電話口の少女
『YOULOSE』
そんな英文が画面に表示され、私は敗北を思い知った。
「か、勝てない……」
「イェーイ!五連勝ー!いやぁ、ぶっちゃけ姉貴弱すぎ。しかも五勝中三勝は俺のパーフェクト勝ちだし」
いーじゃんいーじゃん別に格ゲーなんか強くなくたってさー。まぁ、それにしちゃ弱すぎないか、とは思うけどさー。
「いや、そんな膨れっ面しなくても。まぁいいや、この顔撮って友達に売るかな。一枚百円で」
「怖っ!!やめて!?仮にもあなたの姉貴だよ、私!!姉貴の顔で商売しようとしない!!」
そう言って私は誠から携帯を奪い取った。何だ、しかも私の携帯じゃないか。まったく、結局鈴奈が変な噂を流したせいで、誠の中学校には私のファンクラブか何かが出来たらしい。しかも私の顔を写メで撮って友達に見せてるらしい。
私としてはおぞましい限りなので早くこの訳の分からない風潮が去ってほしいと切に願うばかりなのだが、私の願いとは正反対に私のファンクラブなるものは今や誠のクラスの男子全員に及ぶらしい。はっきり言って、怖い。
何か学校の帰りとかに付けられたりしないだろうか。ストーカーとか居たら本当に怖いのだが。誠は『ぶっちゃけ俺のクラスはいい奴ばっかりだから心配ないって』と言っていたが、このヘラヘラとした弟の言葉だ。信用できない。
たまに遅れそうになった時とかに通る裏道とかで襲われたりしないだろうか。それで、あんなことされたり、こんなことされたり…………
「あああああああああああああああああ!!誠のバカァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
「うわっ!?どうした姉貴急にって痛い痛い痛いコントローラーで殴るな痛い痛い痛い!!」
一瞬私が中学生複数人にいかがわしい事をされる未来が浮かんでしまい、私はその妄想を振り払うように誠に攻撃を仕掛けた。恐ろしい、恐ろしすぎる。言っとくが、私の顔写真見せるってプライバシーの侵害じゃないのか。当の本人は全く気にしてないが。
よし、もっと攻撃しよう。こいつには私の強さ(格ゲーではない三次元の)を見せ付けてやらねば。
「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ!!もっとやってやる、いっぺんあんたには私の強さを―――――――ッ!?」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いマジで痛い痛い痛い痛いやめてくださいもうしませ…………ってあれ?」
誠が心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
それはそうだろう。私は『また』、あの症状に襲われた。
瞳が疼く。いや、疼くなんてものじゃない。目玉がくり貫かれるような、そんな明確な『痛み』だ。
「痛ッ……!!ま、た……来た?なんな、の……これ……」
私はその蒼くなっているであろう両目を両手で押さえ、その場にうずくまる。痛い。耐えられそうにないほどの痛みだ。
「姉貴?どうしたんだよ……姉貴!」
「―――――大丈夫、大丈夫だから。前にもあった事だよ。ちょっと休めば治るから……」
その時、私の携帯から着信音が鳴った。私はあまりテレビとかは観ないので、鈴奈が好きだというアイドルグループに合わせてそのアイドルグループの曲を着信音にしている。
そのカッコいいであろう男子アイドルグループの曲を頼りに、私は片手で目を押さえ、片手で携帯を取ろうとする。
しかし、目を押さえて取れる訳もなく、私の片手は宙を泳いでいた。
と、その時私の片手に携帯が収まった。きっと誠が取ってくれたのだろう。何だかんだ言って、誠は結構優しかったりするのだ。
タッチパネル式の画面を操作し、携帯を片耳に当てた。
「もしもし……」
次の瞬間、意味の分からない単語が飛び出してきた。
『逃げて』
「…………え?」
私は分からない、という顔で応答した。意味が分からない。どういうことだろうか?
どうやら、電話の主は私と同じくらいの少女らしかった。ボソボソ、とした話し方で、いわゆるコミュ障だろうか、という初対面の人間には失礼極まりない想像を私は勝手にしていた。
『説明は後でするから。とにかく今は逃げて。弟さんもお母さんも置いて、あなた一人で』
「ちょ、ちょっと待ってよ……痛ッ!!ど、どういう事!?ちゃんと説明してよ!」
『早くして。じゃないとあなた―――――』
電話の向こうの少女は、少し間を開けて言った。
『――――――――――殺されるよ』
「え……?な、何が……―――――ッ!!」
あれ。痛いという感覚が、和らいでいく。その代わりに、何か別の感覚を感じる。
これは……人?場所は……え!?家の目の前!?何か持ってる……何だろう。分からない。
そんな私の感覚を代弁するかのように、電話口の向こうの少女は呟く。
『もうあなたの家の前にはあなたを殺そうとしている人間がいる。あなたの家には大きな窓があるでしょう?そこから抜け出して、裏道へ出て。詳しい事は今は話せないけど、敵はあなたに触れただけであなたを殺せる。間接的にだけどね。だから、さぁ早く!』
「ちょっと待ってよ!!なんで私を……私を殺そうとするの!?分からない、何も分からないよ!ちゃんと説明して―――――」
ピンポーン、と。
ありきたりなインターホンが、居間中に鳴り響いた。
「はいはーい。今出まーす」
母さんが、少し気だるそうにキッチンから出てきた。タオルで手を拭いてるあたり、食器洗いでもしていたのだろう。
「―――――!」
きっと、私を殺そうとしている人だ。感じるから分かる、今ドアの向こうに立ってる人には分かりやすいほど大きな『殺意』がある。なんでこんな事分かるのかは知らないけど、何か感じる。
「ねぇ、姉貴。さっきから怖い顔して何を話してんの?ねぇ!」
誠がじれったそうに催促してくるが、その声は耳には入らない。それより、電話の少女の言うことが気になる。私を殺そうとする人?いったい何の為に?どうして?何故私を?
その答えは、すぐに思い浮かんだ。
「私の……目?これって……何か特別な何かがあるの?」
『詳しい事は逃げてから教える。だから早く!敵に触れられるだけで、あなた死んじゃうんだって!』
電話口の声もだんだん切羽詰まってきた。その声から、どれだけ危険なのかが分かった。
「あ、舞のお友達ね。今開けるわね」
母さんは話を進めていたのか、既にドアの鍵を開けていた。後は、ドアを引くだけで―――――
「母さん!!ダメ!!開けちゃ……」
「こんばんは」
「―――――え……」
ドアを完璧に開かれ、『そいつ』は中に入ってきた。今は何故か、母さんに寄り添ってくっついている。
いや、違う。
あれは――――――――――
「母さん!!」
私がそう叫んだ瞬間、母さんはその場に倒れこんだ。その腹からは、血が滲み出していた。
「かあ、さ……ん……?」
誠が小さな声でそう呟いていたが、私は既に誠の腕を掴んでいた。何かしようと思ったわけじゃない。怖くて、つい掴んでしまっていただけだったのだ。
だって。
だって『そいつ』は、深く帽子を被り、後ろからポニーテールを飛び出させたそいつは。
「あなたが『同型真像』の榎田舞ね?悪いけどあなたには―――――」
その時、私は駆け出した。窓を勢い良く開き、誠の腕を引く。
電話口から声が聞こえる。
『会っちゃったね。さぁ、逃げて?あいつが「敵」だよ。あいつが―――――』
二つの声が、重なるように私の耳に入ってくる。
「―――――死んでもらうわよ」
『―――――「同型虚影」の、榎田舞だよ』
信じられなかった。今の現象も、電話口の声も。
そして。
私の母さんが、当たり前のように殺された事も。
なんか最近あとがきのネタなくなってきました。ヤヴァイ。