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End Days ~再会~  作者: 木村 瑠璃人
6/11

6.友話


    × × × ×


「………時瀬、話がある」

「…………はい?」

 翌日、教室に顔を出すなり、俺は時瀬にそういった。

 時瀬は俺の問いの意図が正確につかめないのか、いつもどおりの笑みにわずかな困惑を混ぜて、

「――――いったいどういう風の吹き回しですか、片原君? あなたのほうから僕に話しかけてくるだけでもかなり驚きなのに、あまつさえ『話がある』?」

 椅子をスライドさせ、俺のほうに全身を向ける。

「一体、何があったんです?」


 順当な問いだろうな、と内心で思う。

 普段はつかみどころのない態度でこちらを受け流しつつも、本気で何か用があるときは決して逃げない。それがこの、時瀬貢という名の人物が持つ性質だ。付き合い自体は相当長いものだが、その付き合いの中で最も気に入った時瀬の性質といえばこれぐらいだろう。後は―――妙に勘が鋭い一点だけか。

 なら、

「いろいろあった、とだけ言わせてくれ」

 このわかりにくい言い方でも、深く詮索したりはしないはずだ。

 案の定時瀬は考え込むようにあごに手をやり、そして少しの間を持つと、

「……………考えうる可能性はいろいろありますが―――突っ込みは抜き、ということにしておきますよ、片原君」

 それだけ言うと、姿勢を崩した。


「それで? 僕に対して持ちかけたい話というのは、一体何なんですか?」

 俺は手元にもったままになっていた学生鞄を探り、それを取り出した。

 一冊の、大学ノート。

 高浜幾夜の、『あいつ』の世界。

「――――とりあえず、これを読んで判断してくれ」

 これを読めば、時瀬にもわかるだろう。

 同じ時間をすごしていた、こいつなら。

「……………なんですか? これは」

「それもとりあえず、読んでから判断してくれ」

 怪訝な表情を浮かべつつ、それでもきっちりノートだけは受け取ってくれる時瀬。こういう細かい点に関しても律儀なのが、こいつの美点なのかもしれない。

「………………………わかりました」

 言いながらノートを机の中へ。

「授業中の空き時間にでも、読ませていただきますよ。聞きたい事は、これを読めばおのずとわかるんですね?」

「――――ああ」

 その点だけは保障する。間違いなく、時瀬はあの一点に気づくだろう。


 ――――あの後、俺はあの泉を訪れた。

 意味は特にない。単なる感傷なのかもしれないし、情けない逃走なのかもしれないし、もしかするとここへ来ることで何かが起こることを期待していたのかもしれない。とにかく俺は、あの後本当に病院へ行って(メモの内容に嘘はない)、そしてあの泉に向かったのだ。

 俺の家で飼い猫と化している、拍手の手によって発見された泉。

 病院へ行って来るという書置きを残し、家を出た俺の足はどういうわけかそこに向かい、特に何もすることなく、かえってきた。

 帰ったとき、幾夜の姿は消えていた。

 和室の中に残っていたのは、律儀にたたまれた布団が一組と、俺の鞄がひとつ、そして新たな書き込みがされたメモだけだった。

 内容は、こうだ。


『読んでくれたなら、全部わかったよね?

 最後の夕方、あの崖で待ってる。

 どんな結果になっても、私は後悔しない。

 リョウ君も、そのつもりで決断して。


 どっちが生きることになるのか、決めるつもりがあるなら』


 最後の日の夕方。

 あの崖。

 そこで、全部が決まる。

 決める。

 残された、一日ちょっとの間に。


「……………しかし、なんというか――――」

 ため息交じりに、時瀬。

「幾世さんに会ってからまだ片手で足りるだけの人数しか経っていないのに、随分と入れ込んでいますよね、片原君」

「……そうか?」

 ため息ではなく、今度はあきれたような笑みを浮かべる時瀬。

「ええ。一人の人物、しかも女性に対して友好関係を結ぶなんて、大きな変化じゃないですか。少し前の片原君なら、絶対にそんな事は自分に許容していませんよね」

 …………。


 そうかも、しれない。

 俺は実際、異性と話すのは苦手だ。

 事務的な会話を二三交わす分には問題ない。ちょっとした世間話程度なら、何度かしたことがある。しかしそれ以上となると、精神のほうに拒絶反応が出てしまうのだ。

 ある程度の関係になって、向こうがこちらに対して好意を持ってしまったら――――

 考えたくもない。

 それだけ多くの影を、『あいつ』は俺の人生に落としているのだ。

「『彼女』を思い続けるのは結構です。しかし、そこまで強烈に思い続けるとなると、もはやそれは想いではなく呪いと呼ばれてしかるべきではないですか?」

「…………………」

 呪い、か。

 言いえて、妙だ。


「『彼女』の葬儀の直後、僕はひとつのことを恐れたんですよ」

「何をだ?」

「片原君の、死です」

 …………。

「『彼女』を失ってしまい、周囲からそのことを責められ続けた片原君は、正直なところ旗から見て気の毒なほど磨耗してしまいました。そしてその中で、間違いなく膨大な罪悪感を抱くであろうことを、僕は予想したんです」

 大当たり、だ。

「どうすれば留められるか、考えましたよ。で、行き着いた先が……正直なところ、かなり言いづらいものでした」

 それは、

「僕も、片原君を責めることにしたんです」

 なるほど………………

 あの葬儀で聞かされた言葉の中で、俺がもっとも奇妙だと思ったものの答えがこれだ。

 あの、時瀬の言葉。

 時瀬は何かを押し付けることを絶対にやらない。何かをやらせたいときは絶対に本人がやる気を出すような言葉をかけるし、善意は無理に受け取らせない。

 だから、あの日の言動は妙だったのだ。

 明確にものを言わず、はっきりとその責任の所在を明らかにしない時瀬が、明らかに俺を責めていた。

『あいつ』が死んだ責任が、お前にもある。だから、そのために行き続けろ、と。

 それは、そういう意味だったのか?

「効果は、抜群でしたね」

 いつもどおりに、時瀬。

「よく今まで、生きてくれました」

「……どうしてだ?」

「はい?」

「どうして俺を、生かそうとした?」

 責めるつもりはない。だが、知っておきたい。

 何であの時、時瀬は俺を生かすような選択をしたのかを。

 ゆるゆると、首を振る。

「友人を生かそうとするのに理由が必要ですか、といいたいところですが、今回のにはちゃんと理由があります」

「だから、その理由はなんなんだ?」


「単純な話ですよ。僕は、二人分の記憶を背負って生きる自信がなかった――――」

 …………。

「二人分の、記憶?」

「ええ、二人分の記憶です。正確に言うと、自分の記憶、足すところの二人分の記憶ですから、実質三人分ですね。

 故人を思うがゆえに、その人物のことを常に考えながら行動する。そんな状況を一章続けるだけの自身が、僕にはなかったんです」

「だから、俺に生きていてほしかった、と」

 ええ、と時瀬はうなずく。


「片原君が生きてくれていれば、僕が背負うべき記憶は二分される。『彼女』の記憶は僕と片原君、二人の中に生きることになり、背負うべき重荷も、激減する。だから、僕は片原君を生かしたんですよ」


「―――――てめえ………」

 つまりそれは、それをはっきりと宣言できるという事は、

 お前にとって、『あいつ』の死はどうでもよくて、

 『あいつ』の記憶はどうでも良くて、

 ただ自分が可能か不可能化だけに感心があった、

 そういう、ことか?

「どこまで…………自分勝手なんだよ……!」

 ふつふつとした怒りが湧き上がる。このまま右のこぶしを眼前でニヤニヤ笑っていやがるこのいけ好かない男の顔面にぶち込んでやりたい、徹底的に破壊して二度と笑みなど浮かべられないようにしたい。


「………おっと、僕は一言も、『彼女』の存在がどうでも良かったなんていってませんよ、片原君」

 あと一歩、残り数瞬の間があれば行動に踏み切っていたであろう俺を、時瀬は一言で止めた。

「それはあくまで、片原君を生かそうとした理由です。僕にとっても、『彼女』の死はかなり堪えた――――それは事実ですよ。

 しかし、その後に考えたことが償いではなく自分の保身であった辺り、片原君の予想は、正しいのかもしれませんね」

 視線をそらし、ノートに目をやった。

「いつも、そうなんです。僕という人物は、ね」

 そして感慨深げに一言つぶやいたかと思うと、

 一瞬だけ、確かに時瀬は悲しげな表情になった。

 いつもならば決して見ることの出来ない、その表情。

 俺はその表情に何かをつかんだような気になり、声をかけようとして口を開


 ――――チャイムが、なった。


 タイムリミット。

 こうなってしまった以上、時瀬はもう口を割らないだろう。

「じゃあ、時瀬。ノートに関する話は、また時間が空いたときに。遅くとも、昼休みまでに聞かせてくれ」

「了解しました」

 言うが早いか、俺はさっさと自分の席に着席する。

 …………眠い。

 昨日は考えにふけるあまり、結局一睡も出来なかった。

 午後からは用があって学校を抜けることになるのだ。それも確実に。だったら午前中ぐらい休息に使ったってかまわないだろう。

 そう思い直して、鞄を机の横にかけて机に突っ伏す。


 本日の欠席者、二名。

 見知らぬ人、一名。

 友達 一名。


 今日という日は、それほどがんばりたくなかった。


    × × × ×


 俺が時瀬にたたき起こされたのは四時間目、教師の都合とかで自習になったらしいその時間のことだった。


 ほとんどの生徒が教室から出て点でばらばら、自由奔放な時間をすごしているとき、それも人気が少ないころを見計らって起こされたらしく、周囲に人の姿はない。ちなみに俺は二時間目終了時に目が覚め、その後三時間目の授業を真面目に受けた後、四時間目が自習になったという知らせを聞いた後に再び夢の中に落ち込んだのだ。

 よくこんなに眠れたものだ。

 やはり見えないところで心労でもたまっていたのかもしれない。ここのところストレスの要因には事欠かないような生活を送っているのだ。それぐらいは、もしかすると当然なのかも。

 そのおかげなのか、やたらと寝起きはよかった。俺の寝起きは殺人的なまでに悪い。普段なら、まず会話など成立しないほどの寝起きの悪さだ。悪夢を見たときなどは別だが、今回のは特に悪夢を見ることもなく、寝起き特有のぼんやり感もなし、頭の隅まで澄み渡っているかのような清涼感まで伴っていた。

 

「…………驚きですよ。実に、ね」

 俺の正面から、しかしいつもどおりの慇懃無礼な挨拶を割愛して、時瀬。

 どうでもいいが、寝起きの男に、しかも目が合った瞬間それなのか。

 俺の寝起きの悪さを知ってるくせに。

 まあ、今回のは特別よかったからかまわないけど。

「何が、そんなに驚きなんだ?」

 机に伏せていた顔を上げる。

「…………決まっているでしょう」

 1+1の答えを問われたときのような表情をする時瀬。

 ………なんだろう。それほどにまでわかりやすいことなのだろうか。

「で、これをお前はどう見る?」

 これほど明確な異常もなかろう。

 言われた時瀬は、呆れたときなどによくやる風に首をゆるゆると振り、

「どうもこうも、」

 たまたま空いていた(と、言うかこの教室に今現在いるのは俺と時瀬を除けば一人しかいないので空いているのは当然だ)俺の正面の席に座る。

「あなた、僕が落ちかかったときの話をこれを描いた人物に聞かせましたか?」

 これの作者、つまりは幾夜か。それなら、

「ああ、話した。けど、これを渡される一日前だぞ?」

「それなら納得できないでもありませんけど………」

「けど、何だ?」

 自然と身が前に出る。

「それにしては、あまりに似ていると思いませんか?」

 ノートの表紙から目を上げ、俺と目をあわす。

「俺たちに、か?」


「ええ」

 時瀬は首肯した。

「片原君、あなたはその人にどこまで話しましたか?」

「話したのは、さっき言った程度だ。それ以上は話してない」

「だとしたら、かなり妙なことですね………………」

 考え込むようにあごに手をやる。

「なら、どうしてこの作者は僕があなたに、『物知り』が『彼』にいってしまったことを知っているのでしょうか?」

 おいおい、書いてあっただろう。

 時瀬は見た目どおり聡明な男だ。やる気がないため成績自体はそれほどいいものではないが、こういうやる気が自然と出るようなものに対しては滅法頭もいい。

 の、だが。

 どうやらその評価は下方修正するべきらしい。


「そりゃ、後半に書いてあっただろう」

 書いてあることの意図を読めないなんて、馬鹿にもほどがある。

 すると時瀬はきょとんとした表情になり、

「後半? 崖の上でのあたりですか?」

「違う。下だ」

 下? と時瀬はつぶやく。

 もしかして、こいつ…………

「そんなシーン、ありましたっけ? 僕の記憶によれば、落下してその場で終了だったはずですが……………」

 まさかとは思っていたが、やっぱりか。

「すまん。説明不足だったか。お前の読んだ部分で終わりじゃないんだ、それ」

 言って、時瀬の手からするりとノートを抜き取り、件のページへと進めていく。


「ここだ」

 ちょうど始まりの部分を指し示す。

「なるほど。確かに、見落としていたようですね。拝見します。五分ください」

 いいだろう。その間、お前の表情の観察でもやっているさ。そんな趣味ないけど。

 俺に言うが早いか、すぐさま熟読体制に入る時瀬。こいつはこの状態になったら周りのことが一切見えなくなるほどの集中力を見せるのだ。その間、こちらの言葉には一切反応しなくなり、周りの状況すら見えていないことも容易にうかがえる。

 そんなわけで少しの間退屈することになった俺は、とりあえず時瀬の表情観察でもやっていることにした。


 真剣そのものの表情。

 一切の周囲の状況を締め出すことにより生まれる、驚異的な集中力。

 それによって作られた、究極的なまでに真剣そのものの表情。

 崩れることは、たぶんないだろう。


 その予想が裏切られたのは、十五秒後のことだった。

 それは、歪みだった。


 こいつは大抵、笑ってる。

 今回のように思い切り集中しているときや、一人でいるときを除けば、人と接するとき、まず笑っていると言っていい。

笑い方自体は微妙に含みのあるような、わずかに愛想笑いと思えるようなものなのだが、こいつはそれ以外の表情を他人がそばにいるときに見せることはない。

 仮に不愉快になったとしても、俺以外のものの前で見せるのは不愉快な表情などではなく、いつも苦笑だ。だからこいつは怒らないやつ、という印象がついており、女子生徒からも多大な人気があるのだが、それはこの際関係なく、用はいつもこいつは笑っており、みょーに心の許容範囲が広く物事に動じないやつで、冷静なときの表情以外ほとんど見たことがないということだ。


 その時瀬の顔が、驚愕にゆがんでいた。


 現象に対する驚愕、ではない。

『なぜこれがこんなところにあるんだ』といった、現象に対する、巨大な不自然、理解不能なものに対する驚愕だった。

 そんな表情を形作るとすれば、それはつまり、

 ――――こいつは、その話が本物だと知ってるのか?

 わけがわからない。


 俺は今、時瀬の手にあるノートに書かれていることが本物だと理解できているのは『アコヤ』が目の前に現れたからだ。そうでなければ単にリアルな空想小説だと一笑の元に忘れ去っただろう。


 つまり、本物だという証明が、現実であるという根拠がないのだ。

 早い話が、証拠がない。

 証拠がないとはつまり、現実ではないという根拠になるということ。

 それに対してこの理論で塗り固められているような男が驚愕する? 驚愕したということは、つまりその物語の中に現実であるという根拠を見出したということだ。

 

 それは、なんだ?

 どこから現実を見出したんだ、この男は。

 俺はその疑問を抱えながらも、声をかけることはしなかった。

 あの分量だ。すぐに読み終わるだろう。終わってから、質問すればそれでいい。

 事実、そこから読了までに要した時間はわずかに一分だった。

「………………ずいぶんと驚いてたな、お前」

「ええ……………驚愕せずには、いられませんよ」

 時瀬はノートの、『それは女の子だった』という一文を指し示す。

「特に、この少女については」

 言って時瀬は、それまで驚愕にゆがんでいた表情に笑みをたたえた。いつもの微笑ではなく、飛び切り凶悪な、肉食獣を思わせるような笑みを。


「さて、聞きたいことは大筋検討が付きました。約束どおり、乗れるところまで乗らせていただきますよ、高城君」

 笑みを浮かべたまま、余裕たっぷりの表情。

 それよりこいつ、


 さっき、俺のことをなんて呼んだ……?


「その前にちょっと待て」

「なんです?」

 いつもなら不審そうな顔をするところなのだろうが、今日のこいつは笑みを崩さなかった。

「お前、これは小説だぞ? けど、何で意見交換じゃなくて質問だって断言できるんだ?」

「簡単な話です。つまり、」


 これが現実にもありえると知っているから、


「…………ですよ」

「―――――――――――――っ」


 コレガ

 ゲンジツニモアリエルト

 シッテイルカラ


「さて、聞きたい内容については大筋察しが着いています。ですから、それについて、僕なりの回答を述べさせていただきますよ」

 言いかけた言葉を完全にさえぎられる。

「恐らく、高城君が聞きたいのは『自分がどちらを選ぶべきか』ですね」

「………………っ」

 言葉を詰まらせる。

 肯定も否定も耳にすることなく、時瀬は続けた。

「高城君は自らの命を差し出したい、しかし『彼女』はそれを受け取らない、早い話、自分を殺してくれない。両者の望みが相反するものであるがゆえに、どちらを優先するべきなのかを決めあぐねている。そうでしょう?」

「―――――っ」

 そうだ、と肯定することも出来ず、俺はただ言葉を詰まらせるだけだ。

「では、それに対して僕なりの回答を述べさせてもらいますよ」

 ノートを机の上に放り出した。


「自分の選びたいほうを選べば、それでいいんじゃないですか?」


 自分の選びたいほうを、選べ?

 つまりそれは、早い話。

 向こうの意思を無視しろ、ってこと――――

「けど、あいつは――――」

 そんなことを、しない。

 俺を殺してくれは、しない。

 時瀬は断言するように、続けた。

「彼女の望んでいるいないに何の関係があるんです?」

 実に的をいた意見だった。

「人が望んでいることをかなえることに何の意味が? それが自分にとって最悪のデメリットを生むとわかっているのに、それをかなえるのは愚者のみですよ」

 席を立つ。

 俺に背中を向ける。


「最後にひとつ、言っておきます。

 僕は、二人分の記憶を背負って生きることなんか、したくない。

 先ほども言いましたが、僕はあなた方二人の記憶を背負うなんて事は絶対に出来ない」

 でも、

「どうしても決められなかった場合は、どうぞお二人のお好きなようにしてください。これは、僕のわがままなんですから」

「………何が言いたいんだ?」


「何、ちょっとしたヒントのようなものですよ。役に立つかどうかはおいといて、ですが」

 二人分の記憶を背負う、ということは早い話、俺と『あいつ』、その二人が同時に死亡した場合のパターンだ。つまりそれを上kると言う事は…………

「俺が、心中するとでも思ってるのか?」

「最終的にはそれもありだといっただけですよ。では、僕は昼食に向かわせていただきます。明後日も、無事に会えるといいですね」

 そんなことと、

 冗談めいた笑いを残し、

 時瀬は教室から出て行った。

「…………………………」


 はっ、と俺は笑う。

 まったく、相談なんてするものではない。まったく話が進まなかったどころか、余計にややこしくなってしまった。

「自分の選びたいほうを選べ、か」

 それができないから、相談しているのに。

 おまけに最終手段としては心中もありだってか? そんなことすれば、本気で共倒れじゃないか。出来るわけない。

「あ〜、わけがわからん」


 結局、あいつはどっちを望んでるんだ?

 俺が残るほうか、それとも『あいつ』が蘇るほうか。

 あるいは、どちらでもかまわないのだろうか。あいつにとっては両方友人だし、どっちが残ったとしてもあいつの背負うものは何一つ変わらないのだから。

 一人分、その半分の、記憶。

 分量も何一つ変わることなく、あいつは生きることが出来る。

 なら、あいつに決断の相談を持ちかけたのは間違いだったのだろうか。

「……………………」

 あいつは、どちらでもいいと言った。

 しかし、

 ――――あの人なら、なんていうだろうな…………

 なんというかは、不明瞭だ。

 しかし、恐らく。

 時瀬とは違った、明確な回答を導いてくれるはずだ。

 俺は無心で眼前のノートの裏表紙をめくった。

 そこには、文字。

『あいつ』の筆跡で書かれた、言葉。

 俺はそれを少しの間眺め、

「………………」

 無言で携帯電話を取り出た。


    × × × ×


 最後の日の夕方、全部決めよう。

 私は、もう決めたから。りいも、決めて。

 どんなことになっても、後悔しないから。


 いつもの場所で待ってる。


 P.S  必要なら、ここに電話してください。

    きっと助けになるから。

    ××××―××―××××


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