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今俺達は初心者の草原に来ていた。
「やっぱり人多いなー。」
初心者の草原は人で溢れていた。
皆、Lv1からの再スタートなので仕方ないっちゃあ仕方ないのだが。
「一応聞いておくけど撫子の使用武器は?」
「弓と短剣」
即答だった。それも当然だろう?という顔で。
「ですよねー。」
聞く前から分かっていたことだが、撫子は異常に弓と短剣が好きなのだ。
どのゲームでもこの2つのどちらかを選ぶ。
両方装備出来れば両方とも。
その結果いつも狩人か盗賊系の職業になる。
だが……
俺は溜め息をつきつつ、周りを見渡した。
他に弓を使っているプレイヤーは……居ないな。
ついでに短剣は……居ない……な。
「今から装備と職業を「私は変えないぞ。」……ですよねー。」
「私は他の武器など使いたくない。そもそも、職業を変えるほどの所持金も残ってないだろう?」
撫子は少し機嫌を悪くした声音で言った。
「でも撫子、弓の不遇さは分かってるよな?」
「何が不遇だ、そんなものは弓の良さが分からない愚者の戯言だ。」
「ソーデスカ。」
今の撫子はこの前の呪ってやる発言の時と負けず劣らずだ。
怖い。
だが……、先程も言ったように弓は不遇なのだ。
他のゲームでも不遇だと言われることがあるが、BOTではよりそれが際立っている。
とにかく当たらないのだ。
勿論多少のシステムアシストはあるが、殆ど本人の技量によって成り立つ。
それもステータスが低い序盤は特に。
それに毎日変化する天候により更に当てづらくなる。
それが撫子が愛す弓という武器だ。
このような不遇武器は他にもあるが、それは別の機会に。
ちなみに短剣はそのような不遇武器ではないが、かなり近距離で戦わなくてはいけない(それも職業的に軽装備で)のでデスゲームであるこの世界では余り居ないのだろう。
この様子じゃ狩人自体が不遇職業になっていそうだ。
「いつまで、グダグダ話しているのだ。私達も狩りを始めよう。」
撫子は普段の表情に戻り歩みだす。
「て言ってもなー。」
歩きながらモンスターを探す。
「こうもモンスターが居ないんじゃ、狩りをしろって言っても無理だろ……。」
見渡す限り人、人、人。
ポップしたと思ったら誰かに狩られていく。
もはやプレイヤーの方がモンスターだ。
「クウマ前見ろ!前!」
「……え?」
撫子に言われたとおりに前を見ると、目の前には巨木が立ちはだかっていた。
「わっわっ」
言われるまで気が付いていなかった俺は当然のごとくぶつかった。
「いっつー」
いつの間にか林の方まで来ていたらしい。
ぶつけた額をさすりつつHPを確認するとほんの少しだけ減っていた。
「え?あれ?これしか減らなかったのか……?」
「どうした?」
俺の言葉に撫子は怪訝な顔をした。
「結構痛かったからもう少しHP減ったのかと思ったんだけどな……。」
技術が進んでからBOTは現実にある全ての感覚を再現するようになった。
空腹感もあるし、匂いも感じることが出来る。勿論痛覚もある。
だが、痛覚だけは忠実に再現してはプレイが困難になるため、弱く設定されていた。
もし死んだ場合でも感じる痛みは転んで擦り傷を作った時と同じ程度だ。
でもこれは……
「もしかしたら現実と全く同じレベルで痛覚が再現されているかもしれない……。なんてな、あくまで仮説だから撫子は鵜呑みにするなよ?」
少し向こうに誰にも狩られていないホーンラビットがいるのが見えた。
やっと、モンスターみっけ。
「よし、あのホーンラビットを倒すぞ。」
返事がない。
撫子は何かを深く考えているようで声が届かなかったらしい。
「おーい」
顔の前で手を振りつつ呼び掛ける。
「ん?ああ、すまん。少し考え事をしていた。なんだ?」
「あそこに狩り残されたホーンラビットが……って居ないし。」
よそ見している間に狩られてしまったようだ。
ホーンラビットが居た近くに3人組のPTが居るのが見えた。
「すまん、今のは私のせいだな。」
「良いって、また次の探せば良いだけだし。」
一度ニッって笑って俺は再びモンスター探しに戻った。
「もし現実と全く同じ痛みを感じるのならば、戦うプレイヤーは更に減ってクリアは遠のくんじゃないか……?」
後ろで撫子がそんなことを呟いていることも知らずに。
*****
俺はこういうのを本当のチートと言うのだと思う。
ヒュンッヒュンッヒュンッ バタッ
「ふう。」
一つ息を吐いて撫子は少し離れた所にあるドロップ品を拾う。
そして俺を見てドヤ顔をして言った。
「どうだ。」
「凄いな……三発三中って……。」
俺は素直に凄いと思った。
まだLv.1だっていうのに……。
「ふん、私の腕を舐めるな。何年弓を使ってきたと……。」
「ああ、さっきはあんなこと言って悪かったな。」
「べ、別に気にしていない。調子狂うな。……ッ!?」
突然、撫子の足元に穴が開いた。
撫子が消える。
「しまった……、そこは俺が――。」