裏~ある少年の思い出~
『……残念だけど私、引っ越すことになったんだ』
目の前の幼い少女は言う。自分とは幼なじみの少女だ。
『……ふぅん。そうなんだ』
何故だ。なんで、俺はそんな軽い返事しか出来なかったんだ。
あぁ、俺はバカだ。この時、電話番号でも住所でも聞いておけばよかったのに。
ブランコで隣り合いながら、俺とその少女はお互いに俯いていた。心地よい風が吹き、彼女の黒髪を揺らした。
その向こう側で、黒髪の向こう側で、彼女はこう呟いていた。
『……あんたは、いつも本ばっか読んでて弱っちいからね。私が居なくなった後、ちょっと不安だなぁ』
そう言って恥ずかしそうにする彼女を、俺は寂しい目で見てたと思う。
『大丈夫だよ。舞ちゃんが居なくたって、僕は一人でも頑張れるよ』
俺は言った。やせ我慢の一言だったが、それでもそう言えた事は誇らしかった。
そんな俺に、彼女は、
『……そう。なら、安心だね』
そう言った。
そしてブランコから立ち上がる。お別れだった。
しかし立ち去る瞬間、彼女は笑顔で、その緑色の瞳でいっぱいに笑って、こう言ってくれた。
『――――――また、会おうね。透』
うん、と。
俺はそう言って、笑った。
「――――――ハッ!?」
俺は、そこで目を覚ました。
朝か。カーテンの向こう側から、日光が俺を照らそうとする。
「……また、あの夢か」
何故だろう。最近急にこの夢を見るようになった気がする。
『あの時』の、夢を。
まぁ、会いたいとは思う。あの風になびく黒髪も、俺と同じ緑色の瞳も、あの活発そうな笑顔も、今はどうなっているのだろう。
あの時は五歳か。他の事はあまり覚えていないが、彼女との日常は今でも鮮明に覚えている。
「……舞」
榎田舞。
スポーツが大好きで、頭を使う事が嫌いな活発少女。本が好きで体を動かす事が苦手な俺とは、正反対な少女だった。
この夢を見るようになったのは、大体あの不思議な体験の時からだろうか。
しかし、あれには『体験』という言葉では表せないほど深く心に傷を負わされた。なにせ、もう一人の俺を殺してしまったのだから。
結局、あの後こっちの世界に戻ることができた。というより、強制的に戻された。身体が沢山のカードに分かれ、そして裏返っていく現象。あれは何だったのか。
目を覚ましたのは、あの路地裏だった。気が付けば、立花が俺に泣き付いていた。まぁ死んだと思われていたのだから、当然だろう。
っていうか、最初に立花の姿を確認したときはマジでビビった。てっきりあの目付きの悪い、赤目の立花の方かと思ったのだ。
しかし、その泣きじゃくる顔を見ればわかった。瞳が、俺と同じ緑色だったから。
そのまま彼女を振り払う事もできず、結局泣き止むまで待ってやった。その後は、それぞれの家へと戻った。俺があいつと離れる時、あいつはまだ泣きじゃくりながら、言った。
『ごめ……ん、なさい……!!私の、せ……いで……!!』
あっちの世界に行って何か変わったのだろうか、気付けば俺はこう返していた。
『大丈夫だ、別にお前のせいじゃねぇよ。現に俺は今生きてるしな』
そう言った時の立花の顔は、今でも忘れられない。嘘だ、とでも言いたげな顔だった。
しかし、その後すぐに彼女は笑った。涙を浮かべながら、それでも笑っていた。
その時だろうか。俺は、ある顔を思い出してしまった。そう、よく知った顔を。
舞の事を、思い出してしまったのだ。
それから俺はこの優しげな、だが寂しい夢に取り憑かれてしまった。だが、きっと舞とはこれからも出会わないだろう。お互いの消息も掴めないのだ。知っているのは、せいぜい隣町のどこかに住んでいるということだけ。
いや、会わない方が良いだろう。きっとあっちも覚えてなんかいない。スポーツが大好きな活発そうな彼女が、いつまでも過去を引きずっているとは思えない。
きっと、キレイさっぱり忘れている事だろう。誰?と聞かれるのがオチだろう。
だけど。
それでも、彼女に会えれば、何かが変わるだろうか。またあの時のように、守ってもらえるだろうか。本ばかり読み漁ってた俺を守ってくれたあの頃のように、また俺を守ってくれるだろうか。
「……いや、すがるのはよそう。大体同い年の女子に守ってもらうなんて……」
恥ずかしすぎる。そう、呟いた。
あっちもきっと忘れている。だから、俺も忘れよう。
大好きだった、あの黒髪の少女を――――――
実は作者にも小さい頃に会わなくなった幼なじみが三人居ます。だからどうした、といわれる覚悟で発言しました。さぁ、いじれ。いじってくれ。