推しのために婚約破棄!
教会に向かって急ぐ馬車の中で、シルビア嬢のことを考えた。
フィル王子と結婚できなかった憎しみから、敵国のブラッドハート様と結婚して、一族を率いてバルダンディア国に寝返る。そして、ブラッドハート様亡き後、フィル王子の恩赦を拒否して、自ら命を断ってしまうシルビア……
彼女と会談に向かう前に会いたかったけど、時間がない。
会って、私はフィル王子とは結婚しない、ブラッドハート様が好きだと伝えておきたかったのに。
今から、フィル王子との婚約を破棄しに行くと。
窓に顔を向けて、通り過ぎる景色を見る私を、向かいに座るレビーが心配そうに見つめてくる。なにも言えなかった。
約束された幸せを捨てに行くなんて。
敵国の王子と結婚したいなんて。
レビーをはじめ、フロンティアに関わる人達を、巻き込まないのは無理でも、極力迷惑をかけないようにしなければ。
最悪孤立する覚悟をして、ゴクリと息を呑んだ。
さっきから、少し喉が痛い。
石造りの重厚な教会に到着し、レビーの手を借りて馬車から飛び降りた。
そのまま扉に走り寄った私を、二名の兵士が両側から止めた。
鎧の腕で押し返されると痛い……冷たく固く阻む鉄の壁みたい、でも、この先に、ブラッドハート様が居ると思うと興奮材料にもなっているわ!
「開けてください! フィル様!」
兵士を体で押し返しながら、思い切って扉を叩いた。
声は届き、扉が開かれてフィル王子が現れた。
金髪碧眼の整った顔、スラリとした細身に濃紺の軍服を纏った、絵に描いたような王子様。
「フロンティア! なぜ、ここに?」
彼の性格を思わせる柔和さのある声が、驚きに満ちてる。
「フィル様、お話したいことが、あります」
彼の返事を待たずに、教会に入った。
ステンドグラスの光に照らされた祭壇の前に――
ブラッドハート様が居た。
美しく輝く長い銀髪に、鋭く輝く銀の瞳。細面の完成された顔立ち。冷酷さが血の気のない白い肌から、少し眉を寄せた隙のない眼差しから、引き結んだ綺麗な唇から、びしびし体を鞭打つように伝わってくる。
遠くからでもわかる逞しい長身に、金の肩章と飾緒のついた漆黒の軍服を纏っている立ち姿も、近寄りがたい強さと完璧さがある。
これが、ブラッドハート様……私の全てを捧げる方。
震えながら、惹きつけられるままに近づいていた。
「フロンティア、待つんだ」
フィル様が後ろから近づいて来た。
それでも、立ち止まれずに足が進む。
ブラッドハート様も近づいてくる! その姿にまた、目を奪われた。
彼も、私の姿を見てる! どんな風に見えてるの!?
わからない、緊張でただ震えてしまう。
「一体、何の用だ」
ブラッドハート様の低い声の厳しい響きに、ハッとなった。
「……っ!」
私に話しかけた!?
信じられない驚きで心臓も息も止まってしまった。
脳だけが働いて全神経を耳に集中させて「一体、何の用だ」を記憶してる。この先いつでも、ブラッドハート様の声を無限再生するために!
「っはぁ、あ……!?」
はああああ! 無限に息は止めていられないから呼吸をしたら、ブラッドハート様の匂いがした!
空気の中に確かにブラッドハート様を感じる、私、ブラッドハート様を吸ってる!
「はっ……!」
急いで息を止めた。
もっと吸いたい! でも、私なんかがブラッドハート様の空気を吸うなんて! でもっ、ブラッドハート様も息をしてるのが見える、同じ空気を吸いたい!
迷いが呼吸困難を招き、前屈みになってしまった。
「どうした?」
ブラッドハート様の怪訝そうな声が!
「どうしたんだ? フロンティア」
フィル王子の焦ったような声も。
顔を上げて、早く、何か答えなきゃ……!
「な、なん、でも……っ!?」
声が出ない!
さっき、思い切り歌ったり泣いたりしたせい!?
声が枯れてしまった!
私の絶望の顔を、ブラッドハート様がじっと見てる。
「果敢に飛び込んで来て、今さら、そんな顔をするとはな」
ブラッドハート様が私を冷たく嘲笑う。
悪役にはやっぱり、冷笑がよく似合います――!
この状況でそんなことを思ってしまった私を、フィル王子が体で庇ってくれながら、ブラッドハート様を横目にキッと睨んだ。
険悪な雰囲気になりそう……
二人が対立しないように、なんとかしないと!
声を出そうと、咳をしてみる。
すると、私を見る二人が目を見開いた。
「病か?」
ブラッドハート様が腕を組んで、怪訝そうにだけど、慎重な口調で聞いてきた。
私を心配して? 尊い、尊すぎて、生命力がみなぎり、健康体に戻れました!
「フロンティア?」
フィル王子が私の肩に手をおいた。
そちらを見ると冷静になれて、急いで首を横に振った。
「違い、ます」
よかった、声が出た!
呼吸も整えて落ちついてから――
フィル王子から少し体を離して向かい合い、
「私は病気ではありません、正気です」
これから自分の言うことを思い、そんなことを言ってしまった。
二人して怪訝そうに私を見つめてくる。
私はフィル様を見つめ返した。
ブラッドハート様、聞いていてください――!
私がここに来た目的を!
「私は、フィル様に婚約破棄をお伝えに来ました!」
言ってしまった。




