表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

212/222

最終共鳴3

光が、ほどけていく。

私の意識が深く沈みかけている。


その境界で――

ふいに、柔らかな温度が触れた。


懐かしい。


あまりにも、日常的な匂い。



――トワが、初めて屋敷に来た日。


自己紹介をした私に

「……いえ。お構いなく」、

拒絶というより、

必要性を感じていないような声音だった。


それから何度話しかけても、

返ってくる言葉は短く、淡々としていた。


それでも――


無理やり手を引いて外へ連れ出した。


市場。

川辺。

城下の小さな菓子屋。


困った顔のまま振り回され、

気づけば少しずつ、表情が緩んでいった。



昼下がり。


レオと並んで、芝生の上で弁当を広げる。


「これ美味しいぞ!」


そう言ったレオに戸惑いながらも頷き、

美味しいと口にした日。



机に向かう午後。


ユウリが淡々と文字を指し示した。


「……分かりました」


真剣な横顔が、少し誇らしかった。



夕暮れの訓練場。


セナが構えを正し、

木剣を打ち合わせる。


「力じゃない。呼吸を見ろ」


その言葉を、必死に反復していた。



廊下の隅。


テオが気だるげに壁にもたれ、


「無理するな。倒れたら面倒だからさ」


それだけ言って去っていく。


けれど翌日、

トワの机には薬草が置かれていた。



ブティック グロウ。


ルイが楽しそうに布を広げ、


「トワちゃんには、これがいいわ!」


オーダーメイドの服に包まれ、

鏡の前で落ち着かなくなる姿。



朝の部屋。


アリスが静かに身支度を整え、


「寒くなりますから」


そう言って、上着をそっと掛けてくれた。


トワは小さく礼を言い、

何度も頭を下げていた。



季節が巡り、

気づけばそれは“日常”になっていた。


そしてある日。


朝の光の中で、

トワは振り返り――


柔らかく、優しく微笑んだ。


「お姉様」


その呼び方が、

胸の奥を静かに震わせる。


「……ありがとう」


それは別れでも、覚悟でもなく。


ただ、

心からの言葉だった。


光が、ゆっくりと滲む。


声が、遠ざかる。


温もりだけを残して――

記憶は静かに閉じていった。


指先から、力が抜ける。


最後に聞こえたのは、

あの日と同じ、穏やかな声。


「おやすみなさい……お姉様」


その言葉に包まれながら、

彼女の意識は、深い闇へと落ちていった。


夜明けの光は、すでに世界を照らしていた。


だがティアナはまだ、

あのニ年間の温度の中で――

静かに、眠っていた。


ティアナは安らかな闇へと落ちた。


倒れゆく身体を、

ディランが咄嗟に抱きとめる。


「……ティアナ!」


呼びかけに返事はない。


胸元に耳を寄せ、

かすかな呼吸を確かめると、彼は小さく息を吐いた。


「……無事だ。息はある」


その言葉に、張り詰めていた空気がほどける。


「お嬢さんよかったよー!」


レオが膝をつき、

震える手で額を押さえた。


セナは静かに剣を納め、

彼女の顔を見下ろして目を伏せる。


「……よく、耐えたな」


テオは心配そうに覗き込む。


「無茶しすぎだよ…ほんとに」


ルイはそっと外套を外し、

ティアナの肩へ丁寧にかける。


「冷えちゃうわ。戦いの後は、特にね」


ユウリは魔力の流れを確かめるように手をかざし、

穏やかに頷いた。


「命の危険はありません。深い疲労と……共鳴の反動です」


アリスはすぐに膝をつき、

彼女の手を両手で包み込む。


「……大丈夫ですよ。ちゃんと、戻ってきます」


レイは少し離れた位置で一礼し、

戦場全体を見渡した。


「終わりましたね。すべて」


アレンとロベルトも、

黙って強く頷く。


崩れていた世界は静まり、

もはや敵の気配はどこにもない。


朝日は、もう高く昇り始めていた。


夜は完全に明けている。


だがティアナはまだ、

その光を知らない。


ただ――


彼女の唇には、

ほんのわずかな笑みが残っていた。


まるで、

大切な人と再会した夢を見ているかのように。


ディランはその表情を見つめ、

そっと額に自分の額を触れさせる。


「……おかえりを言うのは、目を覚ましてからだな」


風が、静かに吹いた。


夜明けの匂いを運ぶ、優しい風だった。


戦いは終わった。


そして――


彼女の物語は、

まだ、続いていく。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ