決戦の日
作戦当日。
私は、ルイに仕立ててもらった長袖のロングドレスに身を包んでいた。
「動きにくくはありませんか?」
背後から、アリスの声がする。
彼女は慣れた手つきで私の髪をまとめていく。
いつも通り、丁寧で、綺麗に。
「大丈夫。完璧よ」
最後に髪留めを留めると、アリスは一歩下がった。
「……お嬢様。どうか、お気をつけて」
私は思わずアリスに抱きついた。
一瞬驚いたあと、彼女はそっと腕を回してくれる。
「アリスもありがとうね。一緒に来てくれて…」
「もちろんです。裏方ですが少しぐらいお役に立ちます」
笑顔で頷くと、アリスは少しだけ目を伏せて、微笑んだ。
◇
研究施設の前に到着した。
空はどんよりと暗く、重たい雲が垂れ込めている。
まるで、この場所そのものが拒絶しているかのようだ。
私は、そっとディランの手を取った。
「……怖いかい?」
「いえ」
一瞬、言葉を探す。
「少し、震えている気もするけど、…」
ディランが、心配そうにこちらを見る。
「これは、武者震いです」
「それは頼もしい」
彼は小さく笑い、私の手を強く握り返した。
「必ず、ガイルの悪を白日の下に晒そう」
「もちろんです」
覚悟を胸に、私たちは正面入口へと歩き出す。
名目上は、研究所の見学。
門をくぐった途端、職員たちの間にざわめきが走った。
明らかに、慌てている。
だが――
この国の第一王子を、無下に扱えるはずもない。
表向きは取り繕った笑顔のまま、
私たちはあっさりと中へ通された。
「……案外、すんなり通してくれるんですね」
小声でそう言うと、ディランは視線を前に向けたまま答える。
「それはそうさ」
そして、低く囁く。
「相手の目的は、君だ」
胸の奥が、ひやりと冷える。
「だから――」
ディランは、私の手を離さなかった。
「絶対に、私から離れないで」
「……はい」
頷いた瞬間。
研究所の奥、見えない場所で――
何かが、静かにこちらを見据えた気がした
研究所の内部は、想像していたよりも整然としていた。
白い壁、磨き上げられた床。
薬品の匂いはあるが、不快なほどではない。
「こちらが、現在進めている魔導医療研究の区画です」
案内役の研究者が、にこやかに説明する。
「主に、魔力の循環を安定させる技術を――」
私は頷きながら話を聞いていた。
少なくとも表向きは、何の問題もない。
……はずだった。
一歩、足を踏み出した瞬間。
胸の奥が、きしりと軋んだ。
「……っ」
思わず、足が止まる。
「どうした?」
ディランの声が、すぐそばから聞こえた。
「いえ……」
そう答えかけて、言葉が詰まる。
違う。
これは、気のせいじゃない。
空気が、重い。
耳鳴りのような微かな振動が、頭の内側で響いている。
まるで、見えない糸で心臓を引かれているかのようだ。
「……胸が、少し」
そう言うのが精一杯だった。
ディランは、私の様子をじっと見つめる。
「無理はするな。少し休むか?」
「大丈夫です」
そう言って微笑む。
だが――私は、はっきりと感じた。
“呼ばれている”。
遠く、遠く。
声にならない悲鳴のようなものが、胸の奥に流れ込んでくる。
「……これは……」
指先が、冷たくなる。
「ティアナ?」
ディランが、私の手を強く握った。
その温もりで、かろうじて現実に繋ぎ止められる。
案内役の研究者は、気づいていないふりをして歩き続けていた。
だが、その背中が、わずかに強張ったのを私は見逃さなかった。
――ここは、間違いない。
この研究所は、
何かとてつもないものを隠している。
そしてその瞬間。
研究所のさらに右奥、誰もいないはずの場所で――
確かに、何かがこちらを認識した。




