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存在干渉の法則  作者: たびくろ@たびしろ
表・立花編
36/110

変化していく少女

「…………キ……!」

な……に……?誰……?わ、たし……?

「マ、サ……!」

眠……い。誰?何で私を起こすの?この家には私しか居ないはずじゃ……。


「マサキ!」


「え?」

私が驚いて目を覚ますと、そこには不思議そうに首を傾げるエノ君が立っていた。

その、黒い右目を開けて。

それを見た瞬間、私は昨夜の事を思い出してしまった。彼の漆黒のような黒い右目に睨まれた、あの瞬間を。

「う、わああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ど、どうしたのマサキ!?急に叫んだりなんかして……!!」

エノ君は驚いて肩を震わせたが、すぐにまた訝しげな表情を浮かべた。

「え……あ、あぁ……エノ君……」

「本当にどうしたの?ベッドからも落ちてるし……っていうか僕の毛布取ってるし……」

そう言って、エノ君は僅かに頬を膨らませた。その可愛らしい表情を見て、私は僅かに落ち着きを取り戻すことが出来た。

荒い息遣いを押し留め、胸を押さえる。心臓が高鳴り、喉もカラカラだった。

「ご、ゴメンね……ちょっと取り乱しちゃって」

私は窓に目を逸らす。もう、朝だろうか。カーテンの隙間からは、明るい太陽の日差しが射し込んでいた。

そうか。私、あのまま眠っちゃったんだ。あの右目に怯えて、床にうずくまってたあの状態のまま。

怖かった。本当に怖かった。

何故だろうか。特に嫌な思い出があるわけでも、トラウマがあるわけでもないのに。

何故、あんなに怖がってしまったのだろうか。それこそ、夜中に毛布を被って怯え続けるほどに。

「ねぇ……エノ君、昨日寝てから何があったか覚えてる?」

「? 分からないに決まってるよ。寝た後の事なんて分かるわけないよ」

そうか……エノ君自身の記憶は無いのか。

そういえば、あの時は右目が勝手に開いていただけで、エノ君は寝続けていた。エノ君の意思とは関係なく、勝手に動いていたのか。

「ねぇ、エノ君。ちょっと聞きたいんだけど……」

「なに?」

私は生唾を一つ飲み込むと、意を決したように言った。



「君のその右目は……一体何なの?」



それを聞くと、エノ君は少し驚いたような表情を作った。

分かってる。

この質問が、どれだけ彼の心を傷付けるかってことくらい。

私だって傷付く。この紅い目が何なのかなんて、言ったってどうせ信用される訳がない。答えても信用されない質問なんて、後には苦痛しか残らない。それに、彼は過去の事をほとんど忘れている。エノ君が会いたいっていう『あの人』の記憶はさっぱりキレイに無くなってるし、過去の記憶もほとんど消えているみたいだ。

だったら、この質問に彼が答えられる訳がない。

それでも聞いてしまった。あの恐怖を拭い去れないか、と。あの恐怖について何か分からないか、と思ってしまったからだ。

「お願い、嫌な事を聞いてるのは分かってる。君が嫌われる元になった理由を聞くのと同じ事だし、そもそも思い出せないかもしれないのも分かってる……でも、聞かないと……私……!」

エノ君の手を握りながら、私は涙目になって言う。もう、顔を上げることすら出来ない。

私って最低な人間だ。

自分の心に閉まっておけばいいのに、一人で我慢すればいいのに。

私って……私って……本当に……

「ゴメン……僕、分からないんだ。僕が覚えてるのは……自分の名前。それと最低限の情報。あと、すごく痛い記憶しかないんだ」

「すごく痛い……記憶……?」

何なのだろうか。すごく痛い記憶?過去に虐げられた記憶だろうか?

しかし、それはすぐに彼の口から語られた。



「うん。僕がどこか歩いていたら……急に目の前が真っ暗になったんだ。すぐに、痛みが来た。身体中痛くて、僕の身体の中の物がほとんど飛び出して、それは僕の身体と一緒に押し潰された。後は血がたくさん出た。バシャッていって、全部飛び散ったんだ」



「え……それって……どうみても死んでるよ。致命傷なんて話じゃないよ」

今の話からするに、きっと事故にあったのだろう。上から何かが降ってきたような、そんな類いの事故に。

「……うん。きっと僕、死んだんだ。それで、目を覚ましたら、僕は知らない所に居た。その時には、もうこの身体になってたんだ」

ちょっと待って。『この身体になってたんだ』って……元々は別の身体だった事だよね。

っていうことは……やっぱり人造人間なの、この子!?脳だけ奇跡的に無傷で、その脳を別の身体に載せ変えたとかそういう事!?

「そこには研究者みたいなおじさんが居て、僕に『お前の名前はエノだ』って言われたんだ……そこでまた眠くなって……気付いたらマサキの部屋に居た」

「そうだったんだ……ねぇ、エノ君。過去の名前を思い出せないの?そこでエノ君って命名されたって事は……過去は全く別の人間として生きてたってことだよね」

私がそう指摘すると、エノ君は腕を組んで考え出した。時に頭を掻きながら、時に額を押さえながら、考え続けていた。

しかし答えが出なかったのか、彼はじれったそうな声を出した。

「……ダメ?」

「うん……ぜんっぜん思い出せない……どうしてかな……?」

苛立たしげに呻くエノ君。

そういえば、私は彼の事は何も分かっていない。本人からの情報が少なすぎるのだ。

(どうしたらいいのかな……う~ん)

何だかんだ言って、私にできるのは彼をここに居させてあげる事だけ。彼の言う『あの人』も結局情報ゼロ。よって捜索することも不可能に近い。ほとんど手探りの、地図のない宝探しのようなものだ。

「あぁ~もう!!なんかイライラする!!」

もどかしさに襲われているのだろう、エノ君はその場で足踏みし始めた。

「いや……そんなドタバタしながらくるくる回らなくても……」

そんなエノ君を諭しながら、とりあえず私は立ち上がった。苛立たしげに振り回された彼の手を掴み、それをもう片方の手と共に包んだ。

「ねぇ、エノ君。昨日も言ったと思うけどさ」

そう言って、私は頭の中でこれから言う言葉を繰り返した。

それは、エノ君に言うと同時に、私にも言い聞かせる言葉だった。



「一人で抱え込まないで。私も一緒に悩むから。私も一緒に考えるから」



一人で抱え込まない。私も、エノ君に相談していこうと思う。純粋な彼の言葉なら、新しい考え方も浮かぶだろう。

だから、一緒に悩む。一緒に考える。

それが、私が選んだ選択だから。

だけど。

(それでも私の目的は変わらない。絶対にアイツを殺す。あのクソッタレな幻影を殺してやる。絶対に)

そう、私は決めたのだ。

神代君の仇を討つと。裏世界の神代君を殺し、それで神代君と同じ世界に逝ってやる。

神代君のいない世界なんて、ゴミクズ以外の何物でもない。私にとって神代君が命で、神代君が未来だったのだから。

「コロシテヤル……アイツだけは……絶対に……!」

そう、ついつい言葉に出てしまった。

気付いた時には、既にエノ君に聞かれていた。

「マサキ……?どうしたの……恐いよ……!?」

そうだ。彼にだけは、私の負の側面を見せてはいけない。

私が『あの人達』と繋がってる事も、私があの幻影を殺そうとしていることも。

彼を見るたび、私は悲しくなってしまう。

(あぁ、いつからこんなになっちゃったのかな、私)

神代君が殺された時から?

―――――――――いや、違う。あれは引き金になっただけだ。私は、もっと前から腐りきっていた。

じゃあ、いつから?

―――――――――生まれた時から。私が紅い目を持って生まれた時から、もう私の人生は腐りきっていた。

エノ君は違う。むしろ正反対だ。

どこまでも真っ直ぐで、どこまでも正直で、どこまでも優しい。

恐らく、きっと過去の身体でもそんな子だったのだろう。普通の身体を持っていれば、彼は誰からも愛される、私とはまったく正反対な人間になっていたハズだ。

彼はオカシナ身体を手に入れている。このままじゃ、私と同じ様なひねくれた闇に染まってしまう。

私が負の側面を見せれば、きっと闇は彼に侵食していくだろう。エノ君は、腐っていくだろう。

だから。



だから、彼の前では絶対に、ただの『マサキ』を演じてみせる。ちょっと鬱っぽいけど優しい、そんな『お姉ちゃん』を演じてみせる。



「大丈夫。私は大丈夫だから。『お姉ちゃん』になってみせるから。君の『お姉ちゃん』に」

「お姉……ちゃん……」

私が微笑みかけると、エノ君の目尻から、

一滴の涙が溢れ落ちた。

「エノ君?」

「思い出した……思い出したんだ!!」

エノ君は私の手を小さく握り締めると、叫ぶように言った。



「お姉ちゃん……お姉ちゃんだよ!!僕が会いたいのは……僕のお姉ちゃんだ!!」



「え?」

一瞬、私はポカンとしていた。

が、その言葉の真意に気付くと、

「お……ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!思い出したのエノ君!?」

「うん、そうだよ!!お姉ちゃん!!名前は思い出せないけど……そう、そうだ!!確か後ろで髪を縛ってた!!ポニーテールっていうのかな?それで、髪が黒くて……!!」

「スゴいスゴい!!もう思い出せるよ!!きっと思い出せる!!」

私は二人で笑いあった。

嬉しかった。私は、純粋に嬉しかった。ひねくれた感情しか抱けない私が、純粋に『喜』の感情を抱いた。

それって、とってもスゴい事だと思う。私は、また変わった。

エノ君となら変われる。


……そんな気がした。



短いですが表・立花編終わりです。多分。次は久しぶりに主人公の活躍です!

新キャラ登場かも。

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