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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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救世主11

ティアナside


……流石に、疲れたな。


馬車の揺れに身を任せながら、私は小さく息を吐いた。

セナが後処理を引き受けてくれたことには、本当に感謝している。

今ごろ、きっと殿下と一緒に、静かに事を収めてくれているはずだ。


私はテオと2人、屋敷へ戻る途中だった。


膝の上に手を重ねると、

まだ、微かな違和感が胸の奥に残っている。


――初めて使った力の感覚。


エマの宝石を、剣で浄化したときとは、まったく違った。

あのときは、濁りを断ち、正しい状態へ戻しただけ。


でも、今回は――


(共鳴……)


浄化じゃない。

ミヤの気持ちが、そのまま、私の中に流れ込んできた。


不安。

置いていかれる恐怖。

自分はいらない存在なのではないかという、冷たい思い込み。


あれは、ただ宝石が暴れただけじゃない。

彼女の心そのものだった。


(実践で使えるとは……思ってなかった)


本で読んだだけの理論。

成功する保証なんて、どこにもなかった。


それでも――


(無事でよかった)


それだけは、確かだ。


けれど、引っかかる。


どうしてミヤは、

「自分はいらないから捨てられた」なんて、

そんなふうに思い込んでいたのだろう。


誰かに言われた?

それとも、何気ない一言が、心に刺さった?


……きっと、何かきっかけがある。


それにしても――


「ねぇ、テオ」


「なに? お嬢さま」


向かいに座るテオを見る。

……うん。どう見ても、機嫌がいいとは言えない。


「怒ってる?」


「怒ってない」


即答。

でも、目は逸らされたまま。


漆黒の髪の隙間から覗くルビーの瞳が、

いつになく真剣で、硬い。


「嘘。怒ってるでしょ」


私は身を乗り出して、

テオの頬を、ちょん、とつついた。


その瞬間、

テオはふーっと大きく息を吐き、私を見た。


「……うん、怒ってる」


そう言って、私の隣へ移動する。


「ごめんって……」


「お嬢さま、本当に危なかったよ」


ルビーの瞳が、責めるより先に、

はっきりとした心配を映している。


私は、困ったように笑った。


「でも、私の指示、ちゃんと聞いてくれた」


「そりゃあね」


テオは肩をすくめて、少しだけ口元を緩める。


「俺は、お嬢さまの騎士だから」


その言葉に、胸が少し温かくなる。


「……ありがとう。私の気持ちを、尊重してくれて」


本当は、すぐに剣で応戦したかったはずだ。

テオなら、迷いなく宝石を壊しただろう。


そうすれば、確実に暴走は止まった。


でも――

それは、ミヤを“ミヤでなくしてしまう”選択だったかもしれない。


「うん」


テオは静かにうなずいてから、

少しだけ厳しい声で続けた。


「でもさ。今度、あんなに危険なことしたら……俺、止めるよ」


その言葉に、私は一瞬考えて――


「うん」


素直に、そう答えた。

馬車は、変わらず静かに揺れている。


夜の石畳を進むたび、

小さく上下する振動が身体を揺らした。


……殿下の前で、力を使ってしまったのは、まずかったかな。

あの場には、他の騎士団員もいた。


(見られた、よね……)


公にしないと言ってくれたけど、

噂というものは、意志とは関係なく広がってしまう。


そんなことを考えていると――


「大丈夫だよ。お嬢さま」


不意に、隣から声がした。


「え?」


顔を上げると、テオは前を向いたまま言う。


「セナ副団長が、うまく処理する。

 あの人、そういうの得意だから」


淡々とした口調。

けれど、その声には不思議と迷いがなかった。


「……何も心配いらない」


その言葉に、胸の奥の強張りが、少しだけほどける。


「セナのこと、そんなふうに思ってるんだね」


私が言うと、

テオは一瞬、視線を逸らした。


「別に……」


短くそう返してから、少し間を置く。


「信頼してないわけじゃないってだけ。

 気に入らないけど」


街灯の光が流れ、

その横顔を淡く照らした。


「そっか」


「……あの人は」


テオは小さく息を吐き、続ける。


「お嬢さまのことになると、いつも本気だから」


「え?」


「それに――」


今度は、こちらを見る。


ルビーの瞳が、まっすぐだった。


「俺もいる」


「一人にしない」


その言葉が、胸に静かに落ちる。


「……うん、ありがとう」


そう答えた、その瞬間。


馬車が小さく跳ねた。


思ったより強い揺れに、身体が傾き――


指先が、触れた。


ほんの一瞬。


けれど、はっきりとわかる温度。

離そうとした、その時。

テオの指が、私の手を包み込んだ。


「……え?」


驚いて顔を上げると、

テオは一瞬だけ、こちらを真っ直ぐ見つめる。


刹那の視線。


「……いまだけだから」


そう言って、視線を前に戻した。


「うん……」


小さく返事をすると、


「……怖かった」


低い声が続く。


「俺の判断が、正しかったのかって」


言葉を探すように、少し間を置いてから。


「お嬢さまが、傷つくんじゃないかって……」


そのまま、逃げ道を塞ぐように、

指が絡められた。


強すぎない。

でも、離す気はない力。


「……ごめん」


私がぽつりと漏らすと、


「うん」


短く返される。


テオは困ったように、少しだけ笑った。


「だから――離さない」


静かな声。


「馬車が着くまでは」


宣言みたいにそう言って、


握る力が、ほんの少しだけ強くなった。


夜の馬車は静かに進む。


窓の外を流れる灯りが、

2人の影をひとつに重ねていく。


胸の奥に残る共鳴の余韻が、

指先の温度と溶け合って――


それはもう、戦いの名残ではなく。


確かに“守られている”という、

やさしい実感だった。



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