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End Days ~再会~  作者: 木村 瑠璃人
7/11

7.母親


    × × × ×


 プルルルルルル  プルルルルルル

 プルルルルルル  プルルル


 ガチャッ


『――――もしもし?』

「………………お久しぶりです、××さん」

『………誰、でしょう?』

「…高城、リョウです」

『――あなた……………!』

「昼間から、連絡したりなんかしてすみません。どうしてかけてきたかは、聞かないでください」

『………………………………』

「あの時は、すいませんでした。俺の不用意な行動のせいで……」

『………………………………』

「俺を責めてくれても、このまま電話を切ってくれても、かまいません。でも、その前に聞きたいことがあるんです。かまいませんか?」

『………………………………』

「…………っ。申し訳ありません。俺、考えてみれば××さんと話す資格なんて、ないですよね。俺のせいで、随分と…………」

『――――いえ…いいんですよ、もう。私も、あの子のことであなたに随分とひどいことをしてしまったから』

「いえ、こちらも、それは受け入れてます。責任は、俺にあるんですから」

『責任があるとは言っても、いくらなんでもあれは、やりすぎだったわ』

「いえ、いいんです――――」

『………そう………なら、せめて会って話させてくれない?』

「今から、ですか?」

『ええ。そちらの都合が付けば、だけど』

「大丈夫です。でも、どうして――――?」

『あなたと同じで、私にも聴きたいことがあったから、この機会に。………かまわない、かしら?』

「…………………………かまいません。どこで、お会いすれば?」

『駅前で、どう? 出てこられる?』

「ええ。時間は、どうします?」

『十五分ぐらいで、そこまでいけるから、二十分後に』

「わかりました。では、二十分後、また」


 ピッ

 ツー、ツー、ツー


    × × × ×


 どこの町でも、駅前というのは大抵活気があると相場が決まっている。流通の通信、移動手段として最も足るものである電車がデイ入りする駅は、どこでも重要なものになるからだ。

 駅があるところなら、それはどこも変わらない。

 それはつまり、俺の町でも。


 オープンカフェ 『アルギノーニ』。

 そこで、俺は待ち人を待っていた。

 電話をかけてから、すでに十八分。

 ダイヤグラムのとおりに運行されているとすれば、あと一分でバスが来る。

 午後に入って、一時間。つまりは昼の一時。

 交通の中心である駅前といえど、この時間帯はいつもガラガラであり、それがさらに平日ともなれば閑散としていて当たり前である。

 当然、午後の授業はサボってここへ来ている。


 が、そんなことはどうでもいい。

 そんなこと、もう下界の都合だ。

 今は、あの人を待っていればいい。

 ホットコーヒーの水面を見つめて。

 向こうが、話しかけてくるのを。


 …………大型車両の、エンジン音が聞こえた。

 茶色みがかった黒の水面が、わずかに振動で揺れる。

 ブレーキ音。

 ドアの開く音。

 足音が一組。女性のものだろう。音が男物の靴ではありえないほど硬く、そして軽い。

 ドアの閉まる音。発車音と再びエンジン音。

 近づいてくる、足音。

 その足音は俺にじっくりと近付いてくる。

 そして、


「……………久しぶりね」


 声が、かかった。

 反応し、俺は顔を上げる。

 薄手のシャツに、デニムのズボン。足元はローファー。年齢不詳の、何処か若々しい印象の女性だ。

「………ええ。三年ぶりぐらい、でしょうか」

 彼女が、俺の正面の席についた。

 寄ってきた店員に、紅茶を注文する。

 そして俺は、その人物に向き合い、

「…………あらためまして、

 お久しぶりです。片原さん」

 俺は、『あいつ』の母親と挨拶を交わした。



 俺が『片原』を名乗っていたのは、それが『あいつ』の苗字だったからだ。

 昔、俺は思った。自分はきっと、このままでは『あいつ』のことをすぐに忘れてしまう、俺が『あいつ』と関わっていた証が消えてしまう、と。

 なら、忘れないようにするにはどうすればいいのか。

 思いついたのが、これだった。

『あいつ』の名前を名乗ること。

 それが、まだ小さかった俺にできた最善の策だった。

 それが今まで続き、その当時からの友人や、事情を知っているもの、あるいは誰かがそう読んでいるのを耳にした人物、例えば時瀬や幾夜、保健教師などは俺を『片原』と呼ぶ。


 だが、今はもう必要ない。

 一時的にせよ、『あいつ』が蘇ってきている以上は。

 俺はもう、『片原』である必要がない。


「電話でも言ったけど、話というのは、あの子のことよ」

「あいつの、ですか?」

 俺は今、『高城』だ。

「まず、言わせてくれるかしら? 私は、もうあの子のことで、あなたを責める気はないって」

「…………それはまた、どうして?」

 コーヒーを一口。

 あの日のことを、俺はよく覚えている。


 あの日、俺は片原さんに思い切り殴り倒された。

『あいつ』の葬儀の際、片原さんに対して俺はすべての事情を話した。時瀬の言葉のこと、俺がどう思ったか、そして『あいつ』に対してどんな風に接したか。

 そしてすべての説明が終わったとき。

 俺は頬に痛みと強烈な衝撃を感じ、気がつけば床に倒れていたのだ。

 そして、耳にした言葉。


『許さないから』。


 罪悪感しか、感じなかった。

 痛みも、悲しさも、辛さも、いたたまれなさも、何一つ感じることなく、俺はその際に罪悪感の固まりになっていたのだ。

 一生許される事はないだろう。そう思うほどの。

 しかし今、

 俺は、許された。

『あいつ』の、母親に。


 特に間を挟むことはなく、片原さんは言葉を続けた。

「忘れるわけじゃない。けど、このままではいけないと思ったから」

 片原さんも紅茶を一口。ストレート派らしく、砂糖もミルクも入れていなかった。

「確かに、そのほうがいいのかもしれませんね……………」

 過去をいつまでも引きずっていては、ならない。

 過去というのは、文字通り『荷物』なのだ。

「言っておきたかったのは、そのこと。

 私はもう、あの子のことを『過去のこと』にした。

 あなたも、そうしたほうがいいんじゃない?」

 意外な一言だった。

 俺にとって『あいつ』は友人だ。だから俺のせいで死なせてしまったという強烈な罪悪感さえなければ、きっともうとっくに忘れてしまっているだろう。

 しかし、片原さんは違う。

 片原さんにとって、『あいつ』は『一人娘』なのだ。

 それも『他人の手によって死んで』しまった、存在。

 それを、果たして三年間で過去に出来るものなのだろうか。


 虚を付かれ、一瞬反応が遅れた。

「――。俺も、ですか?」

「そう。あなたも、ずいぶんとあの子に縛られているでしょう? あなたの友達から、聞いたわ」

 言って片原さんは俺の左手首を見た。

 袖口からちらりと覗く、白い包帯。

 それだけで、連想のキーワードとしては十分すぎるだろう。

「……いつですか?」

「……………昨日のことよ。あなたが、あの子が帰ってくるのなら自分の命でも投げ出してしまいそうだ、って。

 びっくりしたわ。あなたがそこまで罪悪感を抱いてるなんてね」

「ええ…………」

 だから、

「罪悪感だけでなく、喪失感も、覚えました。死んでしまいたいと、思うぐらいに……」

「……………………そうだったの」

 実のところ、俺は心のどこかで時瀬を恨み、また感謝もしていた。あいつの言葉があったからこそ、俺は今日という日まで生きてこられたのだから。

 そうでなければ、今の体験はない。

『あいつ』との、再会は。


「――――私も、一度だけそう思ったわ」

「片原さんも、ですか?」

 持ったままだったカップをソーサーに戻す。

「ええ。一昨年の、あの子の誕生日に」

「……………それで、どうしたんですか?」

 いたずらっぽい笑みを浮かべる片原さん。

「見ての通り、生きてるわ。死んだら、あのこのことを覚えてる人が減ってしまうし、それに、あの子はそれを望んだかしら? そう思えてきて、ね」

「―――――――」

 やっぱり、片原さんは俺より大人だ。

 自らの望みと他人の望みを天秤にかけられ、そしてその結果がどれだけ自分にとって辛いことでも、思っている人の望みを優先できる人。

 できることなら、俺もそんな風になりたかった。


 俺のそんな心中を呼んだのか、片原さんは苦笑した。

「関心なんて、しないでね。単に度胸がなかっただけだから」

「いえ、けど、そう思ったのは事実なんでしょう? 俺も、そんな風に選べれば…………………」

 あくまで推測だが、恐らく今俺が直面してる問題が俺にとって最悪の選択がなされる形で解決されてしまった場合、今度こそ俺は壊れてしまうだろう。

 しかし、そちらを選んだことで変化するのは俺の心中。

 どんな精神状態になるにせよ、俺はまだ生きているだろう。

 そしてそれこそが恐らく、『あいつ』の望みなのだ。

「……………、……………じゃあ、そちらの用件に移りましょうか」

「俺の、ですか?」


 ええ、と片原さんが上品な仕草でうなずく。

「私か、あの子のことで何か聞きたいんでしょう? 電話でもそういっていたじゃない」

「…………………………」

 俺の用件は、つまるところひとつだけだ。

「聞きたいことが、あるんですよ」

「それは、あの子のこと?」

 コーヒーを一口。

「はい、『×××』のことで、二つほど」

「――答えられる範囲でよければ、答えてあげる。

 それで、何が聞きたいの?」

「たいしたことではありませんけど、

『アコヤ』という言葉に、聞き覚えはありますか?」


「……………『アコヤ』?」

 そう、アコヤだ。もしかすれば、あの陰のような少女は片原さんのところにも訪れているかもしれない。

 可能性としては極々低い。


 しかし、万が一片原さんの下にアコヤが訪れていて、

 億が一、すべての事情を教えられていて、

 兆が一、それを現実だと認識していたとすれば、

 果たして、そこで何を願うんだろうか。


 過去の存在となった自分の娘に、再び会いたいんだろうか?

 もしそれを望んでいるのなら、俺は……………

「……………………………よく、覚えてないんだけど。去年、あの子の遺品を整理してたら、小さな包み、というか袋が出てきたの。そこの中に、小さなメモが入ってて、そこに確か『アコヤ』と…」

 メモ?

 袋?

 いったい、なんなんだ?

「その包みの中に、ほかに入っていたものはありますか?」

「確か、小さな、ピンクパールが入っていたと……………」

 ピンクパール…………?

「そんなものを持っていたという記憶はないんですか?」

「ないわ。あの子、そういうのほしがらなかったし、私も持ってなかったから」

 なおさら不可解だ。

「それ以外で、『アコヤ』という言葉は?」

「聞いたことは、ないわね」

「そうですか……………」


 と、なるとあの少女は片原さんには接触を取っていないわけだ。

 直接的に相談するわけにはいかないだろう。

 あいつが帰ってきたら云々も、まずいかもしれない。

 せっかく過去のことになりかかってるんだ。下手に思い返させないほうがいいだろう。


 しかし、こればかりは聞いておかねばなるまい。

「もうひとつ、いいですか?」

「何かしら?」

「もし、あいつが蘇ってくる手段があったとして、」

 一息の間。

「片原さんなら、どうします?」

「……………………」


 片原さんは、沈黙していた。

 考え込んでいるのだろうか。

 それともこちらの心中を模索しているんだろうか。

 あるいは激怒する前触れなのだろうか。

 そのどれでも、俺は受け入れてしまいたい。

 それは、片原さんの中で、あいつがどう変わったかの答えになるのだから。

 そして、

 片原さんが、どっちを望んでいるかの答えになるのだから。

「………………………」

 ずいぶんと長い間沈黙している。

 何を考えているんだろう。

 バスが一台、到着する。そしてそこで乗客を吐き出し、再び出発。

 それだけの間をおいて、ようやく片原さんは口を開いた。


「……………どうも、しないんじゃ、ないかしら」

「どうして、ですか?」

「もし、そんな手段があったとしても、あの子は帰って来たいと思うかしら? きっと、あの子のことは、このままにしておいてあげるのが一番じゃないかって、思うの」

「……………………」

「それに、もし帰ってきたとしても、つらいだけじゃないかしら? あなたにとっても、私にとっても、ね」

 返す言葉もなかった。


 確かに、そうだろう。

 あいつに会い、贖罪の言葉を並べ立てたいという衝動に、ほんの数日前の俺は常にさらされ続けていた。

 さらされ続けていて、いつか本当に狂ってしまうのではないかと心配されるほどに。

 けれど、その後は? 

 今まで存在しなかった人間がそこに存在するとしたら、それはただの苦痛にしかならないのではないか?


「自分の望みと、人の望みはいつもすれ違うものよ。自分にとっての最善が、相手にとっての最悪になっているかもしれない。相手がこちらを思って行動した結果が、自分に傷を負わせることにつながっているかもしれない。

 何かを望むって言うのは、そういうことよ。

 だから、私はきっとあの子が帰ってくることを望んでいたとしても、それをかなえる手段があったとしても、使わないと思うわ……………」


 ポツリつぶやき、辺りを見回す。

「どうかしました?」

「いえ、きっと気のせいね。

 とにかく、私はそれができたとしても、それをやらない。それに、そういった行動には絶対何かしらの代償が付きまとうものよ。その代償を払うだけの覚悟が、私にはないわ…………」

 片原さんは、とても辛そうな表情をしていた。

 今にも、泣き出してしまうそうだと、俺が感じてしまうほど。

「聞きたいことは、それだけかしら?」

 普通の表情を装い、俺に尋ねてくる。

 それが俺の罪悪感を刺激し、妙に居心地が悪くなったような気になった。


「…………はい。今日は、すいませんでした……。こんな時間に、こんな話をするために呼んでしまって……………」

 コーヒーを一口。

 片原さんは微笑んでから、俺と目を合わせた。

「いいのよ。私も、そろそろあなたと話しておかなければ、って思ってたし。ちょうどいい機会で、こっちも助かったわ」

 向こうも紅茶を一口すすりこむ。そしてカップをソーサーにおいて、

「そちらさえよければ、学校の事を聞いてもかまわない?」

「いいですけど、なぜ?」

「いえ、ちょっとした興味本位よ。電話してきたあなたの友達、あまりにもあの子にそっくりだったから、確認に」

「…………………………………」


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