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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

キタさんとミタオくん 6

作者: 灯月 寧
掲載日:2026/03/01

夜中の三時すぎ。


六畳の床は、布団二枚でほとんど埋まっていました。

足の踏み場は、玄関横の小さなキッチンへ続く、畳一枚分の細い通路だけ。


折りたたみテーブルは、押し入れの脇に立てかけたままです。

今は出す余裕がありません。


ミタオくんは、息苦しさで目を覚ましました。


天井が近い。

電灯のひもが、手を伸ばせば触れそうなところで揺れています。


外は――


風の音だけ。


古いサッシのすき間を、細い風が

すう……と、なぞるように鳴っていました。


そのとき。


こと。


キッチンの方で、小さな音。


「……キタさん?」


返事がありません。



布団の端をめくり、細い通路に足を下ろします。


一歩で流し台。

半歩で冷蔵庫。

振り返れば、すぐ布団。


その狭い流し台の前で、キタさんが壁に手をついて立っていました。


「……ミタオくん…どうしました」


声が、明らかに弱い。


ミタオくんの眉が寄ります。


「キタさん、顔赤い」


「気のせいの可能性が――」


額に触れた瞬間。


「うわ、熱ある」


キタさんは、静かに目を閉じました。


「……感染、確認の見込みです」



数時間後。


布団は、ぴったり横並び。


――六畳では、これ以上離せません。


壁。

布団。

布団。

すぐ押し入れ。


いつもの夜の配置です。



「すみません」


キタさんの声が、布団の中から小さく出ました。


「看病任務、途中離脱です」


「だからいいって……」


ミタオくんの声も、まだかすれています。



外では、風だけが鳴っています。


すう……

ときどき、古い窓枠が、かすかに鳴る。


それ以外の音は、何もありません。



キタさんが、もぞ、と動きました。


「……寒いです」


「この部屋、冬の夜は厳しいよな」


三秒、沈黙。


「もう少し寄る?」


また三秒。


「……では、失礼します」



布団一枚分、距離が縮まりました。


もともと狭いので、すぐ肩が触れます。


二人分の体温が、逃げ場なく布団の中にたまっていきました。



「ミタオくん」


「ん……」


「ポカリ、飲みましたか」


「飲んだ……」


「優秀です」


少し沈黙。


「キタさんは?」


「……未実施です」


「ほら」


枕元のペットボトルを、弱い手で押し出します。



キタさんは起き上がろうとして、


――押し入れの角に、こつん。


「……行き止まりです」


「だからこの部屋なんだって」


観念したように、キタさんは布団に戻りました。


「本日は、患者モードに移行します」



外では、風。


それだけ。


布団の中の空気が、やっと少しぬるんできました。


キタさんの声が、眠りに沈みかけながら続きます。


「回復したら……」


「ん……」


「ちゃんとしたおかゆ、作ります」


「期待してる……」


ほんの少し間。


「……ふーふー付きで」


キタさんの口元が、弱くゆるみました。


「特別仕様です」



いつもならぐっすり眠っている時間ですが

少し眠っては、すぐに目を覚まします。

体調不良で眠気より悪寒が勝る時があります。


「……さむいです」


キタさんの声が、布団の奥から弱く漏れます。


ミタオくんは半分眠りながら、目だけ開けました。


「熱上がってる?」


「体感温度、著しく低下しています」


言い終わる前に――


もぞ。


ぐい。


ぎゅう。


「……」


ミタオくんの目が、完全に覚めました。



「キタさん」


「……はいです」


声の位置が、やたら近い。


というか――


「近い近い近い」


「防寒行動です」


キタさんは、熱で判断力が鈍っているのか、

遠慮という機能がだいぶ弱まっています。



ぎゅう。


さらに腕に力が入りました。


六畳一間なので、逃げ場はありません。


「キタさん、ちょ、暑いって」


「私は寒いです」


「こっちは今ちょうどいいの!」


「体温共有は合理的です」


「理屈で来るな今」



キタさんの額が、こつん、とミタオくんの肩に当たりました。


いつもより呼吸が熱い。


そして――


「……離脱、困難です」


「いや自分でやってるでしょ」



しばらく、ぎゅうぎゅうのまま時間が過ぎます。


外では、相変わらず風。


六畳の布団の中だけ、やけに密度が高い。


ミタオくんが、小さくため息をつきました。


「……もういいから、ちょっとだけだからね」


キタさんの腕の力が、ほんの少しだけ緩みます。


「許可、確認しました」


「確認しなくていいよ」



それからどれくらい経った頃か。


キタさんの呼吸が、少し落ち着いてきました。


さっきまでの強張りが、ゆっくり抜けていきます。


腕の力も、する、と軽くなる。



朝方。


薄い光が、カーテンの向こうににじみ始めた頃。


キタさんが、ゆっくり目を開けました。


「……おはようございます」


声は、昨夜よりだいぶ普通です。


ミタオくんは、少し眠そうな顔で言いました。


「熱、少しだけ下がったみたいだね」


「そのようです」


一拍。


「よく眠れました」



「え?そうなの?」


ミタオくんは、じっとキタさんを見ます。


「……何か、覚えてない?」


「昨夜の行動ログですか」


「うん」


キタさんは、少し考えてから、首を振りました。


「高熱のため、一部記憶が曖昧です」


「へえ」


「何か問題が?」



ミタオくんは、ほんの少しだけ口の端を上げました。


「いや、別に」


「そうですか」


キタさんは、いつもの落ち着いた顔に戻っています。


布団の中の距離も、きっちり通常モードです。



ミタオくんだけが、昨夜の体温の近さを、

まだ少しだけ覚えていました。

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