番外編 その手を差し出す日まで3
そして、そのままパーティ会場へと移動する。
煌びやかな光、柔らかな音楽、華やかな人々。
――ここで、踊るのか。俺が。
できるのか。
しかも、お嬢様以外の人と……?
「じゃあ、一曲踊ってこい」
「……は?」
「そこの令嬢だ。後ろ姿の」
「……は?」
「話は通してある。誘ってこい」
「……は?」
「早くしろ」
有無を言わせぬ圧。
逃げ道はない。
……仕方なく、俺はその令嬢のもとへ歩み寄る。
心臓がやけにうるさい。
そして、令嬢が振り向いた。
「……本日は、私が貴方のお相手です」
無表情のまま、そう告げたのは――
お嬢様の侍女、アリスだった。
いつものメイド服ではなく、華やかなドレスに身を包んでいる。
……違和感がすごい。
「全く知らない令嬢よりはいいだろう」
背後から、エリックの声が飛んでくる。
反論は、できなかった。
「さて」
アリスは淡々と続ける。
「私をお嬢様だと思って、エスコートしてください。
足を踏んだら――私も、このヒールで踏み返しますので」
視線が自然と、彼女の足元に落ちる。
そのヒールは鋭く、細く――
(……凶器だな)
俺は静かに息を整え、覚悟を決めた。
これは、踊りではない。
訓練だ。
「……わ、わかった」
「では。エスコートしてください」
その言葉に戸惑って立ち尽くしていると、アリスがふっと言った。
「……わかりました。お嬢様に、似せましょう」
「……?」
何を言い出すんだ、と思った次の瞬間。
アリスは小さく咳払いをする。
「ねぇ、テオ。
私を、ダンスに誘ってくれる?」
……
「……似てない」
思ったまま口にすると、
「チッ」
盛大な舌打ちが返ってきた。
「……ごめん」
反射的に謝る。
「せっかく、お嬢様からこのドレスをお借りしているんですから」
そう言われて、改めてアリスの装いを見る。
確かにそれは――お嬢様が、昔身にまとっていたドレスだった。
『ねぇ、テオ』
そう呼びかけたお嬢様の記憶が自然とよみがえる。
スミレ色と桃色の髪。
柔らかくて、少しだけ照れたような笑顔。
――気づけば、俺は手を差し出していた。
「……俺と、踊ってくれますか?」
その言葉に、アリスは満足そうに微笑み、手を取る。
お嬢様ではない人と踊るのは……不思議な感覚だ。
相手の呼吸を感じ、歩調を合わせる。
踊るというのは、思っていた以上に難しい。
「……なかなか、ましですね」
アリスの評価に、思わず口元が緩む。
「……ほんと?」
「ええ。足を踏まれる覚悟はしていましたから。
ヒールの甲に針を仕込むか、少し悩んだほどです」
……この人の言葉が、どこまで本気でどこから冗談なのか。
未だに、判断がつかない。
やがて、曲が終わる。
俺は一歩下がり、教えられた通りに頭を下げた。
その仕草の一瞬――
アリスの姿が、ふっとお嬢様と重なる。
同じドレス。
同じ立ち位置。
けれど、決定的に違う存在。
胸の奥が、静かに疼いた。
「……ふん」
すぐに、鼻を鳴らす音が飛んできた。
「で、エリック。どうだ」
オリバー団長の問いに、エリックは腕を組んだまま、こちらを値踏みするように見る。
「硬い。以上」
「……以上か」
「最初から最後まで肩に力が入りすぎだ。
相手を導くんじゃない、引きずってる」
ぐさり、と刺さる。
「だが」
一拍置いて、エリックは視線を逸らした。
「逃げなかったな。
目も伏せなかった。手も、離さなかった」
その言葉に、思わず息を詰める。
「踊りは下手だ。だが――
“隣に立とう”って覚悟は見えた」
短く、言い切る。
「それで十分だ。今日はな」
そう言って背を向けると、付け足すように言った。
「次は、もっと胸を張れ。
お嬢様の隣は、下を向く場所じゃない」
……厳しいくせに、ずるい男だ。
俺は小さく息を吸い、背筋を伸ばす。
――いつか。
本当に、あの人と並んで踊れる日が来たなら。
その時は、もう迷わない。
視線も、想いも、何ひとつ隠さず。
堂々と、手を差し出そう。
『……俺と踊ってくれますか?」』
そう言える自分であるために。
今はただ、この一歩を踏みしめる。
番外編 その手を差し出す日まで 完




