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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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研究所侵入

研究所・地下管理区画。


人の気配は、ほとんどない。

だが、壁の内側を流れる魔力の微かな振動が、この施設が常に監視下にあることを雄弁に物語っていた。


「……ここですね」


ユウリは足を止め、壁面に埋め込まれた制御盤を見つめた。


「警備結界、監視魔導具、緊急封鎖。

すべて、この中枢から繋がっています」


「中々複雑そうですね」

アリスも覗き込む。


「大丈夫そうー?」

少し離れた位置で周囲を警戒しながら、ルイが答えた。


「複雑そうに見えますが、増設を繰り返しており系統が歪んでいますね」


ユウリが静かに言葉を継ぐ。


「だからこそ、隙がある」


彼は小さく息を吐き、制御盤と薄型タブレット魔宝具をつなぐ。


「――侵入開始」


魔力が流れ込んだ瞬間、制御盤が低く唸った。


複雑に絡み合った魔導回路。

その奥、安全装置の裏に隠されるように、別系統が存在している。


「……やっぱり」


ユウリの表情が引き締まる。


「表向きの警備とは別に、

“特定反応”を検知する回路がある」


「お嬢様の“共鳴”を想定したものですか?」


アリスの問いに


「ええ」


ユウリは頷き、さらに深く干渉する。


「この研究所は……

“誰か”が来ることを、最初から前提に作られています」


制御盤が、かすかに震えた。


――警告。


「っ……!」


ユウリは即座にタブレットの魔力を絞る。


「下手に止めれば、即座に中央へ通知が飛びます」


ユウリは冷静に答えた。


「鈍らせます。

監視は残したまま、反応速度だけを遅延させる」



「おい、そこで何をしている!?」


角の向こうから、複数の足音。

警備兵の怒声が研究区画に反響した。


「やだ、気づかれちゃった!」


ルイが声を上げる。


「ルイさん、もう少しかかります!」


「わかったわ。任せてちょうだい」


ルイは一歩前へ出た。


指先が、ゆっくりと剣の柄を撫でる。


宝石が――淡く、脈打つ。


「美しく、酔いしれなさい――ローズクォーツ」


澄んだ詠唱と同時に、剣身が淡い薔薇色へと染まった。


花弁のような光が舞い、空気そのものが甘く揺らぐ。


「な、なんだ……視界が……」


駆け込んできた警備兵たちが、次々と足を止める。


視線が泳ぎ、呼吸が乱れ、

まるで夢の中に引きずり込まれるように、動きが鈍る。


「……ふふ。無理に抵抗しなくていいのよ」


ルイが一歩、優雅に踏み込む。


剣を振るうたび、薔薇色の光が弧を描き、

敵の意識を深く、深く沈めていく。


「私も援護します」


その背後で、アリスが静かに告げた。


懐から取り出したのは、小型魔導拳銃。

装飾を抑えた銀白の銃身、その側面に埋め込まれた月色の宝石が、かすかに脈打つ。


「――静めなさい。ムーンストーン」


澄んだ声。


銃口が、淡く白く輝いた。


「……発射」


乾いた音が一つ。


放たれた光弾は、悲鳴を上げることなく宙を裂き、

警備兵の足元と肩へ正確に命中する。


魔力だけを断ち切る、封魔弾。


「うっ……!?」


「身体が……動かない……!」


ローズクォーツの陶酔が意識を奪い、

ムーンストーンの鎮静が魔力を沈める。


2つの宝石の力が重なり合い、

警備兵たちは次々と床へ崩れ落ちた。


「……制圧、完了です」


アリスは静かに銃を下ろす。


その間も、ユウリの指先は止まらなかった。


「あと10秒……」


一つ、また一つ。

魔力の流れが、意図的にわずかずつ歪められていく。


警備は眠らない。

ただ――目覚めるのが遅くなるだけだ。


やがて制御盤の光が安定する。


「……成功です」


ユウリが息を整えた。


「警備結界、監視装置、警報魔導。

すべて反応が鈍化しました」


「小規模な異常なら、誤作動として処理されるはずです」


「さすがね……ユウリちゃん」


ルイが感心したように微笑む。


ユウリは制御盤から手を離し、静かに息を整えてから答えた。


「お嬢様の執事ですので。これくらいは」


淡々とした口調だったが、その言葉には揺るぎない誇りがあった。


アリスが小さく肩をすくめる。


「執事の仕事って、大変ですね」


「ええ」


ユウリは即答した。


「命の危険もありますし、睡眠時間も不規則。

時には国家機密を扱い、時には研究所へ不法侵入もします」


「……最後、執事の業務内容じゃないわよね?」


ルイがくすっと笑う。


「ですが」


ユウリは一瞬だけ視線を伏せ、すぐに前を見据えた。


「お嬢様が無事でいられるなら、それで十分です」


その言葉に、アリスとルイは顔を見合わせ――


「重いわねぇ」


「でも、嫌いじゃないわ」


小さく笑い合った。


その直後。


通信魔宝具が、かすかに震えた。


――正面が、動き出す。


地下第二研究区画。


照明は落ち、非常灯だけが赤く脈打っている。


薬品の匂いと、湿った魔力の残滓が空気に漂っていた。


「……ここだ」


セナが足を止める。


扉の向こうから、かすかなうめき声。


ロベルト、アレンが周囲を警戒する。


「開けるぞ」


重い扉が軋みを上げて開いた。


そこにあったのは――

“部屋”ではなかった。


檻のように区切られた空間。

床に刻まれた魔法陣。

鎖につながれ、座り込む人影。


「……被験者」


アレンの声が、わずかに震える。


老若男女。

騎士、平民、研究員らしき者まで。


共通しているのは――


胸元、喉、額。

それぞれの身体に埋め込まれた、歪な宝石。


紫黒に濁った輝き。


「魔女の雫に……侵食されてる」


セナが静かに言った。


雫が体内で結晶化し、

意思と魔力を乗っ取っている。


「まだ正気を保ってる人もいます」


ロベルトが膝をつき、脈を確認する。


「……だが」


次の瞬間。


「――ッ!」


一人の被験者が、ぎこちなく立ち上がった。


白濁した瞳。

喉から漏れるのは、人の言葉ではない魔力音。


宝石が、禍々しく脈動する。


「来る!」


アレンが剣を構える。


だが、セナは一歩前に出た。


「……待て」


剣を抜く。


「俺がやる」


宝石を通して、魔力が暴走している。


これは――


助けられない状態。


「魔女の雫に完全支配されている」


セナの声は、冷静だった。


「宝石を破壊しなければ、意識は戻らない」


ふっとセナが息を吐く。


「――我が剣に従え、アクアマリン」


淡い蒼光が刀身を包む。


冷たい、澄んだ魔力。


「眠れ。守るために」


刃が宝石だけを正確に貫いた。


――砕ける音。


紫黒の結晶が砕け散り、

魔力が霧となって消える。


同時に、被験者は崩れ落ちた。


「……生きてる」


ロベルトが確認する。


「衰弱してるが、命はある」


「よし」


アレンが深く息を吐いた。


「正気の人たちを先に避難させる」


「東通路だな」


セナが通信魔宝具を操作する。


「こちらセナ班。

被験者多数確認。順次避難開始する」


通路の奥で、誰かが泣いた。


「……助かるんですか?」


震える声。


セナは剣を下ろし、はっきりと答えた。


「助ける」



その言葉に、希望の色が灯る。


赤い非常灯の下。


彼らは戦っていた。


敵を倒すためではない。


――生きている命を、未来へ繋ぐために。


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