真実3
トワは、スッと息をすう。
「とくに孤児院でのボランティア」
空気が、ぴしりと張りつめる。
「ミヤに、魔女の雫を渡したのも――ぼくだ」
「……っ」
誰かが息を呑む。
「追い詰めれば、きっと歌うと思った」
淡々とした声だった。
「恐怖、劣等感、孤独。
あの子は、全部抱えてたから」
トワは小さく笑う。
「そしたらさ――」
ゆっくりと、指先を胸の前で握った。
「ティアナ様、剣を使わなかった」
「壊すでも、浄化するでもなく……」
静かに告げる。
「“共鳴”したんだ」
研究区画に、ひやりとした沈黙が落ちる。
「魔女の雫でもない。
誰かを支配する力でもなかった」
トワの瞳が、わずかに揺れた。
「感情に寄り添って、
痛みをそのまま受け止めて――」
「世界と、繋がった」
短く息を吸う。
「……あれは、覚醒だった」
彼は、遠い光景を思い返すように目を細める。
「正直、震えたよ」
かすかな笑み。
「恐怖で。
歓喜で。
嫉妬で」
「だって――」
まっすぐ、こちらを見た。
「魔女になるはずの存在が、
“人のまま”目を覚ましたんだから」
「そんな前例、どこにもなかった」
声は、わずかに掠れていた。
「歌わないセイレーン。
呪わない魔女。
救うことを選ぶ存在」
「……研究書には、一行も載ってない」
一瞬の沈黙。
「だから確信した」
トワは、静かに言う。
「ティアナ様は――
魔女より、ずっと危険だ」
「その力は、
誰かを壊すためじゃなく」
「“誰かの痛みを、終わらせるため”に使われる」
ふっと、自嘲気味に笑った。
「……世界の方が、耐えられなくなる」
その中で、彼の瞳が静かに揺れた。
「嫌いなはずのマルク。
親しくもない令嬢を
魔女の雫を使って湖に引きずり込んだのもぼく。」
「……興味があったんだ」
「君は、嫌いな人間さえ救うのかって」
小さく笑う。
「そしたらさ。
一瞬の迷いも、躊躇いもなく飛び込むんだもん」
「正直、驚いたよ」
「自分が器だと知って絶望しても、
憎しみに沈んでも、
誰かを呪ってもおかしくなかったのに」
トワは、はっきりと言った。
「ティアナ様は――」
「最後まで、人でいようとした」
喉を締めた魔力。
恐怖。
死を確信した瞬間。
それでも前を向いた、あの一瞬。
「……それが、想定外だった」
声が、わずかに低くなる。
「だから今、困ってる」
困ったように、微笑んだ。
「覚醒していないのに、
もう“魔女”より、ずっと厄介だ」
「君は――」
「人のままで、世界を変えてしまう」
静寂が落ちた。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
ディランが、私を庇うように一歩前へ出る。
「……それでも」
低く、揺るがぬ声。
「彼女は、誰の実験材料でもない」
トワは目を細め――
ほんの一瞬だけ。
羨むような、寂しそうな目をした。
トワは、静かに息を吐いた。
「本当はね。
僕の存在って――“封じ手”と呼ばれるものなんだ」
誰も、口を挟めなかった。
「人でも、化け物でもない。
世界の狭間に生まれた存在」
淡々と語るその声は、まるで自分のことではないようだった。
「危険なものが現れた時、
それを排除するためだけに造られた」
ゆっくりと、こちらを見る。
「本当なら――
僕が、君を処理しなければならなかった」
「世界の均衡のためにね」
空気が凍りつく。
「そんなこと――させない」
低く、力強い声。
ディランが一歩踏み出し、剣を構えた。
「……そうだね」
トワは苦笑する。
「ティアナ様が完全にセイレーンになれば、
僕は“処理する側”に戻る」
肩をすくめるように、静かに続けた。
「でも……たぶん、できないな」
「トワ……!」
震える声が、私の喉から零れた。
彼は少しだけ目を見開き、
それから、困ったように笑った。
「たった2年しか一緒にいなかったのにさ」
視線を落とす。
「……すごく、楽しかったんだ」
「ティアナ様、すごく優しいんだもん」
「距離を取ろうとしても、
いつの間にか僕の世界に踏み込んできてさ」
ゆっくりと、指を折る。
「一緒にご飯を食べて。
本を読んで。
花を見て……」
「他愛もない時間ばっかりだったけど」
唇が、わずかに震えた。
「君のそばにいる時だけは――」
小さく、息を吸う。
「僕は、人になれた」
「“封じ手”でも、研究対象でもなく」
「……弟として、いられたんだ」
沈黙が、重く落ちる。
研究区画に残る魔力の残滓さえ、
今は息を潜めているようだった。
「だからさ」
トワは、かすかに笑った。
「世界のために君を殺すなんて――」
「もう、選べなくなっちゃった」
その言葉は、告白だった。
裏切りでも、脅しでもなく。
ただ一人の少年が下した、
“初めての自分の意志”だ。




