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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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205/222

真実1


「くそ、全員揃ったか。

だがまだだ!まだおわらない!」


赤黒い魔力が渦を巻き、床の魔女の雫が一斉に浮かび上がった。


悲鳴にも似た魔力音が、研究区画を震わせる。


「ここにいる者すべてが、実験材料だ」


ガイルが両腕を広げ、嗤った――その瞬間。



赤黒い魔力が、私の足元で――蠢いた。


「……っ!」


床に散っていたはずの魔女の雫が渦を描き、

まるで生き物のように絡みついてくる。


「な、に……これ……!」


逃げようと足を引いた瞬間、


ぐんっ――


強い力で引き戻された。


「きゃ……っ!」


足首に冷たい感触。

魔力が、粘ついた鎖のように私の脚を締め上げる。


一歩、また一歩と、

意思とは無関係に体が前へ引きずられていく。


「離して……!」


叫んでも、魔力音にかき消された。


研究区画全体が悲鳴を上げている。

床も壁も、空気さえも赤黒く脈打ち、逃げ場がない。


「はは……いい反応だ」


ガイルがこちらを見て、愉しそうに目を細めた。


「恐怖に染まった魔力は、実に美しい」


私の身体が宙に浮く。


足首を掴む雫が、さらに増殖し、

腰、背中、腕へと這い上がってくる。


「や……やめて……!」


腕が上がらない。

声も震えて、うまく出ない。


ガイルがゆっくりと近づいてきた。


「安心しろ。すぐには殺さない」


指先に赤黒い魔力が集まり、

刃のような形を成す。


「お前の中に雫を流し込み、

どこまで耐えられるか――見せてもらおう」


喉元に、冷たい指が触れた。


びくりと身体が跳ねる。



喉に食い込む指先が、ゆっくりと力を増した。


「……っ、ぅ……」


息が吸えない。

視界の端が白く滲む。


「ティアナ!」


ディランの叫び声が、魔力音を裂いて響いた。


「ガイル! 彼女を離せ!」


金属が擦れる音。

剣を抜いたのが、音だけでわかった。


「くっ……魔力の干渉が強すぎる……!」


誰かが歯噛みする声。


「お嬢様!」


アリスの悲鳴に近い声が聞こえる。


「待っていてください、今――!」


だめ。

その“今”が、もう遠い。


足元から伸びた雫が、さらに私の身体を締めつける。


「ほう……仲間想いか」


ガイルが愉快そうに笑った。


「だが無駄だ。

この魔女の雫は、主の意思以外を拒む」


喉が締め上げられ、声が出なくなる。


「ティアナ……っ!」


ディランの声が、焦りで歪んだ。


「やめろ! 彼女に触れるな!!」


一歩踏み出そうとした瞬間、

床の魔力が跳ね上がり、ディランの足元を弾いた。


「くそ……!」


誰かが私の名を呼んでいる。


重なって、遠ざかって、

水の底みたいにくぐもっていく。


(……たすけ……)


声にならない言葉だけが、胸の中に溜まる。


ガイルの指先に、赤黒い光が集まった。


「安心しろ。

苦しみは、最初だけだ」


冷たい魔力の刃が、喉元に触れた。


「やめろォォォ!!」


ディランの叫びが、研究区画に反響する。



その瞬間――


ガイルの身体が、わずかに揺れた。


「……?」


背後から。


何の気配も、詠唱もなく。


ただ、


ずぶり、と。


肉を貫く鈍い音がした。


ガイルの胸元から、赤黒い魔力が噴き上がる。


「……な、に……?」


喉を締めていた指が、力を失った。


背中から突き出た刃の向こうで、

フードの影に隠れた瞳が、冷たく光っていた。


「――触るな」


低く、短い声。




魔女の雫が、床に落ちる音がした。


ぱたり、ぱたりと。

まるで糸を切られた操り人形のように、

私の身体から力が抜ける。


「……っ!」


視界が傾いた。


足元が崩れ、前に倒れかけた、その瞬間。


「ティアナ!」


強い腕が、私を抱き寄せた。


衝撃はなく、

硬い胸元に引き寄せられる感覚だけがあった。


「大丈夫だ、離さない……!」


ディランの声が、すぐ耳元で震えている。


肩に回された腕が、痛いほど強い。


まるで――

失えば二度と戻らないものを、必死で繋ぎ止めるみたいに。


「……ディラン、大丈夫です」


喉の奥がまだ痛んだが、言葉にした。


「それより……」


私は、そっと彼の胸から顔を上げた。


前を見据える。


逃げない。

目を逸らさない。


床に散った雫の残骸、歪んだ装置、

膝をつくガイルの背後。


――そこに。


ひとりの少年が、立っていた。


黒いマント。

血に濡れた刃を手にしたまま、微動だにせず。


息を呑む。


「……え……?」


思わず、声が零れた。


その横顔を、私は知っている。



「……どうして……」


胸の奥が、ひやりと冷えた。


「どうして……トワが……?」


その声が届いたのか、

少年はゆっくりとこちらを振り向いた。


赤黒い魔力の残光の中で、

その表情はあまりにも穏やかで。


「――こんにちは、お姉様」


場違いなほど柔らかな笑みを浮かべて、

まるで穏やかな午後の挨拶のように、そう言った。


血の匂いと、破壊された研究区画の中心で。


「……ご無事で、何よりです」


その微笑が、あまりにも静かで。


だからこそ私は、

背筋を凍らせるような違和感を覚えた。


――この子は。


今、確かに人を刺したはずなのに。


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