真実2
「……なんで、トワ坊ちゃんが……」
背後で、レオも息を呑んだ。
信じられないものを見るように、その視線が少年に釘づけになる。
研究区画には、まだ魔力の余熱が残っている。
血の匂い。
崩れた装置。
床に倒れ伏すガイル。
そのすべてと、あまりにも噛み合わない声が響いた。
「最後に会ったのは……お見送りのときでしたね」
トワは、懐かしむように目を細める。
「湖畔のピクニックも、楽しかったなぁ」
血のついた刃を手にしたまま、くるりと首を傾げた。
「レオの作ったお弁当、本当においしかった。
特にカモのハニーロースト、絶品でしたね。
昔幻の魚を探しにもいきましたよね…」
くすりと笑う。
「油断してたら落ちそうになりました」
レオが、はっと息を吸う。
「……え……?」
まるで昨日の思い出を語るような、あまりにも穏やかな口調だった。
「……あ、あと」
少年は指を折りながら続ける。
「ユウリさんには、礼儀作法や勉強を教えてもらいましたね。
殿下の別荘で夜にやったトランプ、すごく強かった。
全然勝てなくて……」
「……は?」
思わず、ユウリの口から素の声が漏れる。
「ルイさんには、何着かオーダーメイドの服を作ってもらいました。
どれも素敵で、とても気に入ってます。
ヘアセット講座も楽しかったなぁ。あれ、すごく勉強になりました」
ルイは言葉を失い、ただ硬直していた。
赤黒い魔力の残滓。
血に濡れた刃。
倒れた人間。
その中心で――
「セナさんには、剣術を教えてもらいましたね。
見た目は冷たそうなのに、すごく優しくて」
一瞬、視線がセナに向く。
「テオさんは……最初、ぼくのこと少し警戒してましたよね。
でも、なんだかんだ面倒見がいいんですもん」
トワは、場違いなほど穏やかに微笑んだ。
その笑顔は――
湖畔で、風に髪を揺らしていたあの日と、何一つ変わらない。
ただの、少し大人しい少年のものだった。
だからこそ。
胸の奥が、ひどくざわつく。
「トワ……!」
私の声が研究区画に響いた。
「……あ」
トワはその様子を見て、きょとんと瞬いた。
「ごめんなさい」
律儀に、ぺこりと頭を下げる。
「話、逸れてしまいましたね」
そして、ゆっくりと顔を上げる。
その微笑みだけが、すっと消えた。
「――本題に戻りましょうか」
刃先から、静かに血が滴り落ちた。
「ぼく、もともと研究施設にいたんです」
トワは淡々と語り出した。
まるで、遠い昔の出来事を振り返るように。
「魔女セイレーンになりうる存在……」
静かな声だった。
「……やっと、探していた人が見つかったんです」
ゆっくりと、視線がこちらを向く。
「それが――お姉様……いや、ティアナ様だよ」
空気が、ぴんと張りつめた。
「……え……?」
喉が、ひくりと鳴る。
背後で、ディランの腕にわずかに力がこもるのが分かった。
「ずっと、見てたんだ」
トワは微笑んだまま言った。
「ずっと」
その言葉が、胸の奥に冷たく落ちる。
「研究所にいた頃から。
街に出てからも。
王都に来てからも」
そして、何でもないことのように続けた。
「2年前に、アドルフ様に養子として迎えられたんだ」
「……あの人はね。
冷酷そうに見えるけど、子供の僕には警戒心が薄かった」
軽い調子の言葉が、かえって重い。
「それからだよ」
トワの視線が、まっすぐ私を射抜く。
「君が誰と話し、誰を信じ、
誰のために傷つくのか――」
「全部、見てた」
その声に、誇りも罪悪感もなかった。
ただ、事実だけがあった。
「……魔女の雫を」
トワは続ける。
「ティアナ様の周囲の人たちに、
ばら撒くよう仕向けたのも……ぼくです」
「……っ!」
誰かが、息を呑む音を立てた。
「セナさんの実家近くのパン屋の奥さん。
ルイさんの双子の妹――エマさん。
殿下のパーティーに来ていたデボラとニーナ」
少しだけ眉を下げる。
「デボラは……正直、少し心配だったけどね」
そして、淡々と告げた。
「君が覚醒するのか。
本当に“セイレーン”になり得るのかを、確かめたかった」
あまりにも、淡々と。
「絶望の中で歌う魔女。
悲しみと共鳴し、世界を書き換える存在」
「それが――本物のセイレーンだから」
私は唇を噛みしめた。
怒りより先に、身体が震えた。
「……そんな理由で……」
声が、かすれる。
「……私の周りの人たちを……」
トワは、初めて視線を伏せた。
「……ごめんなさい」
小さな、かすれた声。
けれど――
「でも」
すぐに顔を上げる。
「予想以上だったよ」
崩れた天井の隙間から、淡い光が差し込む。




