかよ、なんか危ない感じがするな。だからコイツさっきからローテンションなのか?
『世界の裏表がどうこうっていう研究なのよ。同型虚影とか何とか』
『な――――――!?』
俺が驚いて怯むと、舞は勢いよく立ち上がった。
『アンタも知ってると思うけどね。それで、私このままだったら死んじゃうかもしれない』
そう言いながら、舞はゆっくりと玄関の方へと歩いていく。本当にゆっくりと。暗い表情のままで。
俺は立ち上がり、舞の腕を掴んだ。
『おい、お前なんでそんな事知って――――――』
『だけど』
その瞬間、舞はいきなりこっちを振り返った。
俺の腕を引っ張り、その引っ張った腕を自身の背中に回させると、舞は自身の腕を俺の背中に回し、
その唇を、俺の唇を重ね合わせた。ほんの、一瞬だけ。
『!?』
『アンタは私の事を忘れないでいて。私は、アンタの事が大好きだから』
そう言って、舞はすぐに振り返り、俺の家を出ていった。
俺は突然の出来事に戸惑い、その場を動くことすら出来なかった。
「アイツは……あの時、きっと迷ってたんだと思う。何でか知らねぇけど、お前あの時裏世界の舞が同型真像を殺そうとしてたのも知ってんだろ?」
「えぇ、まぁ一応……」
小夜は小さく頷いた。
「アイツはきっとその組織に命令されてたんだと思う。嫌々でやらされていたんなら、止めなくちゃいけない」
「かっこいいですねぇ、先輩。確かあの人も『界転』使えましたよね。純正ではないですけど……」
「純正?どういうことだよ」
俺が小夜に聞くと、彼女は小さく笑った。
「なんでもないですよ。ほら、早く真咲さんを探しましょう!」
そう言って、俺の腕を引っ張った小夜が、駆け出そうとしたときだった。
大きな一つの銃声が、路地裏全体に響き渡った。
「なっ!?」
「先輩、奥です!あっちの方ですよ!」
俺も小夜も、焦った表情を浮かべながら路地裏へと進んでいく。
奥から、小さな少年の声が聞こえている気がした。
夏休み、半分終わりましたね。寂しいです。




