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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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終息2


そんなある日。


廊下を歩いていると、

向こうから来た人物と視線が合った。


ふわりと、ジャスミンの香りが漂う。


それだけで自然と背筋が伸びた。


「お母様。おはようございます」


深く頭を下げると、


「いまさら、その呼び方をしなくてもいいわよ」


柔らかな声が返る。


「少し、話しましょうか」


私は一瞬だけ戸惑い、

それから静かに頷いた。


「……はい」


並んで歩き出す廊下に、

午後の光がやさしく差し込んでいた。



応接室。


マリアンヌは優雅に紅茶を口に運んでいる。


私は向かいの席で、

どこに視線を置けばいいのか分からずにいた。


「あ、あの……」


「なに?」


「……私が、アイリスの娘だと知っていて、

 今まで黙っていてくださったんですよね」


戸籍を、アドルフとマリアンヌの子としていたこと。

それを彼女が承諾していたこと。


すべて、知ってしまったあとだった。


「ええ」


カップを置き、彼女は小さく微笑む。


「これで、借りは返せたかしらね」


「……それは、どういう意味ですか?」


「少し、昔話をしましょう」


紅茶の湯気が、ゆっくりと立ち上る。


「私とアドルフ様はね、契約結婚だったの。

 そこに愛なんてなかったわ」


淡々とした声。


「でも――マルクは違う」


その名を口にした瞬間、

彼女の声音がわずかに揺れた。


「私にとって、あの子は宝物よ」


そっと、自分の腹部に手を当てる。


「出産のときに出血が酷くてね。

 もう、子どもを産めない身体になったの」


沈黙が落ちる。


「そのあと、アドルフ様はアイリスと恋に落ちたわ。

 ……大して珍しいことでもない。

 正直、それでもよかったの」


「マルクが、いたから」


けれど――と、彼女は続けた。


「マルクは身体が弱く、生まれてすぐに死を彷徨ったの」


医師たちが首を振り、

誰もが“もう無理だ”と思った。


「私も、アドルフ様も……覚悟したわ」


そこで、彼女は静かに目を伏せる。


「――でも」


「アイリスが、力を使ったの」


「共鳴……ですか?」


「ええ」


マリアンヌは、はっきりと頷いた。


「見た瞬間に分かったわ。

 これは、使ってはいけない力だと。

 禁忌のものだと」


それでも。


「彼女はマルクを助けた」


「自分を犠牲にしてでもね」


胸が、締めつけられる。


「見殺しにすることも、できたはずよ」


そうすれば――


「跡取りのいない、

 子も産めない私ではなく、

 アイリスが正妻になる道もあった」


マリアンヌは、真っ直ぐに私を見つめた。


「それでも彼女は、そうしなかった」


「だから私は、決めたの」


「――あなたを守る、と」


初めて聞かされる真実。


そして、

知らぬ間に守られていたという事実。


胸の奥が、熱を帯びていく。


言葉にしようとすると、

喉が震えて何も出てこなかった。


マリアンヌは、ふっと微笑む。


「……アイリスは、優しい人だった」


午後の光が、カップの縁できらめいた。


その輝きの中で、

私はようやく気づいた。


ずっと嫌われていると思っていた。

でもこの人はずっと――

私を守り続けていたのだと。


「……勘違いしないでね」


マリアンヌは、紅茶のカップを置きながら言った。


「私は、貴女のことを気に入らないの」


「はい。存じております」


即答すると、彼女はわずかに目を細めた。


「でもそれは――」


「マルクが、貴女と自分を比べて傷ついていたからよ」


胸の奥が、静かに痛む。


「……そうですね」


マリアンヌは小さく息を吐いた。


「私が甘やかしすぎたのね。

 あの子の弱さも、不安も……全部」


視線を伏せ、そしてきっぱりと顔を上げる。


「だから、これからはビシバシしごいていくことにするわ」


「……はい」


思わず苦笑いをする。


「覚悟なさい。逃がさないわよ」


その言葉には、冗談めいた響きと同時に、

確かな“母の覚悟”があった。

マルク がんばれ。


しばし沈黙が落ちる。


やがて――


「ねぇ、ティアナ」


初めて、名を呼ばれた。


私は思わず顔を上げる。


「マルクを、引っ張ってくれてありがとう」


一瞬、言葉を失った。


「……いえ。私は、何もしていません」


本心だった。


「むしろ……庇ってくださったことの方が、驚きでした」


あのとき、

剣を構え、迷いなく前に立った背中。


「彼が行動を起こしてくれたからこそ、

 私は今、ここにいます」


マリアンヌは静かに聞き、

それから、ふっと微笑んだ。


「そう。」


午後の光が、彼女の髪をやわらかく照らす。


厳しく、誇り高く、

けれど確かに“母”の顔だった。


私は胸の奥で、小さく息を吐いた。


ここにいることを、

ようやく許された気がした。


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