曇り防ぎ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
曇る。
天気のことであったり、表情であったり、心の状態であったり、よく知られる表現だと思う。
いかにもすっきりとしない。それどころか悪化に転がりかねない、ちょっと不安定な感覚。さりとてどちらに振りきるでもない中途半端。
気質もあるかもしれないが、結論が出ずじまいの宙ぶらりん状態ていうのが、心理的に助かる場面もなくはない。合否通知とか、早く届いてほしいような、届いてほしくないようなあいまいな状態で漂いたい、と思っちゃうことないかい。
曇りとは、何かをカバーして結果にたどり着けなくするもの、と僕は個人的に考えている。ゆえに曇るという現象が起こる時は、こちらを邪魔したい何かがある、ということじゃないかとね。
極論、と思うかな? なら僕の昔の体験を聞いてみないかい?
冬の日に、吐く息が白くなる経験。おそらく多くの人が体験しているんじゃないだろうか。
温度の差によって起こるこの現象は、冬以外はさほど寒くならない地域に関しては期間限定の不思議な体験のひとつだろう。
けれど、小さいときの僕はときどき、年中白い息を吐くことができるときがあったんだ。それが自分の体温に迫る猛暑日であろうとも。その口から、まるでスプレーの噴射のごとき白いもやが吐き出されていったんだ。
最初は自分の特技と認識していたよ。これまでみんなが特技を披露する中で、自分だけこれといったものを持っていなかったらね。いつも、100パーセントの確率ではなかったとしても自分だけができることがある、というのは心の支えになるものだよ。
特別、意味があるとは考えていなかったのだけど……とある一日で、僕の印象はがらっと変わることになる。
夏休みのとある一日。
寝苦しくて、一晩中よく眠れなかった僕は、ほぼ徹夜状態で早朝に布団から抜け出てしまった。
夏場ということもあり、掛けていたのは薄いシーツが一枚。それをはねのけ、パジャマ姿で部屋のテレビのもとへ。いつもつないでいる、据え置きのゲーム機へ手を伸ばした。
ややもすればゲーム漬けになるのを警戒され、親には注意されがちだが、この早朝であるなら話は別。親が起きてくる時間帯はおおよそ把握しているし、それまでにはまだ猶予がある。これだったら文句をいわれる心配もあるまい……と、いま攻略を進めているゲームを始めたのだけど、ほどなくおかしいことに気づく。
テレビが、やたらと曇ってしまうんだ。
僕の呼吸のたびに、まともに状態を確かめられないほど画面が隠されてしまうのをみて、原因が吐息と思いあたった。
何度画面を拭っても、すぐに曇る。これじゃゲームどころじゃなく、中断したけれども僕の吐息異状は止まらない。
手で口と鼻を抑えたり、マスクで隠したりしてもダメなんだ。どこからか漏れ出しているらしき息が、顔の向かい合っているところを白く覆い隠してしまう。
それが部屋の壁や天井などでもお構いなしだ。蜘蛛の巣が張ったかのような曇りがたっぷりと被さり、いくら拭っても息がかかれば元通り。
呼吸を止めるにしたって限度がある。やがて僕は耐えられずに息を吐き、そのたまりにたまった息でもって、新しい銀世界を部屋の中へ作っていく。
しかも拭うたびに曇りはどんどんしぶとくなっていき、ついにははがすことができないまま、僕は真っ白い空間に閉じ込められるかっこうに。
――これは本格的にまずいのでは?
ついに部屋を脱しようとする僕だったけれど、とたんに地震が襲ってくる。
立っていられないほどの強い揺れ。思わず、身を伏せる僕だったけれど、不思議と周りの家具たちが倒れてくることはない。
かわりに息のかかった壁や天井に微細なひびが入っていく。四方からまるでわしづかみにされているかのようだった。
ぱらぱらと破片が落ちてくるほどになり、さらに10秒ほどだったろうか。
ぴたりと揺れが止むや、部屋の曇りも僕が触らないうちからどんどん消え去っていったんだ。
あの曇りがなかったら、僕は部屋ごと押しつぶされていたんじゃないか、と思っている。
となると、白い息は僕の身体なりの防御機構だったのだろうか。




