寄り添い合う心4
食堂にくると
パンの焼ける匂い。
スープの湯気。
どこか懐かしい、安心する匂い。
扉を開けた瞬間――
「お嬢様!」
「来た来たー!」
一斉に声が上がる。
長テーブルには、すでに皆が揃っていた。
レオが大きく手を振る。
「もう! 心配したんですよ!」
アレンとロベルトも並んで立ち上がった。
「本当に大丈夫ですか?」
「顔色は良さそうだな!」
「……声が大きい」
セナがいつもの調子で小さく注意する。
「うるさくしてすみません……!」
ユウリは、少し後ろで穏やかに微笑んでいた。
テオはぐいっと遠慮なく腕を引いた。
「お嬢さまー、俺の隣ね」
「ちょっ、テオ――」
その瞬間。
「ティアナは、俺の隣だよ?」
静かな声。
けれど温度のない、はっきりとした圧。
振り向くと、ディランがにこやかに微笑んでいた。
――笑顔なのに、怖い。
「なにそれ? 独り占めしすぎ」
テオはまったく怯まず、むしろ楽しそうに口角を上げる。
「うざがられるよ、殿下」
そして、私のほうを振り返る。
「ねぇ、お嬢さまー?」
そのまま、ぐいっと引っ張られる。
「ちょ、ちょっと……!」
一歩、テオ側へ傾いた瞬間。
今度は反対の手首を、すっと掴まれた。
「……離してもらおうか」
低い声。
ディランの手は強くないのに、逃げられない。
「えー、こわ」
テオは肩をすくめる。
「でも先に誘ったの俺だよ?」
「君の“先”は信用していない」
「ひどっ」
2人の間に、静かな火花が散った。
「……あの……」
私が声を出すと、
「ティアナは黙ってて」
「お嬢さまは口出さないで」
同時に言われた。
「えっ」
「「今、重要なところだから」」
……重要らしい。
「……席、いっぱい空いてるんだけどな」
小さく呟いた私の声は、誰にも届かなかった。
そのとき。
「……お2人とも」
背後から、凍るほど穏やかな声。
「食堂での綱引きは禁止です」
ユウリだった。
「お嬢様が転ばれたら、誰が責任を取るのですか?」
ぴたり。
空気が一瞬で静止する。
「……それは困る」
「確かに」
2人が同時に手を離した。
私はふらっとよろけ――
「っと」
今度は、左右から同時に腕を取られた。
「お嬢様、こちらですよ」
やわらかな声。
「ほらほら、迷子にならないようにね」
くすっと笑う声。
見ると、両脇にいたのはアリスとルイだった。
「え、ちょ……?」
「私たちの隣よね?」
「当然です」
2人は息ぴったりで、私を引き寄せる。
「……うん」
思わず頷くと、
「決まりですね」
「ふふ、確保完了。
殿方の綱引きは禁止よ」
そのまま、2人に挟まれるように席へ導かれた。
テーブルの、ちょうど中央。
「うわ、完全包囲じゃん」
テオが肩をすくめる。
「抜け道なしだな!」
レオが笑う。
ディランが小さく呟く。
「……殿方の綱引きは禁止、か」
「ええ」
アリスがにこりと微笑み、
「回復期のお嬢様に刺激は禁物ですから」
その隣で、ルイが優雅に扇を広げた。
「殿方は少し、自重なさい?」
――一瞬、静寂。
「……いや」
テオが眉をひそめる。
「ルイも殿方じゃん」
ぴしっ。
「……あら?」
にっこり。
「私は“美”です」
「意味わかんない!」
「分類が違うのよ」
「分類!?」
ロベルトが吹き出す。
「はは、確かに……反論しづらいですね」
アレンは真面目に頷いた。
「ルイさんは、ルイさんですもんね」
「そうでしょう?」
満足げに微笑むルイ。
その様子を見ながら、セナがぽつりと口を開く。
「……分類以前に」
全員の視線が向く。
「今、騒いでいるのは殿下方です」
「……」
「……あ」
ディランとテオ、レオが同時に黙った。
「静かにしていれば、問題は起きません」
淡々と続ける。
「お嬢様がよろけた原因も、引っ張った側です」
「正論すぎる……」
「ぐうの音も出ないですね」
ロベルトとアレンが苦笑いする。
「……反省する」
ディランが珍しく素直に言うと、
「珍し」
テオが即座に突っ込む。
「事実です」
セナは表情を変えない。
「以上です」
ぴしり。
「……お嬢様の隣に座りたかっただけでしょ。妬いてるんだよ」
テオがひそひそと囁く。
「声を荒げないのに、一番効くんだよな……」
レオも小さく同意する。
私は椅子に座りながら、思わず小さく笑った。
(……賑やかすぎるけど)
誰かが騒いで、
誰かがまとめて、
誰かが黙って守っている。
そんなこの場所が、今はとても心地よかった。




