それは突然に
……とまぁそんな訳で、私はトオル君を説得して、現在に至るわけである。
とりあえず大通りへ行こう。あそこなら色々遊ぶ所がある。そう思って私が歩を進めた時、
「おい、どこいくんだよ。そっちは俺ん家と逆方向だろ」
バレた。バレんの早いよ。彗星のごとき早さだよ。
言い訳探さなくちゃ、探さなくちゃ。そう思ってあたふたとしていると、一つの考えにたどり着いた。
「ちょ、ちょっとジュース買いたくて。そうだ、おごるよ?どう?」
☆買☆収☆作☆戦☆
……が、過激型ツンデレのトオル君に通用するわけもなく。
「いーから行くぞボケ。俺は早く帰りてぇんだよ」
「え、いや、でも!!待って俊足で買ってくるから!!えーと、財布財布……」
とりあえずノリでごまかして、私はカバンを漁った。そうだ、主導権は私にある。私がこのまま立ち去ってしまえばトオル君がびしょ濡れになって……いや、待てよ。それもそれでアリかも……?
もわもわ、と私の脳内には大量の雨によって(必然的に白いTシャツを着ている)透けた上半身を露にしたトオル君が浮かんできた。
「う、へへへ、へへへへ……」
おっといけねぇ、ヨダレヨダレ。
と。
「おい……てめぇ……」
ん?なんだ?まさか今の思考が読まれたのかな?何故か大激怒しているトオル君が、私のカバンを指差している。
…………いや、正確には私の捕獲した私の(トオル君の)傘を。
「……あ、バレた?」
次の瞬間、なるべくしてなった仕打ちに私は深い悲しみを覚えた。
いや、痛いって。目にも止まらぬ速さで私の(トオル君の)傘を奪った(取り返した)のはいいけど、それで私を殴ってくるんだから。
いやね、痛いよ?痛いけど、大して気になんないっていうか、それで喜ぶから私。だってトオル君に殴られ……うへへ。
「殴って!!その傘でもっと私を殴ってェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!」
「何言ってんだお前変態かていうかお願いだからヨダレ垂らしてこっちこないでくれーッ!!」
ふっ、逃がすか!!ならばこっちから貴様の衣服を剥がしにーッ!!
「キモい!!」
「ドベブッ!?」
その瞬間、プロ野球選手並みのスイングが私の顔面に突き刺さった。痛いって。気持ちいいけど。
「ぐっ……へへへへ、うへへへへへぇ」
「き、キモすぎる……顔面押さえながらその向こうでは笑っているであろうお前が猛烈にキモいッ!!というかお前は殴られて喜ぶマゾなのか!?」
えぇそうですとも。私はマゾです。マゾで何が悪い。
しかし。
「それだけじゃないぞ!!私はトオル君の前ではSでもMでもレズでもバイでもロリコンでも熟女……じゃないや、熟男?でも対応できる、まるで大手量販店のようなあらゆるニーズに対応できる女に生まれ変わるのだよ!!うっはははははは!!だからおとなしく我が性奴隷へと―――――ッ!!」
その時私は気付いた。何かドン引きされてる。いや、でもこれが私のアレだということをわかってほしい。
「…………何なんだよ、お前。ていうかもう嫌がらせだろコレ!!あれか!?俺を襲う前に精神をぶっ壊してやろうとかいう奴か!?」
「……あぁ、それもいいなッ!!そうしようかなッ!!ふふふ、精神にぽっかり穴を空けてただ私の言うことだけを聞くトオル君……うっへへへはははへへへへ。よーし決定ッ!!それに決めたッ!!」
「それに決めたッ!!じゃねーよ!!ちくしょう、このままでは食い殺されるッ!!よって逃げるッ!!」
あれ、逃げられた。ふふ、しかしここからが本番。私の性奴隷とするまで諦めないZE!!
実はトオル君、運動が苦手である。まぁ、私の予備知識によればトオル君はもっぱら読書しかしていないらしい。そんな見るからに運動能力ゼロなトオル君を、このリレーにも選ばれたりする私、立花真咲が逃がすと思うかッ!!
私は獲物を追うチーターのごとき脚力で、トオル君を追い掛けた。
……くっそ。なんて日だ。最悪すぎて吐き気がする。
まさか(薄々感づいてはいたが)帰りの傘騒動も、ここまで連れてこられたのも。
全て、あの野獣のごとき執念のアイツ、立花真咲のせいだったのだ。
しかも、自分はその野獣から追われるウサギのような立場にいる。現在、裏路地や表通りを縫うようにして逃げているが、迷わずアイツは付いてくる。しかもハァハァと気持ちの悪い吐息が聞こえてくる。まるで変態じゃないか。
……いや、まぁ、立花は見た目だけなら悪い方ではないとは思う。むしろいい方ではないだろうか。最初はかわいいな、とかも思っていたりした。……今になれば自分が究極の大バカだったと思う。
「MATTEYO!!私の性奴隷に―――――」
「なるかボケ!!これでコケろやド変態のクズ野郎!!」
そう言って俺は裏路地の端に転がっていた空き缶を後ろに蹴り飛ばす。そのまま路地を右に曲がった時、向こう側から盛大にずっこける音が聞こえた。アホだな、アイツ。
一応、立花は陸上記録会などでリレーに選ばれるほど足が速い。……なのだが、アイツは一言で言うとドジッ娘だった。いや、ドジッ娘というくくりで縛りきれないほど変態なのだが、アレはアレで素直な所がある。
つまり『引っ掛かってください』と言わんばかりの空き缶に引っ掛かるような、そんな少女だということだ。
「ちっくしょう……キツい……」
しかし、正直言うと俺も体力的にはヤバかった。何しろ、帰ったら図書館直行の運動神経ゼロ系帰宅部。これだけ全力で、しかもこれだけの距離を走り続ければバテるのは無理もなかった。
しかも。
「うっ……!?」
裏路地を走り続けていた俺の視界が、一気に明るさを増した。それは照明のないトンネルから出てきたのと同じで、俺の視界を一瞬だけ眩ませる。
ゆっくりと瞳を開く。そこには、ビュンビュン車が飛び交う赤信号。他にいく道もなく、まさに絶体絶命だった。
……さらに、俺の後ろからおぞましい吐息が聞こえる。最悪だ。
と。
「――――――――――!?」
俺は、そこである光景を目にした。
「いってててて……空き缶転がすかなぁ……まったく」
裏路地を走りながら、空き缶を思い切り踏んづけてコケた私は呟いた。しかし、彼が投げた空き缶はちゃっかり回収していた。傘は取り戻されちゃったけど……これで思う存分いかがわしい事が……へへへ。
しかし。
ここで彼を捕まえれば、いかがわしい事などやり放題である。そう考えると、私の心臓は不自然に高鳴った。それはそうと、さっきから地面が濡れてますね。いいえ、決して私の欲望がつまったヨダレではありません。はい。
「ハァ……ハァ……待っててよぉ……トオルくぅん!!」
もはや変態としか表現できない面構えになっていたが、気にしない。捕まえる。彼を捕まえ、その先は……うははは。
その時、視界が開けた。目の前にはトオル君が立ち尽くしていた。車が飛び交っているところからすると、赤信号で足止めされているのだろう。私の視界にはトオル君しか入っていなかった。
「トオル君……!!トオ……」
「来るな!!」
トオル君は真剣な顔で私に叫んだ。なに、そこまで私が嫌いですか。もう近付いて欲しくもないくらいまでいきますか。
しかし、そんな事は私には関係ない。何故なら、先ほど既にトオル君は私に尽くさねばならないと決まったから。私が決めた。
「へっへへへへ。捕まえたよ。私のせ……」
「―――――ッ!?バカ野郎!!早く逃げ―――――」
逃げ?なにを言ってるの?なに、どういうことなのかな?トオル君に飛び付いた私は、訳が分からず首を傾げるしか出来なかった。
「―――――くっそォッ!!」
「キャッ!?」
不意にトオル君は私の身体を片手で掴み、そのままさっき来た裏路地へと放り投げた。しかし、大した力もないトオル君には、私の身体をそこまで遠くへ飛ばすことは出来なかった。せいぜい二メートルぐらいだろうか。いや、もしかしたらそこまでなかったかもしれない。
とにかく、私は投げ飛ばされた。ゴロゴロと地面を転がり、そして止まる。
「いっててて……ちょっとトオル君、これはひどす――――――――――」
しかし、次の瞬間私は言葉を詰まらせた。
何故なら。
トオル君の身体を、大量の木材が押し潰したからだ。
「―――――ぎ……?と、トオル君……?」
長さは大体三メートルぐらいだろうか。そんな明らかに建築家が使うに決まっているような大きな木の柱に、トオル君の身体は隠された。それは突き立ったとかではなく、横倒しに何十本もなだれ込んできたのだ。
いいや。
そんな事は関係なかった。
本当に大切なのは、トオル君自身。
「……オル君。トオル君ッ!!大丈夫!?トオル君ッ!!」
次の瞬間、私は叫んでいた。泣きじゃくりながら、木材を掻き分けながら、私は彼の名を叫んでいた。
柱を一本持ち上げる程の力すら、無いくせに。
一気にシリアスへGO。急展開すぎてすんません。