真実5
封じ手としての核が解け、
引き裂かれるような魔力の奔流が、彼を中心に渦を巻く。
暴走するガイルの魔力が、吸い寄せられていく。
――だが。
「……っ、まだ……!」
魔力は収束しない。
むしろ、行き場を失った力が反発し、
研究区画全体を軋ませた。
床が割れ、柱が吹き飛ぶ。
「トワ……っ!!」
叫ぶ私の声に、少年は振り返らなかった。
彼の小さな背中が、光の中で揺らぐ。
その輪郭が、次第に眩さへと溶けていく。
(……行かないで)
喉まで込み上げた言葉は、音にならなかった。
次の瞬間。
――ギィンッ!!
轟音と共に、暴走した斬撃が一直線に飛ぶ。
その閃光の残像に、
私はまだ、あの背中を探していた。
核を解いた代償が何なのか、わからない。
それでも――
あの少年が、私たちを守るために立っていたことだけは、確かだった。
「ティアナ!」
呼ばれたことはわかった。
けれど、反応できずにいると―
鋼が、閃いた。
「……っ!」
斬撃を正面から受け止めた。
火花を散らしながら、剣を構える背中。
「ぼさっとするな」
吐き捨てるような声。
振り返らずに言う。
どうして…ここに。
「マルク?」
「“お兄様”と呼べ」
「……!」
「俺は大して役に立たない」
剣を握る腕は震えている。
それでも、退かない。
「だから、期待するな」
「……随分と謙虚ですね」
思わず零れたその一言に、彼は舌打ちした。
「うるさい」
その時だった。
崩れた壁の向こうから、重い足音が響く。
「――ティアナ!」
聞き慣れた声。
「……お父様……?」
現れたのは、アドルフ・ラピスラズリ。
その背後には、紋章を掲げた第一騎士団。
さらに外周から、王国騎士団の号令が重なる。
「状況確認は後だ」
アドルフは一瞬だけ娘を見ると、すぐ視線を前に戻した。
「それより妹――あれをどうにかしろ」
暴走するガイルを、マルクが指さす。
「お前の仕事だろ」
「……はいはい」
私は肩をすくめる。
その張り詰めた空気の中で、
ふっと、微笑んだ。
「そうだ、お兄様」
「なんだ」
「今度の誕生日は、直接お花を持ってきてくださいね」
一瞬の間。
「……は?」
「使用人に頼まずに」
くすっと笑う。
マルクは露骨に嫌そうな顔をした。
「……知ってたのか」
「ええ」
「……面倒な妹だ」
そう言いながらも、
その声音は、どこか柔らかかった。
「第一騎士団、前線展開!」
「王国騎士団、左右から包囲!」
号令が飛ぶ。
剣と魔法が交差し、火花と衝撃波が戦場を揺らす。
暴走するガイルの斬撃を、騎士たちは必死に受け止め続けていた。
だが――
「押し切れない!」
「魔力が……再生している……!」
どれほど斬り伏せても、黒い魔力はすぐに形を取り戻す。
ガイルが咆哮した。
理性の欠片もない叫びとともに、無差別な斬撃が四方へ放たれる。
トワの淡い光が必死に引き寄せているが――
それだけでは、足りなかった。
その中心から、私は一歩、前へ踏み出す。
「……みんな、聞いて」
不思議と、その声は戦場の喧騒を越えて届いた。
「このままじゃ、誰かが倒れる」
揺るがぬ視線で、仲間たちを見渡す。
「だから――中央へ」
胸に手を当て、静かに息を整える。
「私の剣で、打ち砕く」
そして、はっきりと言い切った。
「そのために……みんな、私に力を貸して」
「共鳴する!」
一瞬の沈黙。
だが、迷いはなかった。
「わかった」
ディランが、即座に応える。
「はい、お嬢様」
セナが静かに魔力を整える。
「おし、やろうぜ!」
レオが剣を握り直す。
「今度は一人でやらせないからね」
テオが並ぶ。
「そうよ。私たちも支えるわ」
ルイも笑う。
「やりましょう」
レイが一歩前へ。
「お嬢様、最後までお供します」
ユウリが深く一礼し、
「……わたしもです」
アリスが小さく、けれど確かな声で続いた。
「俺たちも」
「はい!」
ロベルトとアレンも続く。
彼らは自然と、私のもとへ集まってきた。
すると
「第一騎士団、前へ!」
アドルフの声が戦場を貫いた。
「陣を展開。負傷者は後方へ!」
号令と同時に騎士たちが動く。
剣と盾が打ち鳴らされ、結界が展開された。
「王国騎士団!」
別方向から、鋭い声が重なる。
「殿下方を中心に防衛線を構築!
一歩も近づけるな!」
「了解!!」
地鳴りのような返答が響く。
混沌としていた戦場に、
人の意志が、秩序を取り戻していく。
「ティアナを守れ!」
その声に、思わず顔を上げた。
一瞬だけ、父と視線が交わる。
そこにあったのは、
叱責でも迷いでもない――信頼だった。
「……全員、命を賭して守れ!」
騎士たちが前へ出る。
鋼が壁となり、
魔法が天蓋のように広がった
(…ありがとう みんな)
その間に円を描くように立ち、ひとりひとりの顔を見渡す。
張りつめた局面のはずなのに、誰もが不思議なほど落ち着いていた。
セナは、言葉もなく優しく微笑み、静かに頷く。
テオはいつものように肩の力を抜いた笑みを浮かべ、軽く手を振った。
ルイは片目を閉じて、いたずらっぽくウィンクする。
レオはニコッと明るく笑い、元気よく大きく手を振った。
ユウリもまた、すべてを包み込むような穏やかな微笑みを向ける。
アリスは短く、けれど確かな意思をこめて頷いた。
レイさんは一歩引き、丁寧にお辞儀をする。
アレンとロベルトは並んで、力強く、迷いのない頷きを返した。
そして――
隣に立つディランを見る。
彼は何も言わず、
優しく、それでいて確かな強さを宿した微笑みを向けていた。
そして私は見据える。
恐怖ではない。
孤独でもない。
暴走する魔力の中心。
光と闇が渦巻くその場所に立つ私の瞳は――
ただ、まっすぐに。
「トワ……」
胸の奥に残る、確かな温もり。
「あなたが繋いだこの世界――」
剣が、淡く輝き始める。
「今度は、私たちが守る」
共鳴が、静かに――
しかし確かに、始まった。




