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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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寄り添い合う心7

ディランは、紅茶の残りを見つめたまま言った。


「……母はさ」


声は静かだった。


「兄を継がせたかったから、俺への当たりは強かった」


少しだけ、肩が揺れる。


「出来のいい兄と比べられてばかりだったよ。

王になる器は兄だ、って……何度も聞かされた」


私は、言葉を挟まずに耳を傾ける。


「父は……優しかった」


ふっと、微かな笑み。


「人目につかない場所に、いくつも隠れ家を用意してくれてね」


「本や剣や、好きなものを置いてくれた」


「『ここでは王子でいなくていい』って」


その言葉に、胸が温かくなる。

けれど次の瞬間、彼の表情が陰る。


ディランは、カップの縁を親指でなぞりながら、ぽつりと言った。


「……兄から、こう言われたことがある」


視線を落としたまま、当時の声色をなぞる。


「――『お前は、可哀想だよ』って」


私は、思わず息をのんだ。


「そのときの俺には……意味が分からなかった」


「ただ、胸の奥がひどく冷えたのを覚えている」


苦く笑う。


「憐れまれているんだと思った」


「見下されているんだと……そう思った」


カップの中の紅茶が、わずかに揺れる。


「王位を継がされるかもしれない弟を、遠くから眺めて。

同情するふりをして、突き放しているんだと」


少し間を置いて、


「だから……」


低く、言い切るように。


「嫌われているんだ、って。

兄は、俺の存在そのものが鬱陶しかったんだと思う」


そう言ったあと、ディランは視線を上げず

唇を噛みしめる。


「何でもできたそんな兄にとって、

俺は、奪う側の存在に見えていたはずだ」


「だから……」


指先が、かすかに震えた。


「嫌われていても、仕方ない。

そう思うことで、納得するしかなかった」


静寂が落ちる。

ふと声が低くなる。


「両親が事故で亡くなってから兄は母方の親戚へ。

私はジョルジュ陛下の元で育てられた。それからは大して顔も合わせていないのだけれどね」


紅茶の湯気が、2人の間をゆっくりと漂った。


私は、胸の奥がじくりと痛むのを感じながら、そっと口を開いた。


「……ディラン」


その名を呼んだだけで、彼の肩がわずかに震えた。


「……血が繋がっていても、分かり合えないことはあります」


私は、カップを両手で包みながら、静かに言った。


「私も……そうですから」


ディランが、わずかにこちらを見る。


「マルクとは、正直言って仲良くないし」


「義母のマリアンヌにも、嫌われています」


自嘲気味に、少しだけ笑う。


「だから、家族だからって必ず分かり合えるわけじゃないってことも」


「期待してはいけないことも……知ってる」


一拍置いて、私は顔を上げた。


「だけど」


視線をまっすぐ、ディランに向ける。


「私が、はっきり言えることがあります」


彼の指先が止まった。


「ディランは、可哀想なんかじゃない」


静かな声だったけれど、迷いはなかった。


「だって、あなたはここまで努力してきた。

誰かに押し上げられたわけでも、

生まれだけに守られてきたわけでもなくて」


言葉を選びながら、続ける。


「悩んで、傷ついて、それでも逃げずに。

自分の足で立って、ここまで来た」


小さく微笑んだ。


「……そうでしょう?」


しばらく、ディランは何も言わなかった。


やがて、深く息を吐く。


「……君にそう言われると」


声が、ほんの少し揺れた。


「不思議だな」


「胸の奥で、ずっと消えなかった言葉が……静かになる」


彼は、カップから立ち上る湯気を見つめながら言った。


「“可哀想だ”と言われ続けている気がしていた。

誰にも口にされなくても。

自分自身が、そう決めつけていたのかもしれない」


私は、そっと彼の袖をつまむ。


「だったら、今ここで上書きしよう。

私は、そうは思わないって」


ディランは小さく笑った。


「……君は、本当に容赦がないな。

人の弱いところを、優しく否定してくる」


「褒めてます?」


「もちろん」


そう言って、彼は少し照れたように目を伏せる。

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