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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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寄り添い合う心8

「……ティアナ」


名前を呼ばれて、私は顔を上げた。


ディランは、少しだけ迷うように視線を伏せ、

それから意を決したようにこちらを見る。


「君は、時々……とても残酷だ」


「え?」


「俺が必死に積み上げてきた理屈や諦めを

一言で、壊してしまう」


困ったように笑う。


「“可哀想じゃない”なんて」


私は何も言えず、ただ彼を見つめた。


「誰もが、俺を“王子”として見てきた。

期待するか、恐れるか、利用するか。

そのどれかだった」


彼の指先が、そっとソファの上で私の指に触れる。


絡めることはせず、

触れているだけなのに、はっきりと温度が伝わる距離。


「でも君は…

俺が何者かじゃなくて。

どんなふうに立っているかを見てくれた」


少し照れたように、けれどまっすぐに続ける。


「……気づいたら、君の前では、

強がる必要がなくなっていた」


「弱さを隠そうとも、思わなくなっていた」


視線が合う。


「それが、どれほど救いだったか」


胸の奥に、静かな熱が灯る。


「君が倒れたとき」


声が、わずかに低くなった。


「俺は初めて、恐怖を覚えた」


「王位でも、責務でもなく」


「ただ――君を失うことが、怖かった」


言葉を選ぶように、ゆっくりと。


「守ると決めたからじゃない」


「婚約者だからでもない」


「……君が、ティアナだからだ」


一瞬、沈黙が落ちる。


「君がここにいるだけで」


「俺は、自分が“可哀想な存在ではない”と思える」


「それは、どんな称号よりも強い」


ディランは、そっと私の手を取った。


指と指が、自然に重なる。


「……君に出会ってしまった以上」


「もう、元には戻れない」


小さく、微笑む。


「俺は、君を手放す気がない」


それは独占でも、命令でもない。


静かな覚悟だった。


「傍にいてほしい」


ディランの言葉が、胸の奥にゆっくり沈んでいく。


あたたかいのに、

少しだけ重たい。


彼の手は優しくて、強引さはどこにもないのに、

それでも私は――すぐに言葉を返せなかった。


「……ディラン」


名前を呼んだだけで、胸がきゅっと鳴る。


好き、なのか。


守りたい人で、

大切な人で、

信頼している人で。


それは、間違いない。


でも――


(それが“恋”なのかは……)


まだ、自分でも分からなかった。


セナへの長い想い。

命を懸けて交わした共鳴。

そして今も、心の奥に残る微かな余熱。


全部が絡まって、

自分の気持ちの輪郭が、まだ掴めない。


私は、ディランの手を強く握り返すことはできず、

けれど、離すこともできずにいた。


「……ごめんね」


小さく、正直に言う。


「すぐには……答えられない」


ディランの指が、わずかに動いた。


けれど、引くことはなかった。


「うん」


静かな返事。


「それでいい」


責める気配は、どこにもない。


「君は、いつも誰かのために立ってきた」


「だから今は……」


「自分の心が、追いつくのを待てばいい」


彼は、私の額にそっと額を寄せる。


「急がせるつもりはない。

答えをもらうために傍にいるわけでもない」


低い声が、穏やかに響く。


「君が迷っている時間ごと…

俺は、好きでいる」


その言葉は、誓いというより祈りに近かった。


私は、思わず目を伏せる。


こんなふうに想われることが、

少し怖くて、

同時に、どうしようもなくあたたかい。


「……ありがとう」


それしか言えなかった。


ディランは、ほんの少しだけ微笑んだ。


「いつか、君が振り向いてくれたら」


「それだけで、十分だ。」


彼の手が、そっと離れる。


逃げるためではなく、

選ぶ余地を残すために。


夜の書斎には、紅茶の香りと、

まだ名前を持たない想いだけが残っていた。


それは恋に変わる前の、


壊れやすくて、やさしい静けさ。


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