暴走の代償と動き出した運命
時は止まった。
ブラッドハート様とフィル王子は硬直してしまった。
側近や護衛兵達も、ざわめいた後で硬直した。
私も心臓が止まりそうなほど緊張して硬直した。
だけど、こうしないと。私がストーリーを変えるには――!
「はははっ」
ブラッドハート様が高笑いした!
体中に響いて刺激をくれる、かっこいい笑い……
気持ちいい、もっと高笑いしてください……私の言ったことで楽しそうにしてくれるなんてっ……幸せ!
私の願望と感動に気づかず、ブラッドハート様は笑いをおさめた。
「フィル王子との婚約は破棄する、か。平和を謳う、か弱い王子とは一緒になりたくないか?」
なんて、直球な問いかけ!
"はい。平和を奪う強いブラッドハート様と一緒になりたいです"
そう答えそうになって、慌てて心と体にブレーキをかけた。
そんなもどかしい動きをする私を見て、ブラッドハート様はまた面白そうに笑い、フィル王子がまた睨んだ。
フィル王子――
そうよ、フィル王子と一緒になりたくないからじゃない。
「違います!」
私は二人に割って入るように、ブラッドハート様の前に一歩踏み出した。
「私は……ブラッドハート様が好きです!」
それを伝えに来たんだから。
私の真っ直ぐな想いで死の運命から救う!
届いて! 見て! この恋する桃色の瞳!
ブラッドハート様を射止めて――!
射止めくれたの……?
とにかく告白に衝撃を受けたのは、ブラッドハート様の瞳が見開かれ、細いのに力強さもありそうな指先が震え、黒靴の足元がふらついたことでわかった。
私が! ブラッドハート様の心と体に影響を与えた!?
あっああっ……! 私も影響を受けてどうにかなりそうっ……
動揺して揺れる視界の端に映るフィル王子は、時が止まったように動かない。
私は鼓動が激しすぎて、見えるものさえ動いて見える。
緊張と興奮に息が上がって再び呼吸困難になりそう。体が、特にブラッドハート様に見つめられる顔が熱い。きっと真っ赤になってる。恥ずかしい!
ブラッドハート様の顔も、さっきより血の気があるように見える……
もう一度、恋する桃色の瞳で見つめながら伝えよう……
「ずっと、好きでした」
告白するのは初めてで、そんなありふれた言葉しか出なかった。
私の必死な瞳を見つめ返してくれるブラッドハート様は、なぜか冷静な様子に戻っていく……?
「ずっと? 初めて会ったはずだが?」
「えっ」
そうだった!
ブラッドハート様とフロンティアは会ったことがなかった!
それどころか、生まれてから死ぬまで一切接点もない。
「あ、えっと」
あたふたと、どう言えばいいか考える。
「噂を聞いていたし、どこかで、会った気がして……!」
とりあえず、そう答えると。
ブラッドハート様がまた少し、驚いた顔をした。
けれど、すぐに冷たい表情になった。
「勘違いだろう」
ブラッドハート様は横を通り過ぎた――
もう、私には目もくれず、フィル様の前に立った。
「全く、とんでもない話になったものだな」
なにも応えないフィル様に、ブラッドハート様は背を向けて扉に向かっていく――
「会談どころではないな。今日は引き上げる」
ブラッドハート様は言い残し、側近と護衛兵を連れて出て行ってしまった。
「ブラッドハート様……」
あぁ、行ってしまった……あっという間に姿が見えなくなってしまった……
言い残した貴重な言葉を思い出してみよう。
今日は引き上げる? 会談は終わったってこと?
交渉決裂にはならず、無事に延期された!?
よかったぁ〜〜! だけど。
ブラッドハート様が帰ってしまう!?
「フロンティア」
追いかけようとした私を、フィル様が呼び止めた。
振り向くと、眉を寄せた怖い顔で私を見ていた。
「こんな屈辱を、まさか、君から受けるとは」
怒りを抑えた声と態度に、私の体は強張った。
キッとした瞳に射抜かれて、ビクリと体が震えてしまう。
「君のような女には、私から婚約破棄を申し渡そう!」
婚約破棄を突きつけられるのが――こんなにショックなんて。
自業自得だし、これでよかったはずなのに胸が痛い。
「さあ、帰ってくれ。私も帰って会談のやり直しを考えなければならない」
「ごめん、なさい。こうする以外に……」
私の震え声は、フィル様に聞こえていないようだった。
どうしようもない、最悪の空気だけど。
とにかく……これで……
フィル王子と私は婚約破棄して、会談はもう一度やり直し。
本来の物語にない展開になった――
一体、これからどうなるの。
どうすればいいの。
暴走して告白してそれから、何も考えてなかった。
「フロンティア、君とはここでお別れだ」
放心している私に、フィル王子が背を向けながら言った。
「ブラッドハート王子の元へでも、何処へでも好きに行くといい」
私を突き放すように目も向けずに……孤立したのを実感する……これからは一人で運命に立ち向かわなきゃいけないのね。
覚悟はできてる。私はブラッドハート様のために存在するんだから!
フィル王子とはここでお別れ。
祭壇の前に立ち尽くす後ろ姿が気になる、フィル王子もこれから一人で……?
「フィル様、私のせいで、あなた様はこれからっ……」
どうするの?なんて聞いたところで。
"君には関係ない"って返されそうだけど……
フィル王子は、少しこちらを振り向いた。
「私は今から、シルビアに会いに行く」
「シルビアに!?」
フィル王子から、その名前を出すなんて。
「君と婚約する時に、シルビアを傷つけてしまった。選ぶ相手を間違えたと謝らなければならない」
選ぶ相手を間違えた……
確かに小さい頃から、私達三人は仲がよくて、フィル王子の婚約相手は私かシルビアかと言われていた。
フィル王子は今度はシルビアと……
そう、こうなってよかった、これも望んでいた展開。
私はフィル王子に謝罪のお辞儀をして、扉に向かった。
シルビアと幸せになってください。婚約のいざこがが起きるまでは良い子だったし、悪役令嬢はヒロインより、本当は性格も良いはずだから――
外に出ると、ブラッドハート様は……
居ない!!
帰ってしまった? シルビアと会ってしまう!
追いかけるべく、馬車へ――!
レビーが待ち構えていて、勢い余った体を受け止めてくれた。
「追いかけないと、ブラッドハート様をっ」
「落ち着いてください、フロンティア様」
心配そうな顔で言いながら、髪とドレスを整えてくれた。
「そう、落ち着かないと」
何度か深呼吸して息を整えよう。
「よろしいですか?」
「はい」
答えると、レビーが馬車の扉を開けた。




