変化していく少女
「…………キ……!」
な……に……?誰……?わ、たし……?
「マ、サ……!」
眠……い。誰?何で私を起こすの?この家には私しか居ないはずじゃ……。
「マサキ!」
「え?」
私が驚いて目を覚ますと、そこには不思議そうに首を傾げるエノ君が立っていた。
その、黒い右目を開けて。
それを見た瞬間、私は昨夜の事を思い出してしまった。彼の漆黒のような黒い右目に睨まれた、あの瞬間を。
「う、わああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ど、どうしたのマサキ!?急に叫んだりなんかして……!!」
エノ君は驚いて肩を震わせたが、すぐにまた訝しげな表情を浮かべた。
「え……あ、あぁ……エノ君……」
「本当にどうしたの?ベッドからも落ちてるし……っていうか僕の毛布取ってるし……」
そう言って、エノ君は僅かに頬を膨らませた。その可愛らしい表情を見て、私は僅かに落ち着きを取り戻すことが出来た。
荒い息遣いを押し留め、胸を押さえる。心臓が高鳴り、喉もカラカラだった。
「ご、ゴメンね……ちょっと取り乱しちゃって」
私は窓に目を逸らす。もう、朝だろうか。カーテンの隙間からは、明るい太陽の日差しが射し込んでいた。
そうか。私、あのまま眠っちゃったんだ。あの右目に怯えて、床にうずくまってたあの状態のまま。
怖かった。本当に怖かった。
何故だろうか。特に嫌な思い出があるわけでも、トラウマがあるわけでもないのに。
何故、あんなに怖がってしまったのだろうか。それこそ、夜中に毛布を被って怯え続けるほどに。
「ねぇ……エノ君、昨日寝てから何があったか覚えてる?」
「? 分からないに決まってるよ。寝た後の事なんて分かるわけないよ」
そうか……エノ君自身の記憶は無いのか。
そういえば、あの時は右目が勝手に開いていただけで、エノ君は寝続けていた。エノ君の意思とは関係なく、勝手に動いていたのか。
「ねぇ、エノ君。ちょっと聞きたいんだけど……」
「なに?」
私は生唾を一つ飲み込むと、意を決したように言った。
「君のその右目は……一体何なの?」
それを聞くと、エノ君は少し驚いたような表情を作った。
分かってる。
この質問が、どれだけ彼の心を傷付けるかってことくらい。
私だって傷付く。この紅い目が何なのかなんて、言ったってどうせ信用される訳がない。答えても信用されない質問なんて、後には苦痛しか残らない。それに、彼は過去の事をほとんど忘れている。エノ君が会いたいっていう『あの人』の記憶はさっぱりキレイに無くなってるし、過去の記憶もほとんど消えているみたいだ。
だったら、この質問に彼が答えられる訳がない。
それでも聞いてしまった。あの恐怖を拭い去れないか、と。あの恐怖について何か分からないか、と思ってしまったからだ。
「お願い、嫌な事を聞いてるのは分かってる。君が嫌われる元になった理由を聞くのと同じ事だし、そもそも思い出せないかもしれないのも分かってる……でも、聞かないと……私……!」
エノ君の手を握りながら、私は涙目になって言う。もう、顔を上げることすら出来ない。
私って最低な人間だ。
自分の心に閉まっておけばいいのに、一人で我慢すればいいのに。
私って……私って……本当に……
「ゴメン……僕、分からないんだ。僕が覚えてるのは……自分の名前。それと最低限の情報。あと、すごく痛い記憶しかないんだ」
「すごく痛い……記憶……?」
何なのだろうか。すごく痛い記憶?過去に虐げられた記憶だろうか?
しかし、それはすぐに彼の口から語られた。
「うん。僕がどこか歩いていたら……急に目の前が真っ暗になったんだ。すぐに、痛みが来た。身体中痛くて、僕の身体の中の物がほとんど飛び出して、それは僕の身体と一緒に押し潰された。後は血がたくさん出た。バシャッていって、全部飛び散ったんだ」
「え……それって……どうみても死んでるよ。致命傷なんて話じゃないよ」
今の話からするに、きっと事故にあったのだろう。上から何かが降ってきたような、そんな類いの事故に。
「……うん。きっと僕、死んだんだ。それで、目を覚ましたら、僕は知らない所に居た。その時には、もうこの身体になってたんだ」
ちょっと待って。『この身体になってたんだ』って……元々は別の身体だった事だよね。
っていうことは……やっぱり人造人間なの、この子!?脳だけ奇跡的に無傷で、その脳を別の身体に載せ変えたとかそういう事!?
「そこには研究者みたいなおじさんが居て、僕に『お前の名前はエノだ』って言われたんだ……そこでまた眠くなって……気付いたらマサキの部屋に居た」
「そうだったんだ……ねぇ、エノ君。過去の名前を思い出せないの?そこでエノ君って命名されたって事は……過去は全く別の人間として生きてたってことだよね」
私がそう指摘すると、エノ君は腕を組んで考え出した。時に頭を掻きながら、時に額を押さえながら、考え続けていた。
しかし答えが出なかったのか、彼はじれったそうな声を出した。
「……ダメ?」
「うん……ぜんっぜん思い出せない……どうしてかな……?」
苛立たしげに呻くエノ君。
そういえば、私は彼の事は何も分かっていない。本人からの情報が少なすぎるのだ。
(どうしたらいいのかな……う~ん)
何だかんだ言って、私にできるのは彼をここに居させてあげる事だけ。彼の言う『あの人』も結局情報ゼロ。よって捜索することも不可能に近い。ほとんど手探りの、地図のない宝探しのようなものだ。
「あぁ~もう!!なんかイライラする!!」
もどかしさに襲われているのだろう、エノ君はその場で足踏みし始めた。
「いや……そんなドタバタしながらくるくる回らなくても……」
そんなエノ君を諭しながら、とりあえず私は立ち上がった。苛立たしげに振り回された彼の手を掴み、それをもう片方の手と共に包んだ。
「ねぇ、エノ君。昨日も言ったと思うけどさ」
そう言って、私は頭の中でこれから言う言葉を繰り返した。
それは、エノ君に言うと同時に、私にも言い聞かせる言葉だった。
「一人で抱え込まないで。私も一緒に悩むから。私も一緒に考えるから」
一人で抱え込まない。私も、エノ君に相談していこうと思う。純粋な彼の言葉なら、新しい考え方も浮かぶだろう。
だから、一緒に悩む。一緒に考える。
それが、私が選んだ選択だから。
だけど。
(それでも私の目的は変わらない。絶対にアイツを殺す。あのクソッタレな幻影を殺してやる。絶対に)
そう、私は決めたのだ。
神代君の仇を討つと。裏世界の神代君を殺し、それで神代君と同じ世界に逝ってやる。
神代君のいない世界なんて、ゴミクズ以外の何物でもない。私にとって神代君が命で、神代君が未来だったのだから。
「コロシテヤル……アイツだけは……絶対に……!」
そう、ついつい言葉に出てしまった。
気付いた時には、既にエノ君に聞かれていた。
「マサキ……?どうしたの……恐いよ……!?」
そうだ。彼にだけは、私の負の側面を見せてはいけない。
私が『あの人達』と繋がってる事も、私があの幻影を殺そうとしていることも。
彼を見るたび、私は悲しくなってしまう。
(あぁ、いつからこんなになっちゃったのかな、私)
神代君が殺された時から?
―――――――――いや、違う。あれは引き金になっただけだ。私は、もっと前から腐りきっていた。
じゃあ、いつから?
―――――――――生まれた時から。私が紅い目を持って生まれた時から、もう私の人生は腐りきっていた。
エノ君は違う。むしろ正反対だ。
どこまでも真っ直ぐで、どこまでも正直で、どこまでも優しい。
恐らく、きっと過去の身体でもそんな子だったのだろう。普通の身体を持っていれば、彼は誰からも愛される、私とはまったく正反対な人間になっていたハズだ。
彼はオカシナ身体を手に入れている。このままじゃ、私と同じ様なひねくれた闇に染まってしまう。
私が負の側面を見せれば、きっと闇は彼に侵食していくだろう。エノ君は、腐っていくだろう。
だから。
だから、彼の前では絶対に、ただの『マサキ』を演じてみせる。ちょっと鬱っぽいけど優しい、そんな『お姉ちゃん』を演じてみせる。
「大丈夫。私は大丈夫だから。『お姉ちゃん』になってみせるから。君の『お姉ちゃん』に」
「お姉……ちゃん……」
私が微笑みかけると、エノ君の目尻から、
一滴の涙が溢れ落ちた。
「エノ君?」
「思い出した……思い出したんだ!!」
エノ君は私の手を小さく握り締めると、叫ぶように言った。
「お姉ちゃん……お姉ちゃんだよ!!僕が会いたいのは……僕のお姉ちゃんだ!!」
「え?」
一瞬、私はポカンとしていた。
が、その言葉の真意に気付くと、
「お……ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!思い出したのエノ君!?」
「うん、そうだよ!!お姉ちゃん!!名前は思い出せないけど……そう、そうだ!!確か後ろで髪を縛ってた!!ポニーテールっていうのかな?それで、髪が黒くて……!!」
「スゴいスゴい!!もう思い出せるよ!!きっと思い出せる!!」
私は二人で笑いあった。
嬉しかった。私は、純粋に嬉しかった。ひねくれた感情しか抱けない私が、純粋に『喜』の感情を抱いた。
それって、とってもスゴい事だと思う。私は、また変わった。
エノ君となら変われる。
……そんな気がした。
短いですが表・立花編終わりです。多分。次は久しぶりに主人公の活躍です!
新キャラ登場かも。




