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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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孤独な黒狼5

自室で、朝から読み書きの練習をしていた。


ぎこちない文字を、

何度も、何度もなぞる。


集中していると――

コンコン、とはっきりとしたノック音がした。


「……?」


扉を開けると、

見慣れない男が立っていた。

コーラルオレンジの髪にいかにも明るい。

俺と正反対なやつ。



「おはよう。俺はレオ」


短く名乗って

俺の反応を待つことなく言葉を続ける。


「あんた、あんまり太らないだろ。

それでお嬢さんが心配してた」


そう言って、

彼は手に持っていた盆を、

部屋の中の机に置いた。


温かい匂いが、ふわっと広がる。


「食事、持ってきたからな」


それだけ言って、

レオは踵を返す。


「……あ、あの」


声をかける間もなく、

扉は静かに閉まった。


机の上には、

ちゃんとした食事があった。


湯気の立つスープ。

柔らかそうなパン。

彩りのある副菜。


……食べて、いいのだろうか。


俺は、しばらく立ち尽くしたまま、

それを見つめる。


(でも……)


まだ、俺はお嬢様の騎士じゃない。

正式な団員でもない。


頭の奥で、

昔の声が蘇る。


【何もしてないやつに、

 食うもんなんかある訳ないだろ】


……そうだ。


今の俺は、

何も成していない。


だめだ。


そう思って、

食事から目を逸らした。


(とりあえず……剣を振ってこよう)


身体を動かしていれば、

余計なことを考えずに済む。


それから、

扉の前に食事が置かれる日が続いた。


朝。

昼。

時々、夜も。


たぶん、

あのレオという男が置いていっている。


でも、

俺は一度も手をつけなかった。


何も成せていない俺が、

こんなものを食べていいわけがない。


水を飲んで、

庭の端で見つけた野草を口にする。


慣れている。

これくらいなら、平気だ。


そうして――

3日目の朝になった。


立ち上がろうとして、

少し、視界が揺れた。


(……疲れてるだけだ)


そう自分に言い聞かせて、

剣を取りに行こうとする。


その時。




ガタガタ ドッターン


自室の扉が、音を立てて吹き飛んだ。


……なにごとだ。



「おいおいおいおい」


荒い声。


「そこのガキ。

なんで――俺が作った飯を食わねぇんだよ!!」


次の瞬間、

胸元を強く掴まれた。


息が詰まる。


「ちょっと、レオさん!!」


「子供相手に何してるんですか!」


「だ、だめですー!」


音を聞きつけた3人の騎士団員が、

慌てて止めに入る。


……けど。


ぐっと力を入れられ、

簡単に振り払われた。


(……強い)


この人、

冗談抜きで力がある。


喉が鳴る。


「……食べられない」



俺が言葉を絞り出すと、

レオの眉が大きく動いた。


「ああん!?」


低く、怒鳴る。


「俺が作った飯が、

“食べられない”だと?」


掴まれていた胸ぐらが、

さらに強く引かれる。


次の瞬間――


身体が、宙に浮いた。


視界が反転する。


(……っ)


反射的に、

教え込まれた通りに身体を丸める。


床を転がり、

扉のあった方向へ転倒した。


痛みはある。

でも、致命的じゃない。


……剣の訓練の成果だ。


静まり返る室内。


誰かが、息を呑む音がした。


レオは、

数歩こちらに歩み寄り、

低い声で言った。


「なぁ、ガキ」


怒りだけじゃない、

何かを堪えるような声。


「お前さ……

俺が、何のために飯作ってると思ってんだ?」


俺は、答えられなかった。


答えなんて、

知らなかったから。


ただ一つ、

頭の中にあるのは――


(……俺は、まだ足りない)


その思いだけだった。


「おい、何事だ」


低く通る声。


「どうしたのよ」


少し慌てた、聞き慣れた声。


「よかった……!

セナさん! お嬢さま!」


騎士団員たちが、ほっとしたように2人のもとへ駆け寄る。


状況を見渡したセナが、眉をひそめた。


「説明しろ」


「そのガキが!」


レオが、腕を組んだまま声を荒げる。


「俺の飯が食えないって言ったんだ!

俺みたいな平民が作ったから、嫌ってことだろ?」


「違う」


即座に、声が出た。


「俺は……何も、なせてない」


喉がひりつく。


「お嬢様に、騎士になれって言われたのに……

俺は、何もできてないから」


言い切った瞬間。

沈黙

そして…


「……はあぁぁ!?」


「……あー」


「……うーん、そう来たか」


レオ、セナ、そしてお嬢様まで、

揃って頭を抱えた。


(……え?)


お嬢様は俺のそばまで歩み寄ると、

しゃがんで、目線を合わせた。


「ねぇ、テオ」


声は、叱るでも呆れるでもない。


「騎士になって、とは言ったけどね」


ゆっくり、噛み砕くように言う。


「騎士になるためには、剣の腕だけじゃ足りないの」


「……」


「ちゃんと食べて、ちゃんと休んで、

体も、心も、健康でなくちゃ――

騎士にはなれないわ」


「……そう、なの?」


思わず、聞き返していた。


「そうよ」


即答だった。


「それにね」


少しだけ、困ったように笑う。


「あなたが痩せてたら、

『主人は、騎士にする相手にまともにご飯もあげない悪い人だ』

って言われるの」


胸が、どくっと鳴る。


「テオは……

私が、そう言われてもいいの?」


「……いやだ」


即答だった。


そんなの、違う。


俺のせいで、

お嬢様が悪く言われるなんて、

絶対に嫌だ。


その答えに、

お嬢様はほっとしたように微笑む。


「でしょう?」


そして、少しだけ真剣な顔になる。


「だからね、テオ」


「ご飯を食べるのも、

休むのも、

“騎士の仕事”なの」


その言葉が、

胸の奥に、すとんと落ちた。


今まで、

“耐えること”しか知らなかった俺にとって、

初めて聞く考え方だった。


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