孤独な黒狼7
そして次の日。
王国騎士団の試験のため、身なりも整えてもらった。
ある程度の礼儀作法や教養は必要だけど、あとは実力勝負だ。
――俺みたいな平民でも、ラピスラズリ伯爵家の後ろ盾があるおかげで、試験を受けられる。
「正直、14歳で騎士団を受けるなんて聞いたことないけど……
テオなら大丈夫だろう」
セナの言葉は、少し憎たらしいけど、心強い。
お嬢様と仲が良くて、ちょっと意地悪なところもあるけど……
ほんの少しだけ、感謝している自分がいた。
(よし、やるしかないな……)
心臓が少し高鳴る。
1年間、学んできたすべてを試す日が、今ここにある。
「テオなら、大丈夫だよ」
ニコッと微笑むお嬢様。
その笑顔を見た瞬間、
胸の奥で、静かに決意が固まった。
(この人のそばにいたい)
だから、絶対に結果を出す。
ここに、居続けるために。
⸻
王国騎士団の試験は、
正直に言えば――思っていたよりもずっと簡単だった。
剣も、体力も、判断力も。
この一年で積み上げてきたものが、
そのまま形になっただけだ。
そして、最後の魔宝石適性判定。
透明だった石は、ゆっくりと赤く染まっていく。
スピネル。
それは
信念、再生、そして揺るがぬ意志を象徴する魔宝石。
どんな絶望の中でも折れず、
何度打ち砕かれても立ち上がる者に応える石だと聞く。
――まるで、俺自身を映すかのように。
こうして俺は、
14歳 最年少にして王国騎士団試験を
トップの成績で合格し、
ラピスラズリ伯爵家の騎士団員になることが決まった。
胸がいっぱいで、
すぐにお嬢様に報告に行った。
……のだが。
庭園のそばで、足が止まる。
声が聞こえた。
「テオが、合格したそうですね」
ユウリの声。
「うん! よかった」
お嬢様の、弾んだ声。
……もう、知っていたのか。
それもそうだ。
伯爵家に正式に籍を置く話だ。
主人が知らないわけがない。
そう思いながらも、
なぜか目の前にいけずにいると――
「それより、お嬢様も人が悪いですね」
ユウリの声が、少しだけ低くなる。
「何が?」
「もし、テオが試験に受からなかったら、
どうするつもりだったんですか?」
――ドクン。
心臓が、強く脈打った。
……そうだ。
1年の期限。
結果を出せなければ――
(……捨てられてた?)
喉が、ひゅっと鳴る。
影に隠れたまま、
息を殺して、次の言葉を待つ。
少しの沈黙。
それから――
「どうしたと思う?」
お嬢様の問いに、ユウリは肩をすくめた。
「……まったく。
もし落ちたとしても、もう1年引き伸ばすつもりでしたね」
その言葉に、胸が跳ねる。
――嘘だ。
そんなはず、ない。
使えないやつは捨てられる。
それが、当たり前だと思っていた。
「まあね」
お嬢様は、どこか得意げに言う。
「そのために、お父様を説得する手札は
ちゃんと揃えてあったもの!」
ふふふ、と小さく笑う。
……言ってることは少し悪役みたいなのに、
どうしてこんなに可愛いんだろう。
「さすがです」
ユウリが、素直に感心した声を出す。
「……お嬢さま」
その声に、はっとして振り返る。
「あ、テオ!
合格おめでとう!!」
「おめでとうございます」
2人が、穏やかに笑いかけてくる。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
俺は、ゆっくりと前に出て――
その場に膝をついた。
「俺……もっと強くなります」
声は、震えていない。
「セナよりも、誰よりも強くなります」
顔を上げ、まっすぐ見つめる。
「だから――
俺を、お嬢さまのそばに、ずっといさせてください」
願いじゃない。
誓いだ。
一瞬の沈黙。
それから――
「うん」
お嬢様は、優しくうなずいた。
「私のそばにいて」
そして、いつもの――
いや、今日はいっそう綺麗な笑顔で言う。
「よろしくね」
その一言で、
胸の奥がいっぱいになる。
「……はい」
つられて、頬が緩んだ。
「あー、テオがお嬢様にデレデレしてる!
俺たちにはツンツンなのに!」
「というかテオ、お前すげぇな!
最年少合格だぞ! セナさんより早い!」
「……おい、テオ。
誰が俺より強くなるって?」
気づけば、騎士団員たちとセナがわらわらと集まってきていた。
騒がしくて、うるさくて、
でも――嫌じゃない。
「別に。
事実、そのつもりだし」
そう言うと、セナは片眉を上げた。
「……言うようになったな。
正式に騎士団員になったんだ。
これからは、ビシビシしごいていくから覚悟しろ」
……あ、そうだ。
言っておかないと。
俺は一歩前に出て、
改めてお嬢さまの前に立つ。
「お嬢さま」
「なに?」
きょとん、と首を傾げる。
その仕草が、相変わらず可愛い。
「俺――
お嬢さまのこと、大好きだよ」
一瞬、空気が止まった。
「俺を拾ってくれて、ありがとう」
「……ちょっ、え!?
な、なに急に……!」
珍しく、完全に慌てている。
耳まで赤い。
……やっぱり、可愛い。
「おい、テオ」
低く、地を這うような声。
「お前……やっぱり許さない。
こっち来い」
振り返ると、
セナが怖い顔で拳を鳴らしていた。
「うわ、待っ――」
俺は反射的に走り出す。
背後で、
騎士団員たちの笑い声が弾ける。
春の風は、穏やかで、優しくて、
舞い上がった桜の花びらを連れてくる。
ここでは、
俺は黒狼でも、ドブネズミでもない。
名前をもらい、
居場所をもらい、
守りたい人がいる。
ここで俺は、
【テオ】として生きていく。
それが、
俺の誓いだ。




