思わぬ出会い
「ホント……可愛『かった』んだよ……アンタは」
え?いや、ちょっと待って。何で母さんと違って、誠の時はそんな優しいの?
誠も、ビックリしたような顔を浮かべている。驚きのあまり、反撃すらも忘れている。
「誠……ごめんね……」
そう言って、彼女は抱いていたその手を緩めた。誠のために合わせていた中腰姿勢を直し、再び私に向き直った。
「私がもっと注意してれば……お姉ちゃんがもっとしっかりしてればね……」
「お、おい!ちょっと待――――――」
不意に、誠の動きが止まった。私も、すぐにそのわけに気付いた。
二人の気持ちを合わせたように、誠が呟く。
「なんでだよ……」
誠も私も、訝しげな表情を崩せない。
「なんで……」
なぜなら。
「なんで……アンタは泣いてんだよ……!?俺の顔なんか見て……なんで……!」
ポタポタ、と地面に黒いシミが付く。暗闇でよくわからなかったが、それは確かに彼女の涙によるものだった。
「……いや、私の弟も、成長してたらこんなになってたのかなぁ……って思ったのよ」
それから、隠すように彼女は帽子を被り直す。
「この帽子だって……本当は……」
裏世界の私は、少しだけ振り返ると、
「ごめんね……表世界の誠にも寂しい思いさせるような事になっちゃって……でも……透を守るには……こうするしかないのよ……」
そう言って、彼女は私へと手を伸ばした。もう、ダメだ。
あと、五センチ。
四センチ。
三センチ。
二センチ。
一センチ―――――――!
「やめろよ」
「……!?」
あとちょっと。一センチにも満たないその距離で、裏世界の私の手は止まった。
恐ろしくて目をつぶっていた私には、なんのことだか分からなかった。だけど、この声だけは私の耳に届いた。
あの頃とは違う声。当たり前だ。もはや11年も経っているのだから。声変わりだってしていて当然だ。
だが、それでも私は感じた。あの頃と同じ様な、優しい響き。
だけど、ありえない。彼は、もう死んでいるはずじゃなかったの?
それを裏付けるように、固く閉じていた私の『蒼い目』が反応した。疼く。目の奥が、くすぐられているような感覚。
あぁ、そうか。
そういえば、この世界はトランプのカードみたいだって、立花さんが言ってたっけ。
私が今まで考えていたのは、表世界の透。ならば、その『裏』だって存在するはず。そして、反応する私の『瞳』。
その能力は、『逆の世界の反応を認識する力』。
つまり。
「裏世界の……透……?」
その問いに、彼は答えてくれた。
「……あぁ。悪いな、裏世界の舞が勝手なことして」
「――――――ッ!?透!?一体何しに……!?」
裏世界の私の問いにも、彼は答えた。
「決まってんだろ。お前を止めるためだ」
裏世界の透は、裏世界の私を止めるために私に向いていないもう一方の腕を掴んでいた。
しかし、彼女は血走った目でその私に向かっている腕を伸ばそうとした。私に触れるために。
だが、彼は許さなかった。
「キャッ!?」
透は腕を引っ張り、裏世界の私の体勢を崩した。
そのまま彼女の身体を掴み、路地裏の壁に押し付けた。
「……ッ!」
「やめろって言ったのがわかんねぇのか、舞」
裏世界の私は、泣き出しそうな顔で呟く。
「なんで……なんで止めるの……!?私は……アンタを助けるために……!!アンタが……大好きだから……!!いつまでも……アンタがウジウジしてるから……だから……守ってあげようと……!!」
「余計なお世話だ。ったく、11年ぶりに会ったらこれか……だからあの時変だと思ったんだよ……!!」
その言葉で、ついに裏世界の私は泣き出してしまった。私は突然の状況の変化に対応できず、ただその光景を見つめる事しか出来なかった。
「おい、舞。あ、えっと……表世界の舞。あと時間はどれくらいだ。こいつの限界はもうそろそろだろ」
しかし、私が確認する間もなく、裏世界の私の身体がうっすらと光を帯びた。
「なんで……透……!!」
そう呟いた瞬間、彼女の身体が何十枚ものカードに分かれた。かと思えば、それが次々と裏返っていく。裏返ったカードから消えていくその姿は、まるで身体が端から消えていくかのようだった。
そして、儚げに散っていったカードは、一瞬にして裏世界の私の姿を消した。
消えた裏世界の私を見つめながら、彼は呟く。
「……もう、守ってもらわなくても大丈夫だから」
そして、彼は私に振り向く。
その緑色の瞳で、私を見つめながら、彼は私に向かって言う。
「……俺が、表世界の俺を殺した。怒鳴るなり、殴るなり、殺すなり、好きにしてくれ」
カゲプロが好きな作者。誕生日の二日後にカゲロウデイズに接触したりして。