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存在干渉の法則  作者: たびくろ@たびしろ
神代・立花編
11/110

存在干渉

「ちょっとわりぃ、俺トイレ行ってくるわ」

俺達はあのあと、本を取り、館内の端にある四人用テーブルに座った。大体二時間程経っただろうか。

そして、不意にそう言って、もう一人の俺は席を立った。こっちの世界の、『本物』らしき俺が。

あいつは言ってくれた。『信じる』と。

こんな化け物かもしれない俺を、あいつは信じてくれた。

だから―――――


「ちょっと」


目の前に座っていた立花が、明らかな疑念のこもった目を向けてきた。

「な、何だよ」

ハァ、と立花は一つ溜め息をつく。


「もしもあなたが神代君を殺したりしたら……私、あなたを絶対に許さないから」


思わず肩が震えてしまった。その眼差しは殺意以外の何物でもない。疑念、不信感、悪意……そういったもの全てがその赤色の瞳に集約され、俺に問い掛けているようにも見えた。

続けて、立花は口を開く。

「あなたが別の世界に戻っても関係ない。文字通り、地の果てまで追い掛けるから。絶対に、逃がさないから」

その危険な瞳が、血走った瞳が、真っ直ぐに俺を見つめる。まるでヘビに睨み付けられたネズミのような、そんな恐怖感に俺は思わず生唾を飲み込んだ。

「………………」

何も喋ることが出来ない。怖いのだ。

この少女は俺が何か不穏な動きをすれば、ためらわずに俺を殺すだろう。そんな目だ。

「私、神代君が大好きなの。あなたも確かに神代君。だけど、私は『あの』神代君が好き。こんな私でも分け隔てなく接してくれる、そんなあの人が」

不意に、立花の目から殺意が消えた。

「まぁ、その点だったらあなたも確かにいい人なんだろうけど……それでもあなたは信用出来ない。あなたは神代君じゃない。私の中では、あなたは全く別の人間。だからあなたが不審な動きを見せたら、私もそれなりの抵抗に出る」

それは、きっと真実だろう。生半可な脅しではない。『脅迫』だ。

と、立花は急に表情を和らげた。口の端を歪める。

「……ふふ。私、オカシイかもしれないね。ストーカーみたいに付け回して、あの人をずっと見ていたくて……でも、それでも私はいい。もしもあの人に嫌われても―――――」

その表情は再び真剣になった。

俺が今まで見てきた中でも一番に恐ろしい、それでいて誰かを守る……そう決意したような瞳で、立花はこう呟いた。



「―――――私は、神代君を守る。あの人が、大好きだから」



それは、俺に言ったようにも、立花が自分に言い聞かせたようにも聞こえた。



「あ~スッキリした」

あ、ついつい言葉に出てしまった。やっぱあれだな、トイレし終わった後って物言えぬ解放感を味わえるよな。

そんなわけで、俺は小綺麗な洗面所で手を洗い、トイレのドアノブに手を掛けた。

……しかし、何故かそれを捻る事を躊躇ってしまう。

「……やっぱり汚い奴だよな、俺って」

あの時、俺は確かに『信じる』と言った。もう一人の俺を。緑色の瞳を持った、俺とは正反対な感じの俺を。

なのに、何故俺はこのドアを開く事にこうも恐ろしさを感じているんだ?本当に信じきったのなら、何の躊躇いもなく開け放っているはずなのに。

答えは簡単だ。信じきれていないのだ。

あの俺の分身が、俺の影が、俺にとって無害であると。

そう、言い切れないのだ。

「……開けろよ、俺」

このドアを開けば、その先には緑色の瞳を持った俺と立花が立っているだろう。いや、正確にはトイレを出て通路を通ってからだが。

……違う。そんな屁理屈で時間を稼ごうとするな。そんなおふざけで無理矢理気分を晴らそうとするな。

「……このドアを開けろよ、俺」

信じろ。もう一人の俺を。あの正体不明な、それでも『友達』だと、『仲間』だと言い合ったあの男を。

もしもあいつの意図しないところで俺の命が脅かされても。俺が死にかけて、立花がもう一人の俺を憎んだとしても。

それでも。

それでも、あいつを信じ続けろ!

「…………っ!!」

簡単だった。

今までの俺の気持ちと相反するかのように、そのドアは軽かった。

まるで紙でも押したかのように、ドアは開く。

そして、その向こうに―――――


「……何トイレのドア相手に怖い顔してんだ?」


「ぶっ!?」

その向こうには、もう一人の俺がいた。待ちすぎて痺れを切らしたのか、ドアの前に立っていた。いや、そんなに待たしたか?

と、いうより。

「立花!何でここにお前が居るんだよ!!ここ男子トイレだぞ!?」

もう一人の俺の隣には、立花が立っていた。この図書館のトイレは、駅のホームなどでよく見るような感じの物だ。トイレの前の通路が曲がっており、異性が覗けないようになっている(覗くような異性が居たら恐ろしいのだが)。

で、立花はその健全な男子用通路に恥ずかしげもなく侵入している。やめろよ、おい。もう一人の俺、止めろよお前。

「だってぇ……神代君が心配だったから……」

うぐ。こいつこんな可愛げな、それでいて哀れみを誘うような顔が出来んのか……ちくしょう、さすが俺の彼女。

「……いや、こいつが『またあなたの影響で事故ってるかもしれない』っていうからさ。仕方ないから連れて来て……」

「んなァわけあるかッ!!トイレでどうやって事故るんだよ!!」

バカか。というよりそんなに心配か。お前には俺がどこぞかの幼稚園児に見えてんのか。

連れてくるこいつもこいつだ。俺、こいつのために悩んでたのに。

……でも。


「なんか、楽しいな」


やっぱり他人との会話は楽しい。他人とふれ合うのは楽しい。

人間、一人じゃ生きていけない。そう思った。

「……結局、情報は少なかったな」

「そうだな。もうそろそろ帰ろうぜ。もう一人の俺、今日は泊めてやるよ」

「え、マジ!?泊めてくれんの!?」

「だって友達だしな。それにいくあてもないだろ。お前の家が俺の家になってんだし」

横で立花が『信じられない』というような顔をしているが、気にしない。友達を家に泊めて何が悪い?

そんな事を言い合いながら、俺達は廊下に出た。長い廊下で向かって右がさっき俺達が居た図書館、左が大きな掃き出し窓だった。

この図書館は区役所と併合されている。そして図書館はここのフロア、四階だ。

何となく、窓からの景色が見たくなった。本当に何となくだ。街が一望出来る訳ではないが、それでも結構綺麗な景色なのだ。

そう、それだけだった。

それをするだけのために、窓に手を当てた。体重も、だいぶガラスに向かっていたと思う。



不意に、視界が揺らめいた。今まで見ていた街が視界の上に消え、次に区役所の駐車場が目に飛び込んだ。



「なっ……!?」

間違いない。これは――――――――――

そう口に出す前に、地面が目の前に迫っていた。

そして。



俺の身体が、猛烈なスピードで地面に叩き付けられた。



俺は、死んだ。

今回はいつもと逆です。シリアスの中に、ちょろっとコメディを投入しました。

……それだけです。一応この章のラスト近いです。たぶん。

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