寄り添い合う心6
「……本当に、顔色が良くなった」
まるで確かめるように、じっと見つめられる。
「そんなに見なくても」
「いや」
即答だった。
「ずっと熱と呼吸の変化を見ていたから」
「……それ、看病通り越してない?」
「通り越していた自覚はある」
少し困ったように笑う。
「君が眠っている間、何度も確認した」
「起こさないように、呼吸の音だけを聞いて」
その言葉に、胸がきゅっと締まった。
「……心配、かけちゃったね」
「かけてくれ」
静かな声だった。
「心配させてくれるほうがいい」
「何も言わず倒れられるより、ずっと。
だから今日は、君が起きて歩いているのを見て……」
視線が、少しだけ伏せられる。
「安心した」
それだけ言って、またこちらを見る。
「無理は、しないでくれ」
「うん」
「強くなるためでも、誰かを守るためでも、
君自身を壊すほどのことは、しなくていい」
私は小さく笑った。
「それ、前は言わなかったよね」
「前は……」
一瞬、言葉を探す。
「君が止まらない人だと、知っていたから。
止めるより、隣で走るしかないと思っていた」
でも、と続ける。
「今は違う」
「熱でうなされ辛そうな時間があまりに長かった」
指先が、そっと私の手の近くに落ちる。
触れそうで、触れない距離。
「……二度と、あんな顔は見たくない」
ディランの瞳が刹那気に揺れる。
湯気の立つカップを両手で包みながら、私はソファに腰を下ろした。
紅茶の香りが、書斎の空気をやわらかくほどいていく。
ディランは向かいではなく、隣に座った。
さっきのうたた寝の名残のような、近すぎない距離。
カップが触れ合う小さな音だけが、静かに響く。
「……美味しい」
「それはよかった」
彼は少しだけ目を細めた。
しばらくは、他愛もない話をした。
訓練のこと、体調のこと、
笑い声が一度、二度。
そのあと――
ふっと、空気が変わった。
ディランはカップを置き、視線を落とす。
指先が、無意識に縁をなぞっていた。
「……ティアナ」
名前を呼ばれただけで、胸が静かに鳴る。
「聞いてくれるか」
少しだけ、間。
命令でも、王子としての口調でもない。
「……少し、重い話だ」
私は一瞬だけ迷ってから、うなずいた。
「うん。大丈夫」
その答えに、彼はほんのわずか安堵したように息を吐く。
「ありがとう」
沈黙。
窓の外で、夜風が木々を揺らす音がした。
「……君が湖に入った日」
低く、静かな声。
「あの日、戻ってきたあとで――
マルクと話していた」
私は黙って聞いている。
「その時 兄の話を思い出したんだ」
カップを持つ手が、少しだけ強ばる。
「俺には、7つ上の兄がいる」
「……とても優秀な人だった」
ぽつり、ぽつりと語られる言葉。
「剣も、学問も、人の扱いも。
何でもそつなくこなす」
「人格も、能力も……」
一度、言葉を探すように間が空く。
「王としての資質は、俺よりはるかに上だった」
夜の静けさが、言葉を重く受け止める。
「それなのに」
彼は、かすかに笑った。
自嘲とも、諦めともつかない笑み。
「瞳の色が違うというだけで、
王位継承権から外された」
エメラルドではない、その瞳。
「……俺より、よほど出来た人間だったのに」
そう言って、ディランは初めて私を見る。
その瞳には、怒りも恨みもなかった。
ただ、長い時間抱えてきた静かな痛みだけがあった。
「……誰にも、言ったことがなかった。
君の前だと……なぜか、隠さなくていい気がした」




